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残響詩篇  作者: 宗一郎
第一章:共風と共に去りぬ
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一章 第18話:痛みを抱いて、手を伸ばす

【1】


夕日が沈みかけている草原。


エルダレンの集落では、

皆が()()()()に備えて、忙しなく動いていた。



集落の端、草原の入り口で、アマネは静かに立っている。

背中を押す役は、もう済んでいる。


あとは――ふたりの話だ。




ミレイは両手を胸の前でぎゅっと握りしめたまま、立ち尽くしていた。


何か縋るように、周囲の“風”を探ってしまう。

だが今は、感情を詠むわけにはいかない。伝染してしまう。


(……ダメ。詠んじゃいけない。

でも、どう思われているのか分からない……それがこんなに怖いなんて)


胸の奥が、ちくりと疼いた。


それでも、勇気を振り絞らなければならない。

今、自分の感情は、声にしなければ伝えられない。



そして。


「……カズヤさん」


呼びかけた声は、とても弱く。

それでも――逃げてはいなかった。



風艇の整備を手伝っていたカズヤが振り返る。


「ん?」


ミレイは、一呼吸置いてまっすぐに言った。


「あの……この前は、ごめんなさい!」


それはただ謝るだけの言葉じゃない。

逃げずに向き合いたいという意志と一緒に差し出されたものだった。



カズヤは少しだけ瞬きをして――口を緩める。


「気にすんなよ」


あまりに普通に返されたものだから、ミレイは逆に戸惑った顔になる。



カズヤは肩を軽くすくめ、笑って言った。


「怖いとか外典とか、言われ慣れてるしな」


優しく、軽口のように。


「それに、俺も謝らなきゃなんねえ。

――今も痛むか?」



ミレイの喉が詰まる。


一瞬、答えを迷ってしまった。

気を遣わせたくないとか、迷惑かけたくないとか、そういう言葉が頭に浮かぶ。


けれど、アマネの声が胸の奥に残っていた。



『“怖いまま”でいいから、もっと話してあげて。

優しく取り繕った言葉より、

その方が、きっとカズヤは嬉しいと思う』



ミレイは、静かに息を吸って――拳を、ぎゅっと握る。

そして、小さく頷いた。


「……やっぱり、痛いです」


言った瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる。

また傷つけてしまうんじゃないか、という怖さが走る。



でも――


カズヤは、少しも嫌な顔をしなかった。


「そっか」


ただ、それだけ。

責めることも、悲しむことも、拒絶もしない。


「ちゃんと言ってくれてありがとな」


「……え?」


ミレイが目を見開く。


「痛いのに“大丈夫”って言われる方がきついからさ。

痛くても、ちゃんと俺と話してくれようとしたんだろ。嬉しいよ」


言いながら、後頭部をぽりぽり掻く。



ミレイの胸に――温かくて、切なくて、

しかし決して苦しくはない何かが差し込んだ。


「ちゃんと、知りたいんです。

痛いままじゃなくて、痛みごと、理解したくって……」


それは泣き言ではなく、覚悟の言葉。


カズヤは少しだけ驚いたように目を丸くして、ニッと笑った。



「……ありがとな。

メキースさんの言ってた作戦。お前と一緒に頑張る必要あるからさ。

だから――よろしく頼むぜ」



ただ自然に伸ばされた手。


ミレイは応えるように、惹きつけられるように手を伸ばす。


そっと、手が触れ合う。

その時、痛みが確かに和らいだ。




少し離れた場所で見守っていたアマネは――

胸に手を当て、緊張を解いた。


安堵と、嬉しさ。ほんの少しの誇らしさ。



(良かった……)




【2】


少し離れた場所まで、ミレイの小さな背中が駆けていくのを、カズヤは最後まで見送っていた。



そこで――



「ありがとな。見守っててくれて」


カズヤは、視線を少し横へ向けて言った。



暗がりの先。

木陰に身を隠すように立っていた少女が、小さく肩を揺らす。


「……やっぱり、気づいてたんだ」


「堂々と心配してる顔だったぜ」


その言葉に、アマネはどこか嬉しそうに笑った。



ふたりの間に、温かい沈黙が降りる。


「……ミレイちゃんと、前に進めて良かったね」


カズヤは照れ隠しみたいに鼻を鳴らす。


「ああ。お前のおかげなんだろ」


「ちょっとだけ。背中押しただけだよ」


「そういうのが一番難しいんだよ」


アマネは、ほんの少しだけ目を伏せる。

それでも――その横顔は、満足そうだった。



しばらく、風だけがふたりの間を通り抜ける。



カズヤが、静かに口を開いた。


「なあ、アマネ」


「なに?」


言葉を選ぶように、視線を泳がせ――

それでも逃げずに、問いを投げる。


ミレイが勇気を出したのだから、自分もそうしたくなった。



「……昔、なんか……あったのか?」



鼓動がぴたりと止まるような感覚。

笑っていた表情が、一瞬だけ固まった。



カズヤは続ける。


「別にあれこれ知りてえとかじゃねえけどさ。

……なんつーかその……背負ってるんじゃねえか、って」



頭によぎるのは、あの塔で聞かされたあの言葉。


『無辜……無害……。

――何もしていない者など、この世にはいない』



焚き火の集落で接してきた多くの外典達。


皆、何かを抱え、重い記憶を背負い、逃れるようにあの場所に来た。

だから何も聞かず、無闇に掘り返すようなこともしなかった。



だが、アマネは違う。

抱えているとすれば、それは記憶以外の何か。


そこには手を伸ばしてやりたい、と思ってしまった。




アマネは胸を握りしめた。

言葉にできないものが詰まっていた。



そして――ふっと、笑った。

だがその笑顔は、ほんの少しだけ痛い。



「……カズヤってさ。時々ずるいよね」


「ん?」


アマネは空を見上げた。

夕陽が沈み切った、少し滲んだ色。


「“何してきたんだ?”とかじゃなくて、

“何かあったか?”って心配そうに聞くんだもん」


「うーん……?同じじゃねえの?」


「全然違うよ」


静かに首を振る。



アマネは少しだけ間を置いた。



「今は……、まだ言えない」



拒絶ではなく、とても慎重に選んだ答え。


彼は、黙って受け止めてくれるかもしれない。

でも今言ってしまうと、何かが壊れてしまう気がした。


彼とじゃなくて、私の方で。



「ちゃんと、自分の中で整理できたら。

ちゃんと、言葉として渡せる時が来たら……」


そこでようやく、カズヤを見る。


「その時は、ちゃんと話すね」



カズヤは、しばらく黙っていた。


追及しない。責めない。

自分も最初、残響のことを彼女に言えなかった。

明かしたくないものや触れられたくない部分は、誰にだってある。



ただ、ひとつだけ――


「んじゃ、その時まで待ってるぜ」


短く言って、優しく笑う。


「何言われても、お前から離れる気、無いからな」


それは、災厄を背負う者の優しさ。



アマネの目が、少しだけ潤んだ。

でも涙にはしない。


ただ――強く瞬きをして、小さく微笑んだ。



「……うん!」



まだ触れられない痛みは残っている。


それでも、確かに――

過去を明かさずとも、絆は少しだけ強くなった。



そしてふたりは並んで歩き出す。

同じ方向を見て、同じ草原を駆け抜ける為に。

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