一章 第37話:均衡という名の審判
【1】
「〈天衡の残響〉をここに綴る――」
最初の一手は、ヴァリウスだった。
その宣言が何を意味するか、カズヤ達には分からない。
だが確実に、何かが変わった。
ヴァリウスの踏み込む音が空に響き、空気が押し潰された。
大剣が、振るわれる。
風よりも先に、圧が来た。
刃が届く前に、衝撃だけが空間を割るような圧力。
「――ッッ!!」
カズヤとアインは、ほぼ同時に左右へ跳んだ。
直後、二人が立っていた場所が削れる。
石が砕けて粉となり、遅れて風に散った。
人の身に戻ったはずの一撃とは到底思えない。
「普通でこの威力かよ……!!」
アインが歯を噛みしめる。
だが、怯んでいる暇などない。
「行くぞ、カズヤ!!」
「分かってる!!」
二人は同時に踏み込んだ。左右からの挟撃。
先に届いたのは、アインの槍。
火槍を振るい、叩きつける。
空気を焼き、視界を歪めるほどの熱量。
ヴァリウスは動じず、黙して捌く。
大剣を横に振り払うだけで、火は切り分けられる。
「甘い!!」
そのまま返される刃。
アインは後ろへ跳ぶが、剣圧が追いすがり肩を掠めた。
皮膚が熱を持ち、血が滲んだ。
「ちいッ……!!」
その影から、カズヤが斬り込む。
その手には《イシュトリナ》。メキースから託された剣。
(すげえ、軽い……! なんだこの剣!!)
ヴァリウスは受け止めた。
正面から、大剣の腹で正確に。
――ガァンッ!!!
火花が散り、衝撃がカズヤの腕を貫く。
「……ぐッ!!」
押し負ける。
(――重っ……!!
ってより、岩とか壁と戦ってるみてえだ……!)
筋力ではない。“生きてきた重さ”が、そのまま刃になっている。
ヴァリウスが低く、声を叩きつける。
「まだ……浅い!!」
押し返される。
カズヤの身体がぐんっと宙に浮き、転がるように後退した。
「うっ!!」
背中から着地し体勢を立て直す。
「カズヤ!!!」
アインの叫ぶ声。
「お前は好きにやれ!
止まらず攻めろ! 俺が合わせてやる!!」
「っ――ああ、任せたッ!!」
カズヤが全力で剣を振るい、同時に風を起こす。
ゲイルとの戦いで掴みかけたものを試そうとする。
ヴァリウスと剣が重なる度に、風を散らせる。
そして、カズヤの剣撃を縫うように、アインの火槍が差し込まれる。
風と火が舞い、刃が交わる。
カズヤの気配を察知し、アインが一瞬引く。
引いたと同時に、カズヤが風を引き寄せる。
ヴァリウスの背をめがけ、衝撃を――。
だが、ヴァリウスは読んでいた。
「単純すぎるッ!!!」
大剣が空間を震わせ、衝撃が頂全体を包む。
三人の足元が砕け、石片が宙に舞う。
「いっ………!!?」
「がっ………!!!」
二人は床に叩きつけ投げられた。
すぐに立ち上がるが、呼吸が崩れる。
対してヴァリウスは、ほとんど乱れていなかった。
迷いも、焦りもない。
淡々と。
「二人がかりでも――届かんか」
その言葉は事実だった。
それでもカズヤは、剣を下ろさなかった。
(ぜってー勝つ……!)
アインも、槍を離さなかった。
(引けねえよな……!)
メキースが遺したものは力ではなく、折れない理由。
⸻
【2】
距離が空き、様子見の間合い。
アインがふと、カズヤへ声を投げた。
「カズヤお前、勝てると思うか?」
不意な言葉だったが、カズヤは即答した。
「なんだよ? やるしかねえだろ」
ヴァリウスから視線を外さないまま、アインは返す。
「根性論じゃねえよ。やるのは当たり前。
考えなしに突っ込んでも、へばるのはこっちだって話だ」
「……考え、あんのかよ?」
「無え。だから聞いた」
カズヤもまた、ヴァリウスから視線を外さずに答えた。
「俺も無え、けど……、
とりあえずあのおっさんの残響。正体が分かんねえ」
アインは短く頷いた。
「だよな。
――そこは、俺が炙り出す」
狙うは、ヴァリウスの“罪源”。
共鳴風の暴走。あの事件に、ヴァリウスが関わっているのなら。
自覚している罪であれば――燃やせる。
「〈罪火の残響〉をここに綴る――」
アインが唱えた声と共に、赤黒い炎がアインを包んだ。
アイン自身の罪が焼かれ始める。
「!!ぐうぅぅっっっッ!!!」
焦げ付く臭い、肺が焼けるように痙攣し、視界が一瞬白む。
それでも、槍は下げなかった。
同時に、ヴァリウスにも炎が伸びる。
黒く、強烈な炎。
「む――――ッ!」
しかし、黒き炎は尖らない。
「――――あ!??」
アインの狙いとは裏腹に、その炎はすぐに鎮められた。
確かに、燃えている感触はあった。
だが、それは“熱”ではない。
焚き付けたはずの罪が、どこにも尖らない。
全てが同じ温度で、同じ明るさで揺れている。
自分も、そしてヴァリウスも。
ヴァリウスは涼しい顔で、まるで宣告するかの如く声を落とす。
「均しくする。
それが俺の残響だ。今ので、理解できたか?」
アインは、歯を噛みしめたまま槍を構え直す。
(ちっ……、〈罪火〉は長く使えねえ。
俺も焼けちまうし、あの眼鏡坊主にブン殴られたのも残ってる。
これで仕留められねえなら、やる意味無し)
炎を鎮め、残響の行使を止めた。
そしてカズヤの方をチラリと見る。
(ってなると、頼りはこいつの残響だが……。
アマネがいねえと暴走するんだっけか。使うのは際の際――)
カズヤもまた、その様子を見て考えを巡らせていた。
(アインの残響……無理やり弱められてた感じだ。
そういう残響なのか? 分かんねえ)
剣を構えたまま一歩踏み出す。
頭で考えようとすると、掴めない。
(均しくする……?)
だから――身体で感じ取るしかない。
⸻
【3】
再び、ヴァリウスの大剣が横薙ぎに振るわれる。
カズヤは反射で前へ出た。
ヴァリウスとの距離を素早く詰める為、逃げずに足を滑らせるようにして、受ける距離を詰める。
――ギィンッ!!
斜めになりながら、刃と刃がぶつかる。
重い。しかし、先ほどではない。
(?……さっきより耐えられる)
腕は軋んだが、踏ん張りが利く。
動きに合わせて、アインも踏み込んだ。
火槍が、低い軌道で突き出される。
ヴァリウスは剣を引き戻し、弾く。
いや、弾かれる――はずが。
アインの槍先が、ほんの僅かに届いた。
その事実に、アインの方が逆に驚いてしまった。
ヴァリウスの身体を掠めて、火が散る。
(今の……!? なんで当たった?)
あくまで牽制。
隙を作り、カズヤに攻め込ませる判断だったが、槍が届いた。
ヴァリウスは一歩引く。
ほんの一歩。だがそれは、これまでになかった動き。
カズヤも気づく。
(……あのおっさん――下がった?)
ヴァリウスは表情を変えず、剣の位置だけわずかに変えた。
「そういう残響だ。
強きを削り、弱きを上げる。
俺の〈天衡〉は“戦場全体を、同じ高さに引きずり下ろす”」
困惑した顔でカズヤが吐き捨てる。
「弱きを上げる……なんだそりゃ」
アインもまた、言葉を飲み込めていない。
「俺の炎が鈍ったのも、
槍があんたを掠めたのも、そのせいってか?」
ヴァリウスは二人から視線を外さない。
逃げも誤魔化しもなく、堂々と事実だけを並べる。
「そうだ。お前達の力と、俺の力。
今この場では均しくなっている」
大きな力量差のある戦い。
強者であるヴァリウスにとって、今この場では不利に働く残響。
カズヤもアインも、ようやく理解の輪郭を掴み始めていた。
罪火が燃えきらなかった理由。
剣圧が重すぎなかった理由。
槍が弾かれずに届いた理由。
全てが一本の線で繋がった。
アインが、喉の奥で笑う。
「とんだ親切だな」
ヴァリウスは、わずかに口角を吊り上げた。
それは嘲りでも余裕でもない。
「どう取ろうと構わん。俺が見たいのは――可能性だ」
大剣を再び構え、重く、戦場に落ちる言葉をカズヤとアインへと叩きつける。
「技量や経験の差は埋まらん。お前達は“自力”で越えろ。
均された世界で、それでもなお届くか――俺と奴に示せ!!」
沈黙。
だがそれは、終わりの静けさではない。
これは慈悲でも試練でもなく、審判。
――均衡の中で、可能性達は真価を問われていた。




