第三十一話 神の末裔に伝えよ
騎士団本部の一室。
その場にいた全員が、息を呑んでいた。
レンは床の上で、まるで何かに操られるように立っている。
その爪は、人間のものとは思えないほど長く、刃のように鋭く伸びていた。
そして――その前で。
リリアは、静かに目を閉じていた。
「……私には、祈ることしかできない」
リリアは胸の前で手を組み、静かに祈った。
思い出していた。
あのとき――店の常連の老紳士が倒れたとき。
そして、ゴブリン騒動でカイルが重傷を負ったとき。
あのときも、同じだった。
何をすればいいかなんて分からない。
ただ、祈ることしかできなかった。
(カイルのときと同じ……)
(癒すことだけに、集中する……)
その瞬間だった。
ふわり、と。
リリアの体から、淡い白い光がこぼれ始めた。
「……っ!?」
アルヴィンの目が見開かれる。
「こ、これは……!」
見覚えがあった。
間違いない。
「老紳士のときと……同じ光だ……!」
そのとき、扉が開いた。
「リリアさん、こっちですよ! 早く逃げ――」
戻ってきたカイルは、言葉を失った。
「……って、これどんな状態!?」
部屋の中央で、リリアが光に包まれている。
その光を見た瞬間、カイルの背筋にぞくりとした感覚が走った。
(あれ……?)
思い出す。
ゴブリン騒動のとき。
自分は気を失っていたはずなのに――
(この光……)
(この暖かさ……)
(優しい感じ……)
「なんか……体が覚えてるぞ……」
リリアの体は、さらに光に包まれていく。
白い光は、まるで水のように溢れ、
彼女の全身を完全に覆った。
その光景を見て、レオニスは震える声で言った。
「す……素晴らしい……」
目が、狂気のように輝く。
「いや……そうだとも。こういうことだと、私は分かっていた……!」
だが。
実際に見るのは初めてだった。
「だが……実際に見るとどうだ……?」
「想像の何倍も……美しい……!」
「リリア!」
アルヴィンが叫ぶ。
「大丈夫なのか!?」
しかしレオニスが静かに手を上げた。
「アルヴィン公爵閣下」
「リリア様の邪魔をしてはなりませぬぞ」
「それに――」
レオニスの視線がレンへ向く。
「このままでは、彼は魔族に堕ちる可能性があります」
アルヴィンは歯を食いしばった。
「……くっ」
「えっ……!?」
カイルが声を上げる。
「レンが……魔族に……!?」
そのときだった。
レンが、ぎぎ……と不自然に動いた。
「……ぐ……」
そして、次の瞬間。
爪がさらに伸びた。
刃のような爪が、鞭のようにしなった。
ビュンッ!!
空気を裂く音。
その軌道が机の脚に触れた瞬間――
スパン。
机の脚が、綺麗に切断された。
「ま、まじかよ!?」
カイルが叫ぶ。
アルヴィンは一歩前に出た。
「カイル、下がっていろ」
そして剣を抜く。
ギィン!!
アルヴィンの剣技が、鞭の攻撃を弾いた。
一方。
レオニスの前には、透明な壁が出現していた。
「物理シールド」
パァン!!
攻撃が弾かれる。
アルヴィンはリリアの方を見る。
「リリア……!」
「本当に大丈夫なのか!?」
レオニスは静かに言った。
「慌てる必要はありませんぞ」
「見てください」
「彼女を」
アルヴィンが目を凝らす。
そして気づいた。
リリアを覆う白い光が――
厚みを持っている。
三十センチほどの、光の壁。
まるで結界だった。
レンは、意識を失ったまま攻撃を続けている。
完全に何者かに操られていた。
鞭のような爪が、リリアへ伸びる。
だが――
光の壁に触れた瞬間。
ジュッ……!
黒い霧のように溶け、消え去った。
「……!」
アルヴィンは目を疑った。
(これが……)
(リリアの力……!?)
そして。
ゆっくりと。
白い光がレンを包み込んだ。
その瞬間だった。
レンの体の中から――
何かが飛び出した。
黒い影。
それは悲鳴をあげた。
「グヌアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
断末魔。
影はそのまま、どこかへ消え去った。
静寂。
レオニスが震える声で言う。
「す……すごい……」
「リリア嬢……」
そして、確信したように言った。
「あなたはまさに神の末裔」
「いや……」
「女神様そのものだ」
その横で。
レンが、崩れ落ちた。
「レン!」
ハッと目を開けたリリアがレンに駆け寄る。
そして、その体を支えた。
だが。
その瞬間。
リリアも、力が抜けた。
「……っ」
意識を失った。
「リリア!!」
アルヴィンが駆け寄り、彼女を支える。
「カイル!」
「レンを頼む!」
「は、はい!」
そのときだった。
扉が開く。
重い足音。
現れたのは――
王国騎士団団長。
ローエン・レイグラード。
彼は部屋を見渡し、静かに言った。
「今の騒ぎと……この光」
「その娘か。アルヴィン?」
アルヴィンは姿勢を正す。
「はっ!」
「その通りでございます!」
「私はこれから彼女を医者の元へ――」
だがローエンは遮った。
「それは他の者に任せよ」
「お前は私と王に報告するのだ」
そしてレオニスに視線を向ける。
「これはレオニス殿」
「アルヴィンを借り受けてもよろしいかな」
レオニスは優雅に礼をした。
「もちろんでございます、ローエン団長殿」
「リリア嬢は私が医者へ」
アルヴィンが言う。
「い、いや……それは俺が――」
ローエンの声が落ちた。
「アルヴィン」
「お前は俺と来るのだ」
「……!」
アルヴィンは拳を握る。
「……わかりました」
リリアを見つめる。
(無事でいてくれ……)
そして王の元へ向かった。
部屋に残ったのは。
気を失ったリリアと。
レオニスだけ。
レオニスは微笑んだ。
(ふふふ……)
(すべて思い描いた通り)
(やはりリリアは女神)
(騎士団も王も、彼女を守るつもりだったのだろう)
(密命としてな)
(私には筒抜けだが)
(さて……次の手はどう打つか)
ふと、リリアを見る。
「おっと」
「まずはこの女神様を休ませるべきかな」
そして。
アルヴィンとローエンは、王の謁見の間にいた。
ローエンが膝をつき、頭を下げる。
「お待たせしました」
「ローエンとアルヴィン、参上仕りました」
王が静かに言う。
「かしこまらずともよい」
「アルヴィンよ」
「余に状況を教えてくれぬか?」
「はっ」
アルヴィンは報告した。
「密命の調査の結果――」
「リリアは神の末裔である可能性が高いと判明しました」
王の目が細められる。
「ふむ。詳しく申せ」
アルヴィンは続けた。
「リリアは祈りにより、人の傷を癒し」
「悪魔を浄化する力を持っているようです」
「本日、その力により悪魔の浄化に成功しました」
王は静かに言う。
「にわかに信じがたい話じゃ」
「だが、そちが嘘を言うとは思えん、信じよう」
そして、一拍置いて言った。
「アルヴィンよ」
「余が何を望んでおるか……分かっておるな?」
アルヴィンは答えた。
「リリアを守り、悪魔を浄化させ、そして、リリアを狙う人間からも守る」
王は頷いた。
「その通りじゃ」
「して、そのレンという少年はどうなった?」
「体力が回復すれば、元の生活に戻れるかと」
アルヴィンはすぐさま答えた。
王は言った。
「見事な浄化じゃ」
「悪魔は討たれたのか?」
アルヴィンは答える。
「レンからは消えました」
「詳しいことは分かりません…
しかし、退治、消滅までは至っていないかと……」
王は静かに言った。
「ならば今後もリリアを守れ」
「そのためなら、騎士団を辞めてもよいぞ」
「リリアは女神、国家存亡の要じゃ」
「兄弟に職位を譲り、女神の守護騎士となってもよい」
アルヴィンは即答した。
「しばらくは今のままとさせてください」
「リリアも混乱すると思います」
「今後、私はリリアの警護を最優先にします」
「よろしいでしょうか、団長」
ローエンが言う。
「王の御前だ。私に問う必要はない」
王は笑った。
「うむ。頼んだぞ、アルヴィン」
ローエンとアルヴィンの二人が去った後。
王はつぶやいた。
「……スタートラインに立ったの」
すると。
物陰から一人の男が現れた。
リリアの店の常連の老紳士だった。
「はい」
王は言う。
「ベネディクト」
「長いこと苦労をかけたな」
「いえ、王のご苦労に比べれば」
王は続ける。
「リリアは覚醒した」
「そちの言った通りじゃ」
「神の末裔に伝えよ」
「リリアの覚醒は――無事済んだ」
ベネディクトは静かに頭を下げた。
「はっ」
「承知しました」
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