二章 第18話:雪華、天へ咲く
【1】
カズヤとアマネはひた駆ける。
空を覆う、歪んだ雪時計。
あれに少しでも近づく為に。
ただ、前へ。
大通りを一直線に踏み抜き、雪を蹴り上げる。
異形が姿を現そうとも足を緩めることなく、最短で斬り払い、避ける。
時に無視してすり抜けながら、ただ一つの目的――時計塔へと収束していく。
「カズヤ! 右!!」
「了解!!」
短い応酬。
カズヤの剣が進路を切り開き、その隙間をアマネが滑り込むように抜けていく。
雪に覆われた白い街路の先、やがて視界が開ける。
そこは中央広場。
騒動が始まる前に立っていた、時計塔の根元。
ふたりはそこへと戻ってきた。
周囲では未だ、戦いが続いている。
遠くから断続的に響く衝突音と怒声、悲鳴。
そして頭上では再び、オルフェンとフードの人物が交差させる光が空を裂く。
だが――中央広場は、妙に澄み切っていた。
その足元。
雪を押し上げるようにして、氷の花が咲いている。
一輪ではない。
広場一帯に、無数に。
そしてその中心。
ひときわ大きく咲いた氷の花。
その傍らで一人の女性が、金の髪を揺らして立っていた。
「キリヤさん!」
思わずアマネの声が出る。
振り向いた彼女は、変わらない静かな表情のまま、ふたりを迎えた。
「来られましたか。準備はできていますよ」
「準備、ですか?」
「オルフェンから通信がありました。あなた方のフォローを、と」
アマネの視線が、自然と広場全体へと広がる。
規則的に配置され、淡く光を宿した氷の花は、
まるで地面の下で何かが流れていることを示すように、静かに脈打っている。
「私の〈雪華の残響〉は、雪とエーテルの流れを編み、氷の花を咲かせることができます。
周囲の雪の力を借り――これからおふたりを、空へ運びます」
⸻
【2】
カズヤとアマネを氷の花の上に乗せ、キリヤは遠くへ離れていく。
「揺れますので、お気を付けて」
足元の氷の花が、わずかに震えた。
広場に咲く全てが呼応し、花弁の奥に灯っていた光が脈打つように強まる。
中心に咲く巨大な花が周囲を束ね、栄養を吸うようにして輝きを増していく。
次の瞬間、地面が応えた。
雪の結晶でできた巨大な花弁が芽吹くようにせり上がり、空へと向かっていく。
「なぁっ!?!?」
カズヤが思わず声を上げる。
アマネは花弁の端から地を見下ろし、遠ざかっていくキリヤの姿を見つめていた。
その視線が、わずかにこちらへ向く。
「――頼みますね」
確かに、そう言った気がした。
アマネは言葉を落とさず、ニコッとキリヤへ笑顔を返した。
雪で編まれた氷の花が、グレイシオンの中心に咲いた。
空へ向かって、高く、大きく。
空に浮かぶ歪んだ雪時計へと、一直線に昇っていく。
⸻
【3】
カズヤとアマネを乗せたまま、
都市の中心に咲いた氷の花が、ゆっくりと天へと伸びていく。
その宙の中心で。
オルフェンとフードの人物は、なお戦っていた。
二本の剣が意志を持つかのように、空間を切り裂く。
あらゆる角度からオルフェンへと収束していくその全てを、オルフェンの光が嘲笑う。
逆に光の線を幾重にも重ね、剣の軌道そのものを書き換えていく。
だが、それだけではない。
彼の視界の端にある北区と東区。
戦力が薄く、救援が間に合っていない居住区。
そこでは別の事象が起きていた。
――光の雨が、降っている。
無秩序ではない。
七色に分かれた細い線が、上空から正確に引き落とされている。
地上で暴れ狂う異形だけを選び抜くように貫き、
触れた瞬間にその存在構造を断ち切って霧散させていく。
人には当たらず、建物にも触れない。
場を解析し、滅すべきものを見出し、正確に光で射抜く。
逃げ惑う群衆のすぐ傍を掠めながら、ただ“敵だけ”を削り落としていく。
そして何より。
上空ではなお、二本の剣との戦闘も継続しているという事実。
「十分化けもんじゃねえか……」
カズヤの口から、思わず零れる。
グレースとヴァリウス。
これまで対峙してきた二人の筆聖に劣らない、常人の域を超えた者。
規格外が――今、確実にこの都市を支えている。
⸻
【4】
その光景を見ながら、アマネは別のものを見ていた。
空を裂く二本の剣。
あの軌道。あの速度。
そして――あの言葉。
『いつか……仲良く殺し合おうぜ。
お互い楽しみができて、幸せでいっぱいだなぁ?』
シオリの声が、ふと蘇る。
冗談ではなく、戯れでもない。
本気でそう言っていた。
オルフェンと交戦しているフードの人物は、ただの抜け殻。
本体ですらない。
しかし、目で追えない速度で、隙など許さない精度で。
何者も寄せ付けないように空間を裂いている。
もしも、シオリ本人だったら。
(……あれと、私は戦えるの……?)
胸の奥が、わずかに冷える。
報いを受けさせると、確かに誓った。
大切なものを踏み躙られた気持ちは、あのフードを見る度に湧き上がる。
だが――今の自分で届くのか、勝てるのか。
その問いに答えはないが、現実だけがそこにある。
光と剣が交差し続けるあの領域は、自分とはあまりにも遠い場所。
「…………」
わずかに揺れたアマネの視線を、カズヤは見逃さなかった。
「何か、あったか?」
アマネは一瞬だけ言葉に詰まり、それでもすぐに小さく首を振る。
「ううん、なんでもないよ。大丈夫だから」
そう答えて、上を見る。
止まるわけにはいかない。
今はただ、目の前の道を昇り切るだけだと。
自分に言い聞かせるように。
そして――ふたりの眼前には迫っていた。
空を覆う氷の結晶。歪んだ雪の時計。




