第二十八話 今はあなたを口説いている時間は、さすがにないのです
城下町の夜。
リリアはレオニスと共に食堂を出た。
扉にはしっかり鍵をかけ、窓の戸締まりも確認済みだ。
夜の冷たい空気が、ほてった頬を少しだけ冷やしてくれる。
するとレオニスが静かに言った。
「では、行きましょう」
そして、さらりと続ける。
「さあ、私の手を握ってください」
リリアはきょとんとした。
「あの……どうして……?」
レオニスは少し困ったように笑う。
「リリアさん」
「今はあなたを口説いている時間は、さすがにないのです」
そして夜空を見上げる。
「空を飛んでいきます」
「あなたを連れていくためには、私の手を握って頂く必要があるのです」
リリアの頬が一瞬で赤くなる。
(な、なんか……警戒していた自分が恥ずかしい……)
小さく咳払いしてから、そっと手を差し出した。
レオニスの手を握る。
いつも雄弁で、どこか一方的な物言いの多い彼。
だが――
今、目の前にいるレオニスはいつもと違う。
顔つきがまるで別人だった。
「行きますよ」
レオニスはそう言うと、目を閉じて集中する。
次の瞬間――
風が吹き荒れた。
リリアとレオニスの周囲に、ぐるぐると渦を巻く風。
そして二人の身体が、淡く蒼い光に包まれた。
ふわり。
足が――地面を離れる。
「えっ……!?」
リリアは目を見開いた。
「これは……!」
レオニスが穏やかに答える。
「浮遊魔法です」
「安心してください」
「もうこの段階になると、手を離しても安全です」
「リリアさんが落ちることはありません」
少し微笑む。
「ですが、手を繋いでいた方が飛びやすいのです」
「繋いだままでよろしいでしょうか?」
「は、はい……」
(意外と紳士的……)
(それに……)
リリアは思う。
(魔法を使っているときのレオニス……)
(……少しかっこいいかも)
次の瞬間。
二人の身体は一気に上昇した。
城下町の屋根を越え、塔を越え――
気がつけば、町全体を見下ろす高さまで来ていた。
夜の風が強く吹く。
レオニスの白銀の髪が風になびく。
深い蒼の瞳が、鋭く前方を見据えていた。
アルヴィンよりも細身の体。
屈強さはない。
けれど――
その目からは確かな強さを感じる。
リリアは一瞬、見惚れてしまった。
慌てて我に返る。
するとレオニスが言った。
「どうしました?」
「高いところは怖いですか?」
「大丈夫です」
リリアは答える。
夜の城下町は美しかった。
きらめく灯り。
静かな通り。
事件の捜査中に、不謹慎かもしれないが――
(きれい……)
リリアはそう思った。
レオニスがぽつりと言う。
「私は、この王国を守りたいだけなんです
この先、力を貸してください。
さあ、レンがいる場所を探知します」
リリアは思う。
(たしかに……)
(この人はずっとそう言っていた)
突然求婚された時は、変な人だと思った。
でも。
(この人は……)
(王国を守ること以外、何も優先していない)
その時だった。
レオニスの目が鋭くなる。
「……見つけました」
「リリアさん」
「あの倉庫にレンがいます」
指差した先。
暗い倉庫街。
「近くに私の部下が三人いましたが……今はいません」
レオニスの声が少し低くなる。
「おそらく敵にやられたのでしょう」
リリアの胸が冷たくなる。
「すみません」
「レンさんに危機が訪れるかもしれません」
「現場に急ぎます」
次の瞬間。
ヒュッ――!!
二人の身体が一気に倉庫へ向かって飛んだ。
そのスピードは凄まじかった。
そして地面が近づくと、速度はゆっくり落ち――
倉庫の前に、ふわりと降り立つ。
レオニスが言う。
「さあ、急ぎましょう」
リリアは力強くうなずく。
だが――
その瞬間。
「わあああああああああ!!」
倉庫の中から悲鳴。
リリアの顔色が変わる。
「レンの声!」
二人は急いで倉庫の中へ走った。
そこにあった光景。
少し離れた場所に――
レン。
そして彼の横には、彼が運んだであろう袋。
そして。
血に染まった死体。
リリアは動転する。
(どういうことなの!?)
その瞬間。
騎士団が駆け込んできた。
その中に――
アルヴィンとカイルの姿。
騎士団員がレンに詰め寄る。
「お前なのか?」
「この殺人は」
「ち、違う!!」
レンは叫ぶ。
(俺は……)
(はめられたのか……!?)
(仕事っていうのは嘘で……)
(俺を犯人に仕立てるため!?)
騎士団員が冷たく言う。
「だがそこに死体があり」
「お前がいる」
袋を指さす。
「それはお前の袋か?」
「こ、これは……」
(言えない……)
(仕事で運べって言われたなんて……)
(この状況じゃ信じてもらえない……)
騎士団員が袋の中をひっくり返す。
「中身はなんだ!?」
レンは中身を知らずに運んでいた。
カラン。
中から落ちたのは――
血の付いた包丁。
問いただす騎士団員。
「凶器を隠して持ち出すつもりだったのか?」
慌てるレン。
「ち、違う!!俺じゃない!!」
別の騎士団員がアルヴィンの元へ行く。
「アルヴィン様」
「先日のゴブリン騒ぎで孤児が増えておりまして……」
「孤児による犯罪も増えております」
「この前襲われたのは商人」
「そして死んでいる男も商人のようです」
レンを調べていた騎士が言う。
「その小僧が金を持っているか調べろ
商人は金を持っていない、そいつが持っていたら犯人だ」
レンの顔が青ざめる。
「お、俺は……」
騎士団員にレンは体を調べられ、財布が出てきた。
レンが叫ぶ。
「それは俺の財布だ!」
「汚い財布だな」
「やめろ!それは妹にもらったんだ!
雑に扱わないでくれ!!」
財布の中。
そこには――
孤児とは思えない額の金。
騎士団員が言う。
「やはりこいつが殺して盗んだようです」
「恐ろしい時代になりました」
「魔物ではなく人を警戒しなければならないとは」
「連行しろ!」
アルヴィンとカイルは黙って見ていた。
その時。
「レンはそんなことしません!!」
リリアの叫び声だった。
アルヴィンとカイルが振り向く。
「リリア……なのか?」
「リリアさん……?」
「なぜここに……」
騎士団員が怒鳴る。
「なんだお前は!こいつの仲間か!?」
「あいつも捕まえろ!!」
騎士団員がリリアへ向かう。
カイルが慌てる。
「ま、待て――!」
その瞬間。
バンッ!!
透明な壁。
騎士団員が弾き飛ばされる。
「な、なんだこれは!?」
「結界か!?」
「お前……妖術使いか!?魔物の類か!」
その時。
後ろから声。
「おっと」
リリアの背後の暗がりから現れたのは――
レオニスだった。
「王の剣の皆さんじゃないですか」
「奇遇ですね」
優雅に微笑む。
「それにしてもひどいじゃないですか」
「無罪の孤児を、よく調べもせず捕まえようとするとは」
そして言った。
「挙句の果てに」
「神聖なるリリア様を捕らえようとするなど言語道断」
「この王宮魔術師長補佐、レオニスが相手になりましょう」
「な、なんだお前は!」
レオニスは呆れた顔で言う。
「これだから騎士団の脳筋どもは」
「かまわん!」
「犯罪者を見逃すわけにはいかん!」
「レオニスもろとも捕まえろ!!」
その時。
「やめろ!!!!」
低い声。
「レンという少年を離せ」
「そして、そこの娘にも手を出すな」
「もちろん、レオニス殿にもだ」
アルヴィンだった。
「し、しかし副団長!!」
「犯人が逃げてしまいます!」
アルヴィンは静かに言う。
「孤児がどこに逃げられるというのだ」
騎士団員は言葉に詰まる。
「レオニスの言う通りだ」
「調べが足りない」
そしてアルヴィンは言った。
「話を聞く」
リリアとレオニスを見る。
「レンという少年には同行してもらう」
「それから……」
少し柔らかい声。
「レオニスと」
「リリア」
「君も一緒に来るといい」
こうして。
一行は騎士団本部へ向かうことになった。
その様子を――
少し離れた物陰から見ている男がいた。
男は静かに笑う。
「ふふ……」
「リリア」
「動揺しているな」
闇の中で、目が妖しく光る。
「神の末裔よ」
「じっくりと力を削ぎ落としてくれる」
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