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二章 第17話:異常都市突破戦線

【1】


都市の上空を、光と剣が支配していた。

その中心で、オルフェンとフードの人物は舞っている。



光が弾け、その軌跡が残像となって幾重にも重なり合う。

やがてそれ自体が一つの巨大な円環を形成していく。



その円環の中を、二本の剣が疾走する。



フードの人物は四肢を一切動かない。宙を漂うだけ。



ただそこに在るだけで、二本の剣が意志を持ったかのように動く。

旋回し、交差し、光を潰しながらオルフェンへと収束していく。



オルフェンの指先がわずかに動いた瞬間、七色の線が空間に刻まれた。

剣の軌道をなぞるように滑り込み、その飛翔を寸分違わずに弾き逸らす。




雪の空に円を描く。

交錯する。反転する。



二人の戦いに乱入せんとする異形達は、もはやただの置き物でしかない。


光と剣の軌跡は次第に加速する。


幾何学的な軌跡が、乱入してくる異形を巻き込んでいく。

触れた瞬間に存在そのものを削り落とし、白い空を容赦なく塗り替える。



剣が加速すれば、光の軌跡もまた増えていく。


「あっはっはっは!!!

良いね……!! 僕が出張る価値があるっ!」


オルフェンの笑い声だけが空に響く。




次の瞬間、二本の剣が同時に消え、遅れて空間が十字に裂ける。

だがその中心には、すでにオルフェンはいない。


常人であればとうに斬り裂かれているが、今の相手は常人ではない。


二本の剣と共に、光が弾ける。


上。


斜め。


背後。


斬るべき対象が存在するはずの位置を、剣だけが舞う。




そして再び、七色が収束する。



今度は、より鋭く。より深く。

その全てが、フードの人物へと向けられる。




白銀の都市グレイシオンの上空。



光と刃が描く円環は、なおも広がり続けていた。



⸻


【2】


地上。


カズヤとアマネは、時計塔から放射状に広がる大通りを駆けていた。

雪を蹴り上げながら、悲鳴の上がる方角へと迷いなく向かっていく。



視界の先、逃げ遅れた住民に異形が迫っていた。

形を保たない腕が届くその直前。


「させっかよっ!!」


地面と一直線になぞった風の刃が、異形の腕を裂き飛ばす。


間髪入れず、アマネの金属糸が走る。

空間を縫うように伸びた軌跡が異形を絡め取り、カズヤが核ごと断ち切った。



その隙に、住民を押し出す。


「早く、こっちだ! 走れ!!」


振り向く暇もなく、次の悲鳴が耳に届く。




その時、監査局員の叫ぶ声が割り込んだ。


「北区はいい! 人が足りない!!

規定に従い、正典の安全確保を優先!!!」


「了解しました!!」



その声を聞いたカズヤが反応した。


「はあ!? いいわけねーよッッ!!!」



怒りを吐き捨てるように叫んだ勢いのまま、カズヤは北区へ突っ込んだ。


そこには逃げ遅れた住民の男性。

異形が覆い被さるように迫っていた。


間に合うかどうか。

一瞬の差を詰めるように剣を振り抜き、異形の身体を強引に弾き飛ばす。


倒れ込んでいた住民の腕を掴んで、引き起こしながら叫ぶ。


「急げ! 逃げろっ!!」



アマネもまた、別の路地へ。


崩れた建材の影、その隙間に縮こまる小さな背中。

それへと伸びんとする異形の腕。


一瞬で視界に収めたまま判断。


迷いなく距離を詰め、振り抜いた刃が異形を両断した。

砕けた残滓が霧散するよりも先に、膝をつき子供と視線を合わせる。


「大丈夫!?」


「ぅ……ぅぅ……」


震えた瞳がアマネを映す。

言葉は出ないようだったが、それでも小さく頷いてくれた。



直後、息を切らした男が飛び込むようにして子供を抱き寄せた。


「あぁぁ……マシューごめんよぉ……!! 怪我ないか……!」


腕の中でようやく安堵が形を持つのを見届けて、アマネは立ち上がる。



次の場所へ、次の悲鳴へ。

救うべきものがある限り、ふたりの足は迷うことなく、前へと向かい続けていた。



⸻


【3】


再び上空。


光と剣がぶつかり合う音は、もはや音として成立していなかった。

衝突の度に空間が歪み、遅れて裂け目が走る。



オルフェンはあえて速度を落としていた。

避けず、逃げない。



迫る二本の剣を、正面から迎えにいく。



――ギャリリリリッ!!!



受け止める位置を決めた瞬間、剣が光へ到達する。


「……ふーん。なるほどね」


その行為はまるで、研究における仮説と検証。




そして。


「これ以上やる意味も無いか」


十分に理解した。



オルフェンの視界が変わる。


七色の光が都市全体へと広がり、空だけでなく地上のあらゆる流れを“照らし出す”。

戦闘、避難、残響の発生、全てが一枚の構造として重なっていく中で――



「あれ。なーんか揉めてる?」



ぽつりと呟きが落ちた。




⸻


【4】


――地上では、怒号が飛んでいた。



「報告にあった“災厄の外典”だな!!」


「なぜここにいる!!」


カズヤとアマネの前に立ちはだかるのは、監査局。

その中心で、小隊長格の男が武器を構えて睨みつけていた。



カズヤも噛みつく。


「邪魔すんな!

こんなことしてる場合じゃねーだろ!!」


背後では、まだ悲鳴が上がっている。


「急がないと、また誰かが!」


アマネの声も焦りを帯びていた。



部下の一人が、戸惑いながら口を挟む。


「し、小隊長。今は住民を優先すべきでは……」


「うるさい!!」


即座に怒鳴り返される。




両者、空気が完全に止まる。





――ヒュンッ



何の前触れもなく、光が割り込んだ。



「や」


ふと気づけばオルフェンが、両者の間に立っていた。


「わっ!!!」

「え!?!?」


カズヤとアマネが驚きの声を上げる一方で、監査局の面々は表情を凍らせる。


「あ、あなたは!?」


「筆聖《ひっせい》……オルフェン・グラート卿!?!?」


ざわめきが走る。



しかし当の本人は、まるで散歩の途中で立ち寄ったかのような軽さ。


「彼らは僕が特別に呼んだんだよ。

用が済んだらちゃんと帰らせるから、放っときなよ」


「しかし……!」



食い下がろうとした声を、オルフェンは遮る。


「筆聖の言葉より優先されるものって、何?」


即座に空気が変わる。


「あ……い、いえ……。ありません」



オルフェンはうんうんと満足げに一つ頷くと、今度は周囲へ視線を巡らせる。


「で、今の問題は?」


小隊長が緊張の面持ちで答える。


「その……都市全体をカバーできる要員が足りていません。

規定に従い、正典居住区である西と南へ戦力を集中させる必要が……」


「ま、そうなるよね。

人手も足りないし、そもそもここまでの規模は都市設計の想定外だ」




そして、あっさりと言い放った。


「いいよ。北と東。足りないところは僕がやる」



「……はい?」


小隊長も理解が追いつかない声。



カズヤも思わず口を開く。


「あんたが、って……」


その困惑に、オルフェンは肩をすくめて笑う。


「僕ならやれる。

こういう時くらい、筆聖らしいことをしとかないとね」




軽い調子のまま、上空へと指差した。


「それより、全体は把握できたよ。

ほら、見える? あの時計」


視線が空へ引き上げられる。

歪んだ雪の結晶の奥で、狂ったように時を刻み続ける巨大な時計。


「あそこが供給源だね。湧き出てる残響。

綴りの異常からこぼれ出すエーテルを利用する――意外と効率的な構造だよ。

小細工っていうよりは……ただの悪(・)ふ(・)ざ(・)け(・)って感じかな」



次にその目は、フードの人物を見据えている。


「で、あのフードの“抜け殻”はそのお守り。

と言っても、僕じゃなきゃ止められなさそうだけど。


――ここまで言ったら、分かるでしょ?」



一瞬の間。



それで十分だった。

カズヤが白い息を荒く吐いた。


「あんたらが、あのフードと残響を止めてる間に――」


アマネが続ける。


「私達が……時計を壊す……!」



オルフェンが、にやりと笑う。


「ピンポーン♪ 大正解!」




そのまま、カズヤの肩へ軽く手を置き、ぐっと引き寄せる。


「カズヤ・ミロク。ちょっと耳貸して」


周囲の喧騒から一瞬だけ切り離された距離で、言葉が落とされる。



「…………?」


その内容は、アマネには届かない。




だが、話を聞き終えた時。

カズヤの目が明確に見開かれた。


「……マジかよ」


そこにあったのは驚き。理解。そして――覚悟。




オルフェンはその変化を確認すると満足げに手を離し、

何事もなかったかのように一歩退く。


「ささ。

グレイシオンを、君らの手で救ってくれたまえ!!」


軽い口調だが、その言葉は完全に“託している”。




上空では、再び光が弾ける気配がした。


異形は止まらず、時間は残されていない。


カズヤが一歩踏み出す。

アマネも迷わず並ぶ。



視線は、ただ一つ。


空に浮かぶ、あの歪んだ時計へ。



「行くぞ!!!」


「うん!!!」



今度こそ、この異常を解決する為に。

ふたりは時計塔へと駆け出していた。

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