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サブエピソード:理水の優等生

【1】


――あいつは昔から、無駄に目立つ男だった。



そこはセントラル・ドミナ大陸。

中心から少し離れた、とある地方にある士官学校。




ヴァージニア・ブローディ。

十六歳の彼女は、学校の中庭を歩きながら、荒くため息。



春の訓練期間。

候補生達が木剣を振るい、残響訓練用のエーテル装置が淡く光っている。




その中心に――セイル・オーウェルがいた。




金髪。整った顔。

姿勢はまっすぐで、服は皺ひとつない。


そして何より戦いが、理路整然としすぎていた。

剣に無駄な力みがない。

残響の制御も、すでに教官並み。軌道は正確。



「まーたあいつが一位かよ……」

「そりゃあそうだろ、オーウェル家だぞ」


周囲の候補生が囁く。



名門オーウェル家の子息。

将来エリート確定の、模範的候補生。




完璧。




――だからこそ、ムカつく。



一般家庭出身のヴァージニアは舌打ちした。

学びに来たはずの良いご身分の令嬢すら、あいつには色目を使いやがる。


その事実が、なおさらムカついた。




【2】


最初に話したのは、入学から三ヶ月くらいだった。



残響制御の合同訓練。


私のは〈導灯どうとう〉。

光で意識を誘導する残響。


そしてセイルは〈理水りすい〉。

相性は最悪だった。



光で誘導しようとしても、水が秩序で遮り、押し返してくる。


「もっと集中しろ」


初対面で言われた言葉がそれ。

ぴくりと眉が動く。


「は?」


「君の残響は散漫だ。方向性がまるで定まっていない。

戦闘向きでないなら、もっと考えて戦え」


「初対面の相手に言うこと?」


「ふん、事実だろう」



真顔。悪気ゼロ。本気で言っている。


(チッ。こいつ……)


人を殴りたいと心の底から思ったのは初めてかもしれない。


だが同時に、対面して分かってしまった。



こいつは――異常なほどに努力している。



訓練後、誰もいない時間に残っているのを何度も見た。

ある日は剣を振るい、ある日は額が汗ばみ、指が震えるまで水を制御している。



完璧なのは才能じゃなく、何かの執念だった。




【3】


ある日の帰り。

訓練場で、彼は珍しく座り込んでいた。


息が荒く、顔色が悪い。



ヴァージニアは思わず声をかけた。


「へえ……死にそうじゃん」


「問題ない」


即答だったが、全然問題なさそうじゃない。


「そこまでやる意味あんの?」



沈黙。



少しだけ間を置いて、彼は言った。



「秩序は人を救う」



どこかで聞いたような、教科書みたいな言葉。

でも声は――本物だった。



「乱れは不幸を生む。水が氾濫すれば街は壊れる。

だから制御し、整える。

――それが正しいと信じている」



ヴァージニアは少し驚いた。


(なんだこいつ……)


本気で信じてる。

使命とかじゃなくて、信仰に近い。


「……真面目すぎじゃん」


「そういうものか?」


「そう」


少しだけ笑ったら、セイルは首を傾げた。



いつもは固い固いその表情が、

今だけ急に年相応に見えて、ちょっとだけ印象が変わった。




【4】


だが根本は変わらなかった。


こいつは空気を読まない。

男子とは絡まない。

女子からの好意にも気づかない。

冗談を理解しない。

人の感情に鈍い。

笑顔なんか誰も見たことない。


訓練は鬼。

誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰る。

評価は常にトップ。

上層部からの覚えも良い。


そして本人は当然かの如く、一切気にしていない。

あまりにも近寄りづらすぎて、もはやそれが一周回って人気となった。


食堂で誰がセイルの周りに座れるか、毎日レースが開催されていたほどだ。



(めんどくさ……)


何度そう思ったか分からない。




卒業試験の日。


誰しもが想定していた通り、模擬戦で彼は全員を圧倒した。

水が軌道を描き、候補生を次々と無力化する。


教官が小さく呟いた。


「うむ、完成しているな……」



その言葉を聞いた時、なぜか少しだけ寂しくなった。


(ああ、こいつ……)


もう遠くに行く。

自分とは違う場所。エリート街道。秩序の中心。




きっともう会わない。そう思った。




だから、別れ際に言った。


「ねえ、セイル」


「なんだ」


「もう少し、人の気持ち考えてみた方がいいよ」



彼は真剣に考え込んだ。


「……それに意味があるなら、努力はしよう」



それを聞いて、ヴァージニアは吹き出した。


「ははっ、努力って。何それ」


彼は本気で困惑していた。




別に恋ではない。

そんな甘ったるい感情じゃない。


ただ――思春期の記憶に、妙な爪跡みたいに残っているだけだ。

消えもしないし、痛みもしない。

でも時々、ふと思い出す。



変な奴。




【5】


それから数年後。


ある任務で再会した時、彼は監査局の隊長になっていた。

相変わらず真面目で、強く、融通が利かなくて、頑固だった。



でも少しだけ、人間っぽくなっていた。

ほんの、ほんの少しだけ、揺らぎも見えた。


視野の広がった世界。

任務の中で垣間見えた迷い。

思っている秩序と現実のズレ。色々あったのだろう。



それでも彼は、信じる秩序の為に進み続ける。



(ほんっと不器用なやつ……)


ヴァージニアは横顔を見て思う。



昔と同じ。

融通が利かない、どうしようもなく面倒。



でも、やっぱり。




「――顔は良いんだよな、顔は」




残響詩篇

〜 理水の優等生 〜 完

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