表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残響詩篇  作者: 宗一郎
第一章:共風と共に去りぬ
PR
71/71

一章 第38話:均された空、曇る未来の先

【1】


蒼空の頂。

澄んだ空気と、風の吹き荒ぶ音が響く。



ならされた世界の中で、カズヤとアインは並び立っていた。



力の差が削ぎ落とされたはずの戦場。

対峙するのはアークティア筆聖――ヴァリウス・オルドレイク卿。



空気には緊張が張り付いている。



「アイン――行くぜ」


カズヤの声は低く、だが確かに前を向いていた。



踏み出した足元で風が渦を巻き、剣に絡みつく。

押し崩す為の風。


それに反応して、アインが動く。

槍に宿る火は広がらず、鋭さだけを残して凝縮されていた。



風の道。


風がヴァリウスに向かって一直線の道を作り、火がそこを貫く。

二人の動きは、言葉を交わさずとも噛み合っていた。



――だが。



ヴァリウスは、剣を振らない。


構えをわずかに変える。

それだけで、空気の流れが変わった。


カズヤの風は、押し返されるでもなく、流されることなく。

ただ――意味を失った。


剣の腹に受けられた風は、逃げ場を失い、刃となる前に解かれて消える。



解かれた風の間を縫うように、アインの火槍が届く。


しかしヴァリウスは半歩、横へ。

その半歩が全てを狂わせた。

狙いは外れ、火は肉を焦がす前に、衣を掠めて散った。


「くそ……ッ」


アインが息を詰める。

確かに届くが、当たるべき場所には当たっていない。




連携は崩れていない。むしろ打ち込む度に精度は上がっている。

カズヤが動き、アインが合わせる。

それでもヴァリウスは不動――崩れない。



大剣が静かに動き、そこに“在る”だけで、二人の動線を塞ぐ。

刃が触れる前に、止まるしかない位置に、それは置かれている。



人数差をもろともしない、歴戦の経験が成せる“強者”ゆえの立ち回り。




カズヤが剣を引き、角度を変え、次の一太刀へ。

アインが割り込み槍で弾き、火花が散る。


だが、その瞬間――ヴァリウスは、すでに“次”を見ている。



「何やっても、全部読まれてんのかよ……っ」


カズヤの喉が、ひくりと鳴った。


力は同じ。ならされている。

重さも、速さも、破壊力も。



それでも――当たらない。当てさせてもらえない。

好きに動いているはずが、気づけば囚われている。




大剣が、再び構えられる。

その所作に、無駄は一切ない。

力を込める前に、どこに置けば通るかを既に知っている。



(こいつが、筆聖……だってのか)



カズヤと異なり、筆聖とは初めての邂逅。

強者と戦う高揚感に沸くこともできず、アインは歯を思いっきり噛みしめた。




ならされた世界。それでも埋まらないものがある。

年数。積み重ね。刃を振ってきた数。修羅場。地獄。



――技量という名の、至高。



草原と浮島、渓谷。

アークティアの全土を統べる者。

ヴァリウス・オルドレイクは、間違いなくその高みに立っている。



逃げ場はなく、言い訳もできない。小細工も通用しない。

自分達が、その高みにどこまで届くか。

届くだけではダメだ。さらに越えなければならない。


絶望の現実がすぐ足元まで迫ってきている。

その気配を、カズヤとアインは感じざるをえなかった。




【2】


《ソリスタの聖壁》。

その頂で、再び風が鳴いた。



刃にまとわりつくような低い唸りで、

カズヤの剣の軌道に沿って、空気そのものが引き裂かれていく音だった。


ゲイルとの戦いで掴みかけた感覚を探るように。

ヴァリウスを中心として避ける手を奪い、行き場を限定しようとする。



「――アイン!」



名を呼ぶ声は、信じて放った一音。

その音が消える前に、火が応えた。



アインが踏み込み火槍を振るう。

爆ぜさせない。

ただ細く、ただ鋭く、刃の隙間へと風を流し込むように散らす。


風が道を描くように裂き、火がその道を駆け抜ける。



――ヴァリウスを囲って描かれた、風火の奔流。



二つの力が重なったその刹那。

ヴァリウスの大剣が、ほんの僅かに遅れた。



遅れた――


それだけのことだが、この戦場では奇跡とも呼べるものだった。



風の刃と火槍の穂先が、ヴァリウスの脇腹を掠める。

布が裂け、肉が焦げ、血の臭いがはっきりと空気に混じった。



「…………」


ヴァリウスの喉から、かすかな息だけが零れる。


深い傷ではなく、命を脅かすものでもない。

だが――確かに、不動の身を削った。



その事実が、カズヤ達の胸に熱を灯した。


踏み込む。迷いなく。

剣に風を重ね、火が重なり振り下ろす。


刃と刃が噛み合い、槍が鋭く穿ち、その衝撃が腕を通して骨にまで伝わる。

アインが引けば、カズヤが風を引き寄せて爆ぜる。


ヴァリウスの腕が、僅かに震えた。

ほんの一瞬。



(……通る!!)



声にならない言葉が、カズヤの胸の奥で弾ける。




【3】


――だが。

その熱は急速に冷やされていった。



削れていく速度は、決して等しくはなかった。


ヴァリウスの身体に刻まれる傷は、浅く、少なく、遅い。



それに対して――

カズヤとアインの身体から失われていくものは、あまりにも多かった。



ヴァリウスの隙を生む為に、気を張り、全力で攻め込む。

風や火の操作を行うほどに、残響行使の負荷が疲労となって襲ってくる。

反撃を受ける度に、頬や腕、足、着々と傷が増えていく。


体力が削れ、息が重くなる。

腕が鈍り、疲れと全身の痛みから、視界の縁がわずかに白んで滲み始めた。


踏み込むと足裏が軋み、肺が焼けるように痛む。



剣を振るえば、カズヤの指先から力が零れ落ちていくのが分かった。

槍を突き出せば、アインの肩が悲鳴を上げた。



――同じ“高さ”に立たされているはずなのに。



積み重ねてきた年月。積み上げてきた死線。

血と後悔、選択の重さ。

それらが静かに、しかし確実に差を生み続けていた。


ヴァリウスは乱れない。

呼吸も、構えも、視線も一切が崩れない。


まるで、嵐の中に立つ岩のように。

削られても、削られても、決して形を失わない。




――このまま続けば、先に尽きるのは自分達だ。




カズヤとアインの中で、何かが少しずつ濁っていった。



メキースから託された剣と、そこに込められた想い。

未来や可能性。願い。


戦いが続くほどに霞み、遠ざかっていく。



カズヤの胸に、弱い声が忍び込む。


(託されたんだろ……何やってんだ俺は……!)


アインも揺らぎ始める。


(……俺らじゃ、厳しいってのか……?)




現実が、否応なく“敗北”という言葉を突きつけ始めた。


ほんの一瞬。

ほんの刹那。


「……くっそ……」


カズヤの視線が、大きく揺れた。





その揺らぎを――ヴァリウスが、見逃すはずもなく。





次の瞬間。

黒い巨躯が、音もなく踏み込んだ。



大剣が、まるで世界を叩き割るように振り抜かれた。


風も、火も、間に合わない。




「しま――――――ッ!?」




気づいた時には、すでに遅い。


圧。

衝撃。


殺意。


全てを束ねた一撃が、真正面からカズヤへと迫る。

逃げ場はなく、防ぐ余地はない。


「ばッ――――!!!」


アインも反応できなかった。





蒼空を裂き、聖壁を震わせ、運命そのものを断ち切るかのように――




致命の一撃が、カズヤの目前へと落ちた。






――はずだった。





二人とヴァリウスの間に、突如として風が立った。



それは、これまでとは質の違う、澄み切った“翠”の奔流。

刃の軌道を狂わせ、衝撃を逸らし、運命の流れを別へと運ぶ風。




「……遅くなったな」




低く掠れた、しかし穏やかな声が響く。


砕け散る風の中に、ひとつの影。

黒い髪をなびかせ、静かに師を見つめて。




――ゲイルが、そこに立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ