サブエピソード:オスカー・グレイの肖像
【1】
外典は醜い。
いつからだろう。そう思うようになったのは。
蔑まれ、疎まれ、排斥される、醜悪な存在。
その在り方が美しくなかった。
見るに堪えなかった。
〈美讃の残響〉。
美しきものが賞賛され、輝き、眺めるだけで脳を揺らし、滴り落ちる甘美。
しかし、その記憶の端にいつもチラつく、醜悪なもの。
美しさの陰になっているからこそ、見るに堪えないもの。
昔から、それに腹が立って仕方なかった。
それさえなければ、自分の宿す記憶は完璧なものなのに。
探した。
それを消し去ってくれる何かを。
見つからなかった。
どこにも。
⸻
【2】
グレイ家のしきたりで、男は士官学校に通った後、大書院で働くことが決まっていた。
そういうものだった。
剣の才と、残響の才、どちらもがあった。
特に意思もなく成り行きで、監査局の配属となった。
最初の任務は、ただの排除。
暴走した外典。
報告書にはそう書かれていた。
実際に現場で見たそれは――
泣きながら自身の手を見つめている、醜い青年だった。
皮膚は全身焼けただれ、残響が暴走して、もはや制御できなくなっていた。
周囲にはいくつかの遺体と、焦げた家具、壊れた家族の写真。
「助けて、ください……」
青年はそう言った。
オスカーは刺剣を抜き、迷いなく喉を貫いた。
血が噴き出す。
青年の顔は死の直前、ほんの一瞬だけ安堵していた。
ああ……。
その表情が――美しかった。
そうか。
醜さは消せるのだ。
終わらせればいい。壊せばいい。排除すればいい。
そうすれば、美しい瞬間だけが残る。
その日から、オスカーの中で何かが確信に変わった。
⸻
【3】
決定的な転機は、一枚の絵。
任務の帰路に偶然、路地裏の小さなアトリエに入った。
そこには外典の画家がいた。
痩せ細った老人。
壁には数枚の肖像画が並んでいる。
その中に――なぜか自分がいた。
「これは? もしや私ですか?」
老人は震えながら頷いた。
「あ、ああ、これは……。
あなたを、お見かけして……あまりにも……」
言葉が途切れる。だが意味は分かった。
美しかった、というだろう。なんとも素晴らしい。
オスカーは頬に手をやりながら、絵に近づいた。
「ふぅむ……」
完璧な青年だ。
均整の取れた顔と、冷たい理性、優雅な姿勢、瑞々《みずみず》しい彩色。
しかし――
指先がぴくりと動く。
絵の中の自分は、ほんの僅かに歪んでいた。
口元に、見えないはずの嘲笑が滲んでいる。
瞳の奥に、微かな狂気がある。
これは、なんだ。
「……何を描いた?」
急変した気配に、老人は怯えながら言った。
「人は……魂が……か、顔に出る……」
その言葉で。
オスカーの中で、何かが壊れた。
刺剣が閃き、老人の胸を貫いた。
血が飛び散り、絵に赤い斑点が落ちる。
だが、絵は壊れなかった。
むしろ――美しくなった。
赤が、構図に完璧なる調和を果たしている。
「おぉ……!」
この絵は自分の本質を映しているのだ。
ならば、もし。
この絵が醜くなれば――自分は美しいままでいられるのではないか?
絵を持ち帰り、誰にも見せない部屋に隠した。
⸻
【4】
それからは、外典を殺し続けた。
芸術家も、市民も。
監査局の身分を存分に利用する。
血に濡れた夜の後は、必ずあの部屋に戻った。絵を見る為に。
最初は変化がなかったが、ある日気づいた。
絵の中の自分の瞳が、ほんの僅かに濁っている。
代わりに、鏡に映る自分は以前よりも美しかった。
肌は透き通り、輪郭は整い、微笑みは完璧だった。
ああ……完璧に理解した。
醜さは――絵に移っている。
自分ではなく、この絵が背負ってくれている。
なんっっっっと、素晴らしい!!!!
人生で、今が一番清々しい!!!!
ようやく、見つけた。
⸻
【5】
やがてオスカーは、フォーンシティで大量虐殺を行う。
以前から目をつけていた、外典の芸術家を皆殺しにした。
焼けたキャンバス。
砕かれた彫刻。
血の臭い。
その中心で彼は言った。
「外典が生み出した芸術など、一つたりともこの世に存在してはならない」
それは本心であり同時に――快楽だった。
最期の表情を観察する瞬間は、何よりも美しかった。
その夜、彼は一人の外典と戦った。
罪を焼く炎を宿した者。
彼は敗れ、胸を貫かれた。
「……醜い……外典……やはり……」
それが最期の言葉。
オスカーは死ぬ直前、思い出していた。
あの絵のことを。
⸻
【6】
同じ頃。
部屋の中、誰も知らない場所。
肖像画は、壁に掛けられたままだった。
そこに描かれていたオスカーは――
もはや人ではなかった。
皮膚は腐り落ち、瞳は濁り、口は裂け、全身が血と泥で覆われている。
怪物。
完全な怪物だった。
だが絵の表情は――恍惚だった。
幸福そうに、微笑んでいた。
まるで、ついに理想の美に到達したかのように。
――バキリッ。
その時、絵に亀裂が入る。
キャンバスが裂け、内部から黒い液体がどろりと滲み出した。
外典は醜い。
そんな彼らが生み出す物に、価値など見出せなかった。
だが本当は、記憶にへばりつく醜さに耐えられなかっただけだ。
だから全てを壊した。
壊せば美しくなると信じていた。
最期まで、彼にとっては理解ができなかったのだ。
醜さとは。
美と同じ場所に在るものだということを。
残響詩篇
〜 オスカー・グレイの肖像 〜 完




