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女神の食堂 ―どうやら神の末裔の私ですが、ここが私の居場所です―  作者: 瀬戸


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第三十八話 この悪魔は、俺が相手する

――その男は、まるで“人形”のようにそこに立っていた。

感情というものをすべて削ぎ落としたような無表情。だが、その存在だけで空気が張り詰める。

「こ、この人が……マルクス……悪魔に乗っ取られている人……!?」


リリアの声は、かすかに震えていた。


「リリア、気を付けろ」


短く告げたレオニスは、即座に魔力を展開する。

――展開・多重防御結界。


透明な膜が幾重にも重なり、二人の身体を包み込んだ。


だが。

「あら、私の女神ちゃん。ついにこの時が来たわね」


男の口から発せられたのは――女の声だった。

ぞくり、と背筋が粟立つ。


「悪魔よ、名を名乗れ」

レオニスの鋭い声。


男は、ゆっくりと口角を歪める。

「私? 私の名前はメフィスディーテ。ご存じなくて?」


次の瞬間だった。

――消えた。


いや、“見えなかった”だけだ。

気づいたときには、マルクスの身体はリリアの目の前――わずか三十センチの距離に現れていた。


手には、鈍く光るナイフ。


速すぎる。

思考が、追いつかない。


そして――

ドスッ。


鈍い音が、やけに鮮明に響いた。


「……え?」

リリアの口から、間の抜けた声が漏れる。


視界に入ったのは――


自分ではなかった。


レオニスの背中。

そして、その腹部に深々と突き刺さったナイフ。


「ばかな……私の最大防御シールドが……何もないように貫かれるとは……」


「レオニス!?」


赤い血が、じわりと広がる。

レオニスの膝が崩れ、床に落ちる。

「やはり……まだ早かったか……」


「うん?」

 くすり、と女の笑い声。

「歴代で最弱な女神と、そのボディガードね」


(違う……)

 レオニスは歯を食いしばる。

(リリアは最弱などではない……ただ、まだ覚醒が不十分なだけだ……!)


だが、その言葉は口には出せない。

余裕がない。

圧倒的に、足りない。


リリアは動けなかった。

目の前の“悪魔”に、完全に縛られている。

(私が……勝負を急がせたせい……

 悪魔とこんなに力量に差があるなんて…)


胸の奥が締め付けられる。

(私が、なんとかしなきゃ……!)


ぎゅっと手を握り、祈りを込めようとした――その瞬間。


ドンッ!!

「っ……!!」


腹部に衝撃。

息が、一瞬で奪われる。

今度はリリアが刺された。


そのまま、リリアは地面に崩れ落ちた。


「私が素直に女神に祈らせると思って?」

メフィスディーテは、つまらなそうに肩をすくめる。


リリアの服が、じわりと赤く染まっていく。


「リリア!!!」

レオニスの叫び。

「く、くそ……まずい……!(速すぎる……目で追えない……!)」


「なんとあっけないのでしょう」

くすくすと笑う悪魔。

「いまだかつて、こんなことがあったかしら?

 先代の女神たちの方がはるかに強かったわよ?」


痛みが、思考を削る。

祈りたい。


でも――祈れない。


その時だった。

レオニスの魔力が、わずかに揺れる。

「……っ、転移……!」


瞬間、彼の姿が消えた。


十メートルほど離れた位置へと移動する。


「あら?」


メフィスディーテが首を傾げる。

「女神様を置いて、一人で逃げるのかしら?」


その言葉に――

レオニスは、ニヤリと笑った。


「まさか」

低く、何かを詠唱する。


地面に――魔法陣が浮かび上がる。


眩い光。

そして、そこに現れた影。


「……なんだ、これはどういう状況だ?」

現れたのは――アルヴィンだった。


「ア……アルヴィン……」

リリアのか細い声。


アルヴィンはリリアとレオニス、そしてもう一人の男の存在に気づく。


レオニスが短く言い放つ。

「そいつが悪魔だ。私では歯が立たん。くやしいがアルヴィン、君を召喚した。

 今の最優先事項はリリアを守ること。私もリリアも負傷している。協力してくれ」


アルヴィンの視線が、すべてを一瞬で捉える。


血。


傷。


異様な気配。


(……なるほどな)

「この男が……悪魔か」


レオニスが言う。

「そうだ、悔しいが、お前以外に戦える男はいないと思っている」


アルヴィンが言う。

「にしても…部下に剣術を指南しているところを

 急に召喚されるなんてな…だが、このリリアの危機、

 レオニス、俺を呼んだのは良い判断だ」


一方、メフィスディーテは楽しげに笑う。


「おっと、もう一人。リリアを守る騎士さんの登場ね。召喚魔法で人を転移させるなんて、なかなかやるじゃないレオニス」


「……声が女!?」

アルヴィンの眉が動く。


「メフィスディーテという悪魔だ。マルクスという男の体を乗っ取っている」

レオニスの説明。


そしてアルヴィンは理解する。

(レオニスもリリアも……腹部をやられている……このまま放置すると死ぬ…時間がない)

(なんとかして、二人をここから逃がすしかない)


「そういえば、あなただったかしら」

メフィスディーテが、思い出したように言う。

「以前、ゴブリンとグラトゥスに城下町を襲わせたとき――グラトゥスを討伐したのは」


「……な、なんだと!?まさか…あのゴブリン騒動、お前の仕業だったのか!?」


「あら、驚くことないじゃない」

くすり、と笑う。

「悪魔は魔物をコントロールできるのよ、ふふ」


(……最悪だな、やはり、こいつがすべての元凶)

アルヴィンは歯を食いしばる。


(だが――考えている暇はない)

その瞬間。


――消えた。

次の刹那、メフィスディーテはアルヴィンの目の前にいた。


同じだ。

さっきリリアとレオニスが刺されたのと同じ構図。


「アルヴィン!!気を付けて!!」

リリアの叫び。


直後――


ガキィィィィン!!!

鋭い金属音が響き渡る。


ナイフは――止められていた。

アルヴィンの剣によって。


「……おっと、こちらの騎士はなかなかやるようね」

メフィスディーテの目が細まる。


アルヴィンは静かに言った。

「メフィスディーテという悪魔」


剣を構え、真っ直ぐに睨む。

「お前に隠し立ては通用しないだろう。だから、堂々と言おう」


そして――

背中越しに、はっきりと告げた。

「リリア。祈りの力で、レオニスとともに回復に専念してくれ」


一歩、前に出る。

「しばらく――この悪魔は、俺が相手する」

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