第三十四話 兄は兄なりに考えているんだと思います
「い、いやです……」
リリアは思わず視線を逸らした。
「ま、まず……レオニスのことを、そんなふうには見てないと言うか……」
言葉を探しながら、胸の前でぎゅっと手を握る。
「それに、私は……食堂の両親が実の親だと思って生きてきたわけで……」
そして顔を上げる。
「神の末裔? 女神? 覚醒!?」
リリアは首を横に振った。
「受け止められないし……ピンとこないです……」
一度息を吸って、静かに言う。
「わ……私は食堂を守りたい……です」
「私にとって大事な場所は、あそこなんです」
「城下町のみんなの居場所を守りたい」
「私もあそこで守られてきたんです」
しばらくの沈黙のあと。
レオニスは小さく息を吐いた。
「……そうか」
そして、ゆっくりとうなずく。
「分かった」
「今日話したことだが……」
リリアが顔を上げる。
「誰にも言いません!」
慌てて言うリリアに、レオニスは首を振った。
「いや」
「誰に何を話すかは、君の判断に任せる」
静かな声だった。
「これでも、君を信用して私は話したんだ」
リリアは目を瞬かせる。
レオニスは続けた。
「それに、君が食堂に帰りたいというのであれば……」
「それを尊重しよう」
「え……いいの?」
「ああ、かまわん」
あまりにあっさりとした答えだった。
リリアは戸惑う。
「え……でも、私がいないと悪魔に勝てないんじゃ?」
「他の方法を探す」
「そんな方法あるの?」
「分からない」
レオニスは淡々と言う。
「だが、それも仕方ないだろう」
リリアは唇を噛んだ。
「でも、それじゃレオニスの目的は……成し遂げられないのよね?」
「ああ」
そして小さく笑う。
「やはり時期早々だったろう?」
リリアは返す言葉がなかった。
レオニスは椅子から立ち上がる。
「それに、今回君をここに連れてきたのは……」
「説得するためじゃない」
リリアは驚く。
「え?」
「リリア」
「君を休ませるために連れてきたんだ」
「食事が終わったなら、部屋で休むがいい」
「明日、君の食堂に送り届けよう」
そして軽く一礼した。
「では、私はこれで失礼する」
「レオニス……」
しかし彼は振り返らず、そのまま部屋を出ていった。
扉が静かに閉まる。
ぽつん。
広い食堂に、リリア一人が残された。
「わ、わたし……なにか間違ってる!?」
思わず声が出る。
「ええええええええええええ!?」
頭を抱える。
「それにしても……あんなにあっさり引き下がってくれるなんて……」
「逆にこっちが悪いのかなってなっちゃうよ……」
このまま部屋に戻っても、きっと眠れない。
そう思ったリリアは、邸宅の外へ出た。
「……きれい」
思わずつぶやく。
クラウゼル公爵邸の庭は、崖に沿って段々と作られていた。
階段状の庭園。
それぞれの層に植えられた花々。
そしてオレンジ色の灯りが、間接照明のように柔らかく揺れている。
リリアは海の方へ向かって、ゆっくりと降りていった。
どうやら使用人たちはすでに休んでいるらしい。
外には誰もいない。
「ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
「私の貸し切りみたいね」
「すごく贅沢」
「こんな景色を独り占めできるなんて……」
一番下の庭に着くと、上を見上げた。
崖の上に、本館がある。
そこへ向かって、庭や建物が段々と連なり、灯りがゆらゆらと輝いている。
まるで夜のひな壇。
「なんてキレイなの……」
リリアはベンチに腰を下ろした。
そして今日一日のことを思い出す。
昼。
レンが魔族化しかけた。
あの時、祈った。
そして浄化した。
初めて自分の意思で。
(私に……こんな力が……)
二百年周期で生まれる女神。
それが自分?
(もしそうなら……)
(私、運命から目を背けていいのかな……)
実の両親。
会う選択をしなかった。
(両親は、どう思っただろう……)
そして――レオニス。
強引な人だと思っていた。
でも、話を全部聞くと。
(そんなに悪い人じゃない……)
むしろ。
(私のこと……見守ってくれてたのかも)
そう思うと、少し申し訳ない気持ちになる。
そのとき。
「わっ!!!!!!!!」
「きゃあ!!」
リリアは飛び上がった。
振り向くと――
そこには、同い年くらいの少女が立っていた。
ニコニコと笑っている。
「ふふふ」
「あなた、リリアさんでしょ?」
「私、レオニスの妹のエリシアです」
リリアは目を丸くする。
「え……」
エリシアはベンチに座るリリアの横を見た。
「そこ、座っても?」
リリアは慌ててうなずく。
「も、もちろん!」
エリシアは隣に座ると、丁寧に頭を下げた。
「はじめまして」
「兄が怖いことを言ってしまってごめんなさい」
リリアは慌てる。
「い、いえ……」
「妹さん、まとも……!」
エリシアがくすっと笑う。
「でも、兄はずっとあなたを守ろうとしてきました」
「だからできれば…許してあげてほしいんです」
「兄はね、きっと、あまり周りが見えてないのかもしれません」
夜風が吹く。
エリシアの薄い蒼色に近い白銀の髪が揺れた。
「でも、王国の平和を守るために」
「兄は兄なりに考えているんだと思います」
そして笑う。
「あ、ちなみに、私たち同い年らしいです」
「普通に話してもいいですか?」
リリアも笑った。
「……うん?うん、大丈夫」
エリシアは崖の上を見上げた。
「このベンチからはね」
「普段は海を見るんだけど」
「夜は、本館側を見るのが好きなの」
「すっごくキレイな夜景だよね」
リリアの目が輝く。
「うん!」
「それ、私もいま思ってた!」
リリアは思った。
(この子なら……)
(落ち着いて話せるかも)
「あの……」
「うん、なあに?」
「レオニスが……私を妻にって言ってたんだけど」
「本気なのかな……」
エリシアが固まる。
「え!?」
「お兄ちゃんそんなこと言ってたの!?」
そして頭を抱える。
「あぁぁ……」
「私が思ってたよりヤバいやつでした」
「しっかりしろ、兄貴!」
リリアは思わず笑った。
「ふふ」
「エリシアって面白い」
「なんだか話してると安心する」
「そう?」
エリシアは胸を張る。
「ならよかった!」
「お兄ちゃんの無礼を帳消しにしてもらえるよう頑張る!」
そして少し考える。
「でも……」
「もしかしたら、お兄ちゃん、リリアさんに本気かもしれない」
「ごめん、さすがに本人の気持ちまでは分からないけど……」
リリアは頷いた。
エリシアは続ける。
「オルド・セラフィムってね」
「神の末裔の集まりなんだけど」
「もちろん私も一員」
「一族として、血を継承できるようにお互いに守り合う集まりなの」
「誰が女神の素質を受け継ぐか分からないからね」
「みんな等しく大事」
「でも、女神が分かったら――」
「全員で女神を守る」
リリアは思わず言う。
「え……エリシアちゃんも?」
エリシアは笑った。
「もちろん!」
「命を賭してリリアちゃんを守るよ!」
そして照れる。
「……なんてね」
「私は武闘派じゃないから、守るのは他の人達」
「でも、そんな自分の立場を重く考えなくて大丈夫よ」
夜風が静かに吹く。
エリシアは続けた。
「兄はね」
「オルド・セラフィムの代表だから」
「リリアちゃんが生まれた時から、ずっと見守ってたの」
「食堂で成長していく姿も」
「リリアが希望だって、ずっと言ってた」
そして、ふと思い出したように言う。
「そういえば」
「子供の頃、馬車に轢かれそうになったことあったでしょ?」
リリアはハッとした。
確かにある。
ぼんやりとした記憶。
誰かに押されたことにより、気づいたら無事だった。
あとで両親に聞いた話では、少し年上の少年が守ってくれたらしい。
でも、後でお礼を言おうとした頃には、その少年はもういなかった。
(……まさか)
「あれ……レオニス?」
エリシアはうなずいた。
リリアは静かに言った。
「私……関わってたのね」
「オルド・セラフィムの人達と、そしてレオニスに助けてもらってたんだ…」
「関わってたと言うより、むしろ……その一族の一員なのね、私も」
そして急に不安になる。
「私……レオニスにちゃんと礼儀をもって接してたかな」
「突き放してばっかりだったかも、小さい時から助けてもらってたなんて、
知らなかったから…」
エリシアは優しく笑った。
「ううん」
「リリアちゃんは何も悪くない」
「そんな心配いらないよ」
リリアは少し安心して言った。
「ねえ、エリシアちゃん」
「明日、一緒に朝食食べられないかな」
「もう少し聞いてみたい話があるの」
エリシアは立ち上がった。
「分かった」
「今日は遅いから、もう休みましょう」
リリアは大きくうなずいた。
胸の中のもやもやが、少しだけ軽くなっていた。
その夜。
リリアは久しぶりに安心した気持ちで、ゆっくりと眠ることができた。
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