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二章 第19話:災厄のその先へ

【1】


グレイシオンの中心に咲いた、天へ伸びる氷の花。


乾いた匂い。呼吸をするだけで、鼻奥も肺も凍る心地。

防寒着を着ていても、上空の冷たい空気が容赦なく肌を裂こうとする。


「寒いね……」


「ああ、手ぇ凍りそうだ……。早く終わらせねえと」



空を貫き、白を裂き、その先――

歪んだ雪時計のすぐ間近へと、カズヤとアマネを運び上げた。



あと少しで届く距離。


だが。




「――!!」


空で、影が動いた。

カズヤ達に寄ってきたのか、それともオルフェン達から逃げてきたのか。


鳥の形をした異形が群れを成して旋回する。

羽を持つ獣が空間を蹴るようにして跳ぶ。

風に溶けるような異形が、実体と虚像の境を曖昧にしたまま、四方から包囲する。




逃げ場はなく、囲まれる。


「くそっ……!」


数が多すぎる。

一体一体を斬っている余裕はない。

時計に辿り着く前に、こちらが削りきられる。




その時、アマネには別の閃きがあった。


「カズヤ!!!」


アマネが声を上げる。

カズヤが振り向くより早く、その腕はすでに動いていた。


ブレードが振るわれ、鋭い音と共に、金属糸が空へと放たれる。

さらにもう一振り、予備のブレードが閃き、別方向へと糸が走る。



広く。


遠く。


どこまでも。



強く軋む銀の線が、空間を覆うように張り巡らされていく。


「私のワイヤー! これに伝って風を!」


「伝って……!?」


簡潔な言葉に、カズヤの理解は追いつかないままだったが。




「カズヤならで(・)き(・)た(・)よ!」




変わってしまったはずの昨日だが、アマネはちゃんと覚えている。




「……っ。ああ、分かった!!!」


迷いはない。

信じる、ただそれだけだ。


アマネと、アマネだけが知っている自分を。




本来なら見えない軌跡。

捉えられない流れが、銀の糸によって確かにそこにあった。


(本当だ――アマネが言ってんのはこれか!!!)


空間に刻まれた線は、風が“通るべき道”そのもの。


あれに、風を沿わせればいい。


エーテルに風を書き込む。

見えないはずの風が、線に導かれるように空間を駆け巡る。

雪を巻き上げながら、風刃の孤を描いていく。



「〈災厄の残響〉――風の軌跡をここに綴る!!!!」



包囲していた異形達が、その中に呑み込まれる。

張り巡らされた全ての線をなぞり、風が一斉に走り抜けた。


断つ。裂く。削る。


遅れて空間ごと、吹き飛んだ。

異形の群れがまとめて霧散する。




残るのは、雪とわずかな残滓だけ。



「やった!!!」


「やったなアマネっ!! お前のおかげだ!!!」



寒空の上、ささやかな歓喜。


そして今、十分届く距離まで伸びた氷の花。

その先には――眼前を覆い尽くすほどの巨大な雪時計が、確かに存在していた。



⸻


【2】


消し飛ばした直後の静寂。

だが、それはわずかなひと時でしかない。


次が来てしまう。

そう分かっているからこそ、カズヤとアマネはすぐに覚悟を整えた。



白い呼吸を深く吐いて。

やることは一つ。互いの手を取る。



「――行くぞ」


「うん」



カズヤは意識を沈め、触れてはいけない領域へ。


〈災厄〉の記憶へ向き合った。




世界の悲鳴が暴れ、荒れ狂う。

触れた瞬間に呑み込もうとするそれが、容赦なく意識へと食い込んでくる。



(……っ……うぅ……っっ……!!!!!!)



だが――


「……大丈夫」


柔らかな光がそこにあった。


アマネが抑え、繋ぎ止める。

呑まれかけた意識を、散りかけた自我を、静かに包んでゆく。




その均衡の中で、風が集まる。

光と混ざり、渦になる。



一つに、白き嵐へと。




「「〈災厄の残響〉をここに綴る――」」




ふたりの声が重なるその瞬間、嵐が解き放たれた。



白き暴風が一直線に、雪時計へと叩きつけられる。

その外殻、内側の構造を、存在そのものを削り取るように断ち切っていく。


確かな手応えと共に、荒れ狂う暴風の中で砕けて歪み、崩れていく。





巨大な雪時計が――壊れる。







「――――!?」



いや、違う。



崩れたはずの断面が歪む。

削り取ったはずの構造が、蠢《うごめ》く。


まるで最初からそうであったかのように。



戻(・)っ(・)た(・)。




「どうして……!?!? あの時は壊せたのに!!!」


想定外の事態に、アマネの声が震える。


別の構造か、綴りの力が強く供給されているのか。

アマネとカズヤが壊せたあの時計とは、とにかく何かが違う。


目の前で、崩壊と修復が同時に進む。

断ち切ったはずの箇所が、まるで時間を巻き戻すかのように再構築され、再び“完全な形”へと戻っていく。



「足りねえ……ってのか……!?」


頭を抑え、苦悶の中で吐き出すようなカズヤの声。

理解はしているが、認めたくない。届いていない。



まだ――この程度では。



⸻


【3】


砕いたはずの時計が、何事もなかったかのように戻る。


降ってくる白の欠片。

その光景を前に、カズヤの思考が巡る――





『記憶は、視点と深さだよ』





視点と、深さ。



それはここへくる前、カズヤにだけ耳打ちされたオルフェンの言葉。



『僕の残響は、ただ構造を明らかにするだけのものだった。

でもね……視点を変えることで、“光”を武器にできた。

深く潜ることで、境界に輪郭を与えて、乗ることすらできたんだよ』



記憶を見る“視点”。



そして向き合う“深さ”。



『オルドレイク卿と戦った君なら、なんとなく分かるんじゃない?』



オルドレイク卿と戦った君なら。


蒼空での戦いが思い出される。

ヴァリウスと対峙した時、使われたのは“均衡”。


強きを削って弱きを引き上げる、場にあるものを対等にする力。



しかし、ヴァリウスとメキースの“残響詩篇の衝突”。

あの世界でヴァリウスが見せていた〈天衡《てんこう》〉は――違った。


どちらかを選び、どちらかを失うもの。

それは、均衡とは性質が異なる。

均衡とは、どちらも取らないその中間を選んだものだったならば。




そこに、もう一つの言葉も重なる。



『今、君が災厄だと思っているものですら――

入(・)り(・)口(・)に過ぎないと、私は思うよ』



夜明け前の草原、青い闇の中で語ってくれたメキースの声。



(……まだ、浅い入り口)



言葉をもらうまでは信じられなかった。

己が宿す災厄は、そんなものじゃない。


もっと深く、もっと濃く。




――その先がある。




「っアマネッ!! 聞いてくれ!!!」


急なカズヤの声、しかし光明が見えたようなその表情に、アマネも驚く。


「どうしたの!?」


「記憶だ! 視点と深さってさっき聞いたんだ!

あるんだよ――俺達がいつも見てる、嵐の先が!!!」


「嵐の、先……」


「行けると、思うか……?」




怖くないわけじゃない。


だがそれでも。ふたりなら。




「――行けるよ。私達なら」




目を合わせて頷き、重ねた手をさらに強く握る。

今度は、これまでと比べ物にならないほど深く、深く意識を落とそうとする。



再び、災厄の記憶へ。


荒れ狂う流れが迎えに来る。

歓迎するかのように引きずり込まれる。



世界を破壊した嵐、《白蝕《はくしょく》》の渦中。


ふたりの耳の奥で、絶望が重なる。


悲鳴、大地の軋み、全てが砕けて消えていく音。

引き裂かれる痛みと、ほどける手の哀しみ。

大切なものが色を奪われ――あらゆるものが白に溶けていく光景。




しかし、これは入り口でしかない。




『ああ、遠いとも。遥かな旅路だ。

だが――道があると知ることは、決して無駄じゃない』




そう、道(・)は(・)あ(・)る(・)。



メキースが道を示し、ヴァリウスが見せ、オルフェンがそれらを照らし出した。



地平線の先に何も見えない、孤独な荒野を旅するのとは違う。

歩むべき道も、目指すべき場所も見えている。


託されたのは、己の脚でそこへ到達できるか否か、その可能性。




ふたりだから歩める、災厄の旅路がそこにある。

これまで踏み出せなかった、嵐の先へ。





〈災厄の残響〉――第二深層。

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