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残響詩篇  作者: 宗一郎
第一章:共風と共に去りぬ
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一章 第32話:天穹、円環に刃交わる

【1】


蒼空は、裂け目のように震えていた。



《ソリスタの聖壁》の頂からさらに上。


風脈の縫い目を踏み抜くたび、空気が薄く鳴る。

そこに二つの刃がぶつかり合い、火花が散った。



ヴァリウスの大剣は、ただ重いのではない。

巨躯と経験が生んだ、“押し通す”力。



振り下ろされる前から圧が先に届き、風が遅れて千切れる。



対するメキースの剣は軽い。

だがそれは、無駄を削ぎ落とした線が、刃の進路を一瞬で書き換えるもの。

受けるのではなく、逸らす。


折れる前に、世界の側をずらしてしまう。



――ガァァァンッ!!



一撃で、円環の縁が抉れた。

石の輪が砕け、浮島の破片が雨のように落ちていく。


落下するはずの岩塊は、風脈の流れに煽られ、逆巻いて宙へ舞い上がる。



「……まだ、喰らいつくか」


ヴァリウスは低く呟き、背に渦巻く“感情の綴り”を引き寄せる。

数え切れない人の揺らぎが、束ねられ、循環し、彼の背へと流れ込む。



「来い、メキース!!」


「言われなくとも行くさ!」



空が狭くなるほどの速度で、剣と剣が幾重にも重なる。

ヴァリウスの横薙ぎが、空間そのものを削り取る。


メキースは身を沈め、刃の腹を滑らせ、致死の線を髪の先で躱す。

だがそれでも、腕の皮膚が裂け、血が空へと散った。


「く……ッ!」


返す刃を走らせる。

狙いは首でも胸でもない。



ヴァリウスの背――感情の流れが束ねられる“結び目”。



しかし大剣が間に割り込む。


「甘い!」


轟音。


聖壁の一部が裂けた。

裂け目から吹き上がる風は熱を帯び、統制された感情の奔流が、白い霧のように立ち昇る。



命のやり取り。

寸分違えば命を散らせる戦い。



だが彼らは。



ヒリつき、魂の高鳴るこの戦いに。



――どこか笑っていた。




【2】


戦いの最中、彼らは足場として円環へ“降り立つ”。


《ソリスタの聖壁》の外周を囲うように聳え立つ円環。

その輪は、戦場というより祭壇だった。


紋様が走り、光の糸が巡る。

大陸中から集まった感情が、ここで一旦形を変える。

穏やかに均され、尖りを削られ、また遠くへ戻される。



その循環の中心に、ヴァリウスがいる。



メキースは問う。

声は荒くも優しく、目は澄んでいる。


「……改めて聞くが。

本当に、やめる気はないか」


「やめれば、再び裂ける」


ヴァリウスは短く答えた。

斬り結びながら、言葉を空に捨てるように。



「争い。憎悪。恐怖。

――そしてまた、誰かが焼ける。俺はもう見てられん」


その言い方は、まるで自分の火傷を数えているようだった。



メキースは一瞬だけ歯を噛む。


次の剣撃が、メキースの言葉の代わりに飛ぶ。

円弧を描く斬撃は美しい。


だが、その美しさの奥にあるのは、荒野の乾きだ。

繋がりを断つ残響は、ここでも効いている。



感情の流れが、ほんの僅かに薄くなる。

ヴァリウスの眉が寄った。


「お前は強い。

だがそれは……()()()()()()()()。今の俺には届かんな」


重く踏み込み、力で押す。

押し切らんとする。


大剣が下から跳ね上がり、メキースの剣を強烈に弾き飛ばしかけた。



(やはり――少しキツいか……!)


メキースは柄を握り直す。

掌が痺れ、骨が軋み、腕の奥が熱い。


呼吸が、ひと呼吸ぶん遅れ始めている。

それでも、目だけは諦めない。


斬撃が円環の外縁をまとめて削がし、浮島へ繋がる鉄橋が千切れかける。




メキースは喉の奥で笑った。乾いた笑いだ。



――今のヴァリウスは強い。強すぎる。



“感情の綴り”と一体化した彼は、もはや人の域を超えている。


膂力と技量だけではなく、世界の“重さ”そのものを背負っている。

削っても削っても、後ろから補われる。



このまま斬り合えば、先に摩耗するのは自分だ。

膝をつく未来が、手触りを持って近づく。


やがて剣先も鈍っていくだろう。

その瞬間を、ヴァリウスが見逃すはずがない。




そして自分が倒れれば――




メキースは、視線を一瞬だけ向けた。


可能性達へ。

そこに“まだ伸びる手”があるのを知っている。



「……やるべきことは、一つだ」




【3】


メキースは剣を引き、距離を取った。


それは逃げではなく、次の一手を置く為の静かな間だ。


大剣が追う。

だがメキースは、追わせるように動く。



ヴァリウスは、メキースの狙いに気づいている。

だが関係ない。押し潰すのみ。



メキースは残響をさらに乾かす。

〈孤荒〉が濃くなり、感情のざわめきが遠のく。


ヴァリウスの背の光が、さらに揺らいだ。

怒りが、祈りが、届ききらずに散る。



だが、それでも止まらない。



――ドンッ!!



大剣が振り下ろされ、円環がひときわ大きく鳴った。

衝撃で紋様が割れ、光の糸が千切れかける。


感情の流れが暴れ、統制の輪が軋む。

だが、散ってしまいそうな繋がりを、ヴァリウスという強力な楔が離さない。



メキースは、その乱れの中へ踏み込んだ。


刃を、斬るためではなく“縫い目をほどく”為に振るう。

狙いはヴァリウスではない。

彼と綴りを結びつけている、目に見えない接続。



――感情の流れが束ねられる結節点。



「……これ以上、君に背負わせない!」


メキースの声は、怒りではなく祈りに近い。


「君が折れれば、統制は崩れる。

君が保てば、世界は鈍る。

――そんな二択は、私が許さない……!!」



ヴァリウスの眼が、ほんの僅かに揺れた。


「綺麗事をッ!」


「綺麗事でいい! 綺麗事を、諦めてなるものか!!」



次の瞬間、メキースの剣が閃く。

乾いた光が、ヴァリウスの頬を掠めた。


度重なる剣戟。

僅かだが、ようやく届いた一閃。



束ねられていた感情の流れが乱れる。

ヴァリウスの背負う光が、一瞬だけ薄くなった。




それでも二人は止まらない。



空が吠え、円環が悲鳴を上げる。

このままでは聖壁も、浮島も、耐えきれない。



メキースは呼吸を整え、剣先をわずかに下げた。


さらに深く。

届かせる為には、己の全てを燃やす覚悟が必要だ。



彼は理解していた。

おそらく、ヴァリウスも。



決着は、剣の勝敗ではない。




この戦いの終点は――。




自分は何者として在るのか。

どちらが強く、深く、“己の存在を世界へ刻み込めるか”。

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