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残響詩篇  作者: 宗一郎
第一章:共風と共に去りぬ
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一章 第31話:蒼空はまだ、裂け足りていない

【1】


《ソリスタの聖壁》。


空へと突き立つ巨大な石壁の頂。

浮島を繋ぐ橋が幾重にも絡む、アークティアの最頂部。



風が吠えていた。



ただ吹くだけではない、意思をもった風。

その風に溶けるように、数え切れない“感情”が渦巻いている。


怒り。悲しみ。祈り。羨望。

あらゆる感情が空へ昇り、ヴァリウスの背へと吸い込まれていた。


その巨躯は焦げた傷痕を抱え、

背に流れ込む “感情の綴り” が、まるで巨大な翼でも現すように広がっている。




「あれ……人か……?」


目の前に在る、人を超えた存在を見て、カズヤが思わず息を呑んだ。

アインすら、目を細めるしかない。



メキースが静かに呟く。


「もはや――

アークティア全土の感情が、彼に武器として収束している、か」


風が怒号のように鳴り、浮島の岩盤が震える。



「正直に言おう。

今のヴァリウスに“ただ勝つ”のは、

この大陸全土の人間が、束になって挑んでも怪しい」



「…………」


ヴァリウスは、彼らを見ていた。


その眼には迷いがなかった。

信念の果て、なおも握り続けた使命――それが鋼のように、彼を形作る。



メキースは深く、深く息を整え、前へ出た。



「ここから先は――私だけがやろう」



「はっ?」

「なッ!待て!!」


カズヤが狼狽え、アインが声を荒げる。


「無茶だ!

あんな化け物、まともな相手じゃ――!!」



「無茶なのは承知しているさ」


それでもメキースは、笑った。



「私には私の、君達には君達の、できることを果たそうじゃないか。

“君達ではまだ届かない場所”に、私は手が届く」



そう言って、カズヤとアインの視線を背にして。


彼はかつての戦友と相対した。




【2】



アークティア筆聖、ヴァリウス・オルドレイク。


背に無数の“感情の綴りの断片”を宿し、

片手に握るのは――常識を侮辱するほど巨大な大剣。


刃渡りは人の身長を越え、

刃の側面には焼け焦げた古傷が幾重にも刻まれている。


振るわれる前から、圧だけで空気が歪む。



対するは――

断章の詩《フラグメンツ》を率いる者、メキース・スタインベック。


彼の手にあったのは、大剣とは対照的な剣だった。

長すぎず短すぎない、扱いやすい理想的な長さ。


柄には砂と風を模した彫り込み、鍔は荒野の太陽のように円を描く意匠。


戦場で使う為だけの剣でありながら、

どこか祈りの気配を纏った、美しい武器。



「お前は……その剣をまだ使っていたか」


ヴァリウスが低く言う。


メキースは微笑んだ。


「当然だ。

あの頃、共に選んだ一本だからな」



戦友の記憶が、一瞬、風に微かに香る。

しかし今は、剣を交える時だった。



「今の君相手に、出し惜しみはできないだろうからね。

――最初から全力で行かせてもらう」


メキースは静かに精神を集中させる。



「荒れ果てた地平。命の影がない世界。

ただ己だけが、そこに在る。


孤荒ここうの残響〉をここに綴る――」




世界が、乾く。

風の湿り気が消え、共鳴のざわめきが急激に遠のいていく。


それは叫びが空へ溶ける世界。



“荒野”が――

メキースの剣に、聖壁の頂に、降りた。



ヴァリウスは目を細めた。


「やはり、その道を選んだか」


戦友の視線。

しかし今、その道は交わらない。




――ヴァリウスがまず動く。


聖壁の石が砕けるほどの踏み込み。

大剣が横薙ぎに振り抜かれ――



「ぬうんッッッッッ!!!」




世界が、斬れた。




風脈が断絶し、浮島の縁がまとめて削ぎ落とされる。

一撃だけで地形が変わる暴力。



続けざまに降り注ぐ剣撃を――

メキースの剣が、火花を散らして斜めに受け止めた。


美しい弧を描いて大剣の腹を滑らせ、力を殺す。


ただ力任せではない。

研ぎ澄まされた技術と経験の極み。



耳を裂く凄まじい音を立てながら、足が沈む。

空気が軋む。



しかし、止めた。



「健在だな、メキース!!!」


「君もな!今にも……持ってかれそうだ!

鈍っていないのが、嫌というほど分かるよッ!!」



剣を滑らせ圧を逃す。

そして軽く――しかし鋭いメキースの踏み込み。


剣が閃く。

切り裂くのではなく、繋ぎ止める線を探るような精密な斬撃。


ヴァリウスはそれを大剣で弾く。

ただ、その瞬間。



背にある“綴り”が、僅かに軋んだ。


(……応えが、薄い……?)


心が遅れる感覚。

共鳴が、一瞬だけ手を振り払われる違和感。



「そう。それが――〈孤荒〉だ」



メキースが剣を構え直す。

荒野が空へ広がり、感情の波が乾き、砂になる。



「ここでは――何もかもが、君から遠ざかってゆく」



ヴァリウスが歯を食いしばる。


「ならば力で引き寄せる!そしてお前を押し砕くのみだ!!」



巨軀が吠えた。

大剣が、立て続けに振るわれる。



一撃一撃が必殺。

その軌跡一つで、浮島が裂ける。


空が割れる。


風が爆ぜる。



斬撃が――空を削り取る。




ひとりの人間が、まるで世界を破壊する兵器と化していた。




【3】


外典。


メキースの〈孤荒の残響〉。


地平の果てに何も見えない。

荒野に投げ出された独りの男性の、終わりなき孤立の記憶。

歩けども、歩けども、乾くだけ。何もない。


ただ独りで生き延びることを強制される。

何も育たず、誰にも頼れない場所。



それは外界との繋がりや依存を剥ぎ取り、存在を“孤立”させる残響。


仲間との絆や連携。

多数の兵士を従えた将。

外部から何らかの力を借りて行使する者。


そういった繋がりを強制的に断ち、孤立を強制させる。



だが――。

メキースにもまた、違和感が宿る。


(ヴァリウスは今、“綴り”と共鳴して力を得ている状態だ。

私の残響によって、()()()()()()()()()()()()()はず。しかしこれは……)


ヴァリウスの振るう剣はなおも世界を壊す。



それほどまでに、人の域を超えた力の差がそこにはあった。



破壊的なヴァリウスの剣撃。

その間を縫うようにメキースの剣が舞う。


無駄がない。

ただ生き残る為だけに磨かれた剣ではない。


奪われない為に戦う男の剣。




互いに()()()()()風脈を踏んで、空中へ飛び出した。

浮島の残骸を足場にする。




それでもまだ高く――さらに高く。




空が狭くなるほどの高度で、剣と剣が火花を散らす。



その光景を、カズヤとアインはただ見上げるしかなかった。


異次元の戦い。

遥かなる高み。


「なんだよ、これ……」


「俺らがやれることなんて、あんのか……?」


彼らはただ、剣撃の瞬きを眺め、武器を握りしめることしかできなかった。




大剣が大気を裂くたびに、感情の綴りが吠える。

悲鳴と祈りの残滓がヴァリウスを押し上げる――


しかし、荒野はそれを拒む。

支えようとする想いが、届かない空へと散っていく。



(……これがお前の――答えか)



ヴァリウスは理解する。これはただの力比べではない。



これは――依存の否定。

共鳴への挑戦。



再び、大剣と剣が噛み合う。


蒼空の中央で、火花が散る。


 

「覚えているか、メキース!!」


ヴァリウスが吠える。


「俺達がまだ、戦場で剣を振るっていた頃……、

“どんな形でも、人は繋がっていたい”と――そう言っていただろう!

お前の極めた残響は、その逆ではないか!!」



メキースは目を伏せ――そして笑った。


「ああ。覚えてるとも!!」



剣先がわずかにヴァリウスの中心へと向く。

荒野が、さらに濃くなる。


「だからこそ、私は問い続けたんだ。

“繋がらなければ立てない世界”は、本当に人を強くするのか――と!」


メキースの声が、次第に熱を帯びていく。


「今の君はその極みだ!

()()()()()()()()の体現だ!

だが――君の風は、間違った方向へ吹いている!」


意思を、叫ぶ。


「孤独を知っているからこそ、私はそれを否定する!

誰か一人にすがるだけの“繋がり”なんて、歪んだ強さだ!



ありったけの想いを友へと叩きつける。


「今の君は、かつて私が理想だと信じた君とは――程遠い!!」



「……っ…!」



ヴァリウスの喉が揺れた。


戦友の言葉が、胸を刺した。


 


剣と大剣。

荒野と感情。

孤独と共鳴。



互いの世界観を武器にして戦っていた。

そして戦いはまだ、これからさらに高く昇る。




――蒼空はまだ、裂け足りていない。

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