第二十九話 でもみんな思ってる、そんなはずないって
翌日。
リリアは店を休んだ。
理由はひとつ――レンの件だ。
朝早くから厨房に立ち、リリアは静かにクッキーを焼いていた。
バターの香りが店内に広がる。
焼き上がったクッキーを、数枚ずつ小さな袋に入れていく。
店の扉の前には小さな札。
――本日休業。
――足を運んでくださったお客様へ。よろしければクッキーをどうぞ。お一人様おひとつお受け取りください。
袋の数は、いつも来てくれる客数より少し多めに用意しておいた。
昨晩。
騎士団本部へレンを移送したとき、
彼の年齢も考慮され、取り調べは翌日の午後からとなった。
これはアルヴィンの計らいだった。
リリアもこう言われたのだ。
「今日は帰って休め」
そう、だから。
今日の午後。
リリアはレンの取り調べに立ち会う。
そんな朝。
やはり――
店の前に、いつもの子供たちが集まってきた。
「リリア!」
真っ先に飛び込んできたのはミーナだった。
勢いよく抱きつく。
「聞いたよ……!」
震える声。
「孤児院のシスターから……」
「レンが騎士団本部に連れていかれたって……!」
ミーナの声が震える。
「だからあんな仕事引き受けちゃダメだって……言ったのに……」
その瞬間。
もう一人が飛びつく。
「レン兄ちゃんが捕まるなんて嘘だ!!」
トーマだった。
いつもは太陽みたいに明るい少年。
だが今日は、顔が真っ青だった。
さらに。
「うわああああん……」
「レン……」
小さなノアとサラも泣き出す。
リリアは四人を店の中へ入れた。
カウンターに座らせる。
そして鍋からスープをよそった。
湯気の立つ温かいスープ。
「食欲がなくても飲みなさい」
「落ち着くから」
リリアは静かに言う。
スープには、いつも以上に祈りを込めていた。
子供たちは静かに飲む。
しばらくして。
呼吸が少し落ち着いた。
その時、ミーナがぽつりと話し始めた。
「私がね」
「孤児院に入ったとき……もうレンはいたの」
リリアたちは静かに耳を傾ける。
「レンってさ、一匹狼だった」
「どのグループにも属してない感じ」
ミーナは苦笑する。
「すごく感じ悪くてさ」
「『何見てんだブス!』って言われたのが最初の会話」
リリアが思わず小さく笑う。
子供たちも少し笑った。
「孤児院ってさ」
「自分を特別に守ってくれる人がいるわけじゃないから」
「どこかのグループに入らないといけないんだよね」
ミーナは肩をすくめた。
「でも私さ、こんな性格でしょ」
「すぐ噛みついちゃうっていうか」
「グループ入ってもすぐ追い出されちゃう」
苦笑する。
「すぐ正論言っちゃうから」
トーマが頷く。
「ミーナ姉ちゃんっぽい」
ミーナは少し笑いながら言った。
「で、その時レンが言ったの」
「お前の正義はお前を孤独にするからやめとけ!」
「このヒーロー気取りブス!」
子供たちは笑う。
「だから私思ったの」
「コイツ…いつかしばく」
店内に少し笑いが戻った。
ミーナは続ける。
「でもさ、孤児院ってグループ三つしかなくて」
「他に行き場所なくて」
少し顔が曇る。
「ある時、いじめ見つけてシスターに言ったら」
「余計な告げ口したのはお前か!って」
「一つのグループからやり込められて」
ミーナは苦く笑う。
「そしたら他のグループもさ」
「自分たちも告げ口された被害者だって」
「気づいたら孤児院の七割敵」
リリアの胸が痛む。
「食べ物もお金も全部取られてさ」
「もうここにも居場所ないなって思った」
ミーナは少し目を伏せた。
「そしたらさ」
「朝起きたらポケットに小銭が入ってたの」
「あとクッキー」
リリアが小さく目を見開く。
「最初分からなかった」
「取られたはずなのにって」
「でも毎朝入ってるから」
「ある日、犯人捕まえようと思って」
「良いことのような気もするけど、はっきりさせたかったの。誰か分からない人からもらえないから」
ミーナは笑った。
「でね、夜寝たふりしたの」
「⋯そしたらね」
「レンだった」
トーマが嬉しそうに言う。
「やっぱりレン兄ちゃん」
ミーナは頷く。
「でも私のポケットだけじゃなくて」
「孤児院でつまはじきにされてる子のポケット全部に入れてた」
ノアとサラも頷く。
「レン兄ちゃんそういう人、孤児院にいる子はみんな家族だって思ってる」
ミーナは続ける。
「だからある日レン呼び出したの。
そしていろいろ話を聞いた。
最初は素直に話してくれなかったけど⋯
徐々にね」
静かな空気。
「レンはね」
「気づいた時から孤児院にいたんだって」
「だからレンにとっては孤児院のみんなが家族」
「だからグループとかどうでもよくて。
レンにとっては皆が大事だった」
リリアの胸が熱くなる。
「別に正義を説くつもりもないって」
「みんなが生きていければそれでいいって」
ミーナは笑う。
「あとで分かったんだけど」
「古くからいる子はみんなレンのそういうところ知ってる」
「表でははみ出し者だけど」
「実はみんな認めてるっていうか」
ミーナは少し照れた。
「それから私も少し賢くなった」
「ただ正論言うんじゃなくて、みんなのこと考えるようにして、トラブルを解決するようにしたの。そしたらね、私も孤児院で一目置かれるようになった」
リリアは優しく頷く。
「そしたらレンが言ったの」
「お前すごいなって」
ミーナは笑った。
「それで仲良くなって」
トーマが言う。
「それで俺たちも一緒にいるようになった!」
「うん」
ミーナが頷く。
「私たちグループって感じじゃないの」
「ただよく一緒にいる」
「孤児院っていう家族の中の五人として」
ミーナは顔を上げた。
「だからね」
「レンが逮捕されたって聞いて」
「みんな思ってる」
強い目。
「そんなはずないって。
家族を大事にするレンが人の家族の命を
奪ったりしない」
そして。
「リリアお願い」
涙が溢れる。
「レンを助けて」
トーマも。
ノアも。
サラも。
みんな泣いていた。
リリアは四人を強く抱きしめた。
「大丈夫」
優しく言う。
「レンはそんなことしない」
騎士団でレンの話を聞く時間が近づく。
リリアは出かける準備をした。
その時。
子供たちにクッキーを渡す。
それは――
レンが配っていたクッキー。
リリアが焼いたものだ。
もちろん子供たちも知っている。
すると。
子供たちはそれぞれ袋から一枚取り出した。
「これ」
ミーナが言う。
「レンのポケットに入れて欲しい。
今度は私たちがレンを応援する番」
トーマも。
ノアも。
サラも。
一枚ずつ差し出す。
リリアはそれを受け取った。
小さなクッキー。
四人の願いが詰まったクッキー。
「必ず渡す」
リリアは言った。
そして――
リリアは一人、騎士団本部へ向かって歩き出した。
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