第三十七話 私は全力で君を守る
馬車の中で、リリアの声が鋭く響いた。
「どういうこと!? 昨日の晩、両親に会うかって聞いてくれたじゃない!」
その瞬間――胸の奥に、嫌な予感が走る。
リリアはハッと息を呑んだ。
(もしかして、今朝何かあったの!?)
だが、思い返しても違和感はなかった。朝食の席で、レオニスはいつも通りだった。エリシアも、何も知らない様子で笑っていた。
――なのに。
「クラウゼル家の邸宅から出て……馬車に乗り込むとき、知らせが入った」
レオニスの低い声が、静かに空気を裂く。
「知らせ……!?」
リリアの声が震える。
レオニスは一瞬だけ目を閉じ、そして言った。
「落ち着いて聞いて欲しい」
その前置きが、すでに答えを示していた。
「君の両親は……何者かに連れ去られた。おそらく、悪魔の手合いのものだろう」
時間が止まった。
「そんな……」
リリアの唇がかすかに震える。
「でも、それじゃ……死んでいるとは限らないんじゃ……!?」
縋るような声。
だが、レオニスは首を横に振る。
「君の実の両親が、リリアの“最後の覚醒の鍵”であることは……悪魔側もおそらく知っている」
「そんな……どうしてそんなことが言えるの!?」
「言い伝えによると、悪魔は前世の記憶を保持したまま復活するらしい」
淡々とした説明だった。
「これまでの神の末裔……先代までの女神との戦いで、向こうは情報を握っている」
「言い伝え……そんなもの、どれだけ信用できるの!? っていうか、前世の記憶を保持って……」
リリアの瞳に恐怖が浮かぶ。
「もしそれが本当なら、悪魔の方が圧倒的に有利じゃない……!」
「落ち着け」
レオニスは強く言い切った。
「オルド・セラフィム、クラウゼル家の人間は、すべて記録にとっている。もちろん、私もだ」
その瞳には、確かな意志が宿っている。
「後世で悪魔と戦う、自分たちの子孫のためにな。だからこちらにも情報はある」
「――っていうか!」
リリアは立ち上がった。
「両親を早く助けに行かないと!! どうして、いままで黙っていたの!」
「君が両親を助けに行くと言い出すからに決まっているだろう」
「なっ……!」
次の瞬間。
リリアは、走る馬車のドアに手をかけた。
「私、降りる!」
「やめろ!」
レオニスが腕を掴む。
「危ないだろう!」
強引に引き戻され、リリアの体が揺れる。
「落ち着いて聞いてくれと言ったはずだ。我々、“オルド・セラフィム”にはルールがある」
低く、しかし強い声。
「君の命を守ること。それが最優先だ」
「両親の命はどうでもいいって言うの!?」
「君は唯一の希望だ。君を危険に冒すことはできない」
その言葉に、リリアの瞳が燃えた。
「レオニス。あなたが止めても、私は両親に会いに行くわ」
「リリア!」
だが、彼女はもう止まらない。
「それに……両親に私が会って完全覚醒しないと、私の命だって守られるか分からないのでしょう?悪魔に負けるかもしれない。いまその可能性を摘んでもよいと言うの?」
「くっ……それは確かに一理あるが……」
レオニスは歯を食いしばる。
「……しかし、これはおそらく罠だ。悪魔が君を殺すためのな」
そして、静かに続けた。
「しかも……君の両親も、すでに殺されているかもしれない」
空気が凍る。
だが――
「じゃあ、あなたが私を守ってちょうだい」
リリアは迷わなかった。
「それが、あなたの役割なんでしょう?」
「……」
沈黙。
やがて、レオニスは小さく息を吐いた。
「はぁ……わかった」
覚悟を決めた声だった。
「どちらにせよ、逃げ場所などどこにもない。いつかは悪魔と対峙する必要がある」
視線が遠くを見る。
「もう少し準備をしたかったがな……」
「そうと決まれば!」
リリアは力強く言う。
「早速、悪魔の元へ向かいましょう。両親もまだ近くにいるかもしれない」
そして、思い出したように。
「レオニス、場所は分かるの? 王家の水晶で分かるって言ってなかった?」
「……ここまで待ち受けよう」
「え……?」
「悪魔は、こちらに向かっている」
リリアの息が止まる。
「馬車に乗り込むときに私が聞いたのは、“早く逃げろ”という知らせだった」
淡々と、しかし確実に。
「君の両親は、クラウゼル家の邸宅でさらわれた。悪魔は――君を捕まえようとしていた」
その一言が、すべてを物語っていた。
「だから、慌てて出発したのだ」
レオニスは御者に命じた。
「止めろ」
馬車がゆっくりと停止する。
「じゃあ……いまも、私を追ってきているのね……」
「ああ。いずれここに来る。だから探す必要はない」
静かに魔法の杖に手をかける。
「仲間が時間稼ぎをしてくれているはずだが……すぐにここまで来るだろう」
「エリシアが心配だわ……」
「彼女は非戦闘員だ。安全な場所にいる、大丈夫だ」
そして、言い切る。
「悪魔の狙いは君だ」
レオニスは懐から、水晶を取り出した。
王家に伝わる――探知の秘宝。
詠唱が始まる。
次の瞬間、水晶がふわりと宙に浮いた。
眩い光。
そして――映像が浮かび上がる。
「……!」
リリアが息を呑む。
そこに映っていたのは、一人の男。
無表情のまま、空を――飛んでいた。
「と、飛んでる……!? しかも速い……!」
見覚えのある道。
「少し前に通った場所よ……もうこんなところまで……!」
「ああ。おそらく、こいつが悪魔だ」
レオニスの声が低くなる。
「レンに仕事を渡した、マルクスという男だろう」
「……このマルクスという男も体を悪魔に乗っ取られてるってこと?」
「その可能性が高い」
水晶の光が強く脈打つ。
「悪魔は、少しずつ力を取り戻している。以前より反応が強い」
「取り戻しつつ……? じゃあ、完全じゃないの?」
「ああ。記録によれば、十分な力を得れば、自ら憑依する魔物のような肉体を作れるらしい」
冷静な分析。
「だが今は、この男の体を使っている。つまり――まだ完全ではない」
その言葉に、リリアの瞳が鋭く光った。
「なら、私たちにとっても好機よ」
強く、言い切る。
「私が悪魔を浄化してみせる。そして――両親の居場所を突き止める」
「そう簡単にいけばいいが……」
レオニスは彼女を見た。
(少し前までとは違う……)
(女神としての自覚が、芽生え始めているのか……?)
やがて二人は馬車を降りた。
従者たちには王都への撤退を命じる。
砂煙を上げ、馬車は遠ざかっていく。
残されたのは――二人だけ。
「ここからは、リリア。君と私だけだ」
レオニスの声は、戦いのそれだった。
「悪魔と対峙する」
風が止む。
「ここは王都に近い。市民を巻き込むわけにはいかない」
レオニスは、魔法の杖も握る。
「だから、ここで決着をつける」
視線が、リリアへ。
「悪魔の狙いは君だ。私は全力で君を守る」
一歩、前へ。
「私がチャンスを作る。君はその隙に近づき、浄化の力を使え」
「……分かったわ、レオニス」
リリアは小さく息を吸う。
「うまくできるか分からないけど……」
そして、顔を上げた。
「――やるわ」
その瞬間。
空気が――歪んだ。
音もなく、世界が軋む。
そして。
“それ”は、現れた。
――悪魔が、来た。
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