一章 第10話:嵐の宣告
【1】
宴の翌朝――。
草原の冷たい朝風が、集落に吹き込んだ。
朝食を取る前にと、
メキースと族長、そしてカズヤ達が集まり、
今後の方針について話し合おうとした、その時だった。
ヒュオォォォォ――……
空が裂けるような風切り音。
見張り台の方から声が飛ぶ。
「風艇だ!浮島の者が来る!」
「大風脈は閉じているだろう!なんで風艇を動かせるんだ!?」
見上げれば、黒い風艇が風の尾を引いて急降下してくる。
翼板には何かしらの部族の紋章。
操縦しているのは――
風艇が地面を撫でるように着地する。
長い黒髪を結んだ男が、無駄のない動作で降りてきた。
目には、一片の揺らぎもない。
「族長様。突然の訪問、失礼します。
突然の訪問となり申し訳ありません」
エルダレンの族長は、穏やかな顔で迎える。
「ゲイル……!以前あったのは、四ヶ月前の部族会議か。
変わらず、壮健そうでなにより。
浮島の方は無事なのか?」
「ありがとうございます。
しかし本日は……ご挨拶ではなく、伝令として参りました」
「伝令、とは…?」
空気が張り詰める。
ゲイルと呼ばれた男は淡々と、しかし絶対的な口調で告げた。
「アークティア筆聖、ヴァリウス・オルドレイク卿より伝令。
筆聖は今回の異常を受け、“共鳴風の制御”に踏み切る。
大陸全土の感情を、ひとつの風の下に束ねる、と――」
理解を拒む宣言。
声を聞いたエルダレンの民達が一斉にざわめいた。
族長が一歩前へ出る。
「待ってくれ。
それはつまり……風を、
筆聖ひとりの意志で縛るということか!」
ゲイルの表情は動かない。
「自由は、争いを生んだ。
風は多くに分かれ、心は乱れすぎた。
破滅を避けるため、統制が必要だと判断された」
「なっ……!
で、では浮島は。《ファルティア》はどうする!」
「《ファルティア》は筆聖に全面協力します。
俺は族長代理として、
浮島にいる部族全体で、統制の準備を進めているところです」
メキースはその話を、厳しい表情でじっと聞いていた。
共鳴風は、感情を風に乗せて運ぶもの。
それを制御するということはつまり――
人々の喜びや、怒り、悲しみ。
全てが筆聖の制御下に置かれるということだ。
ノエラが叫ぶ。
「馬鹿な……!
そんなことができるわけないでしょ!!
人間ひとりが、全ての感情を管理するなんて……!」
ゲイルは静かに、しかし切り捨てるように言った。
「可能だ。筆聖なら、な。
風は――あまりにも自由すぎた」
それだけを告げると、ゲイルは黙って風艇へと戻り、
再び何らかの仕組みで、浮島へ向けて大きく飛び去った。
残されたのは、言葉を失った人々だけだった。
⸻
【2】
しばらく沈黙が続いたあと――
メキースが皆を見渡し、静かに口を開いた。
「ふむ……。
事態は、思っていたより深刻なようだな」
声は落ち着いているが、その奥には重いものが潜んでいた。
族長も険しさを増した表情だ。
「ゲイルも筆聖も、本気のようだ……。
風がひとつの意志に縛られるなど、想像したくもないが。
もしそれが現実になれば、何が起きるのか……誰にも分からん」
ミレイが小さく冷や汗を流す。
「最近、“大風脈”も閉じられたんです……。
浮島へ渡るための道です。
だから誰も浮島に行けなくなってしまって……。
きっとこれも、その準備……ですよね」
カムイが目を見開いた。
「閉じるって……物理的にっすか?」
「はい。
なんでゲイルさんが、行き来できたかは分からないけど……」
ノエラも腕を組む。
「用意周到ね。
地上を切り離して、反対勢力が手出しできないようにした……」
カムイが手を挙げる。
「うーん。共鳴風の異常……本格的に調べたいっすね。
原因が掴めれば、浮島へ渡る方法だって――
きっと見えてくるはずっす」
メキースが静かに頷く。
「……そうだな。
なら、二手に分かれよう」
視線が集まる。
「ひとつは、共鳴風の異常調査。
それを元に、浮島へ渡る手段も探る。
もうひとつは――エルダレンを中心に草原の部族をまとめ直す。
できれば渓谷にも話を通して、彼らの協力を仰ごう」
こうして一行は、
大陸を救う為の“最初の分岐”へと踏み出すことになった。
⸻
【3】
筆聖と手を組んだ浮島の部族《ファルティア》。
その使者であるゲイルが去ったあと――
エルダレンの集落には、落ち着かない風が渡っていた。
中央の広場。
茶布の天幕の下に円卓が作られ、戦士達と風詠み達が集う。
その中心に、族長とメキースが静かに立っていた。
「……では、改めて、これからの方針を整理しよう」
静かな声が、自然と場の視線を集める。
族長が頷き、続けた。
「先ほど話した通りだ。
我々は“調査”と“交渉”、二つの道を同時に進めねばならん」
メキースが顔を上げ、皆を見渡す。
「“調査班”は――アイン、カムイ。
そしてアマネくん、君にお願いする」
アインが頷き、カムイが勢いよく手を挙げる。
アマネも「はい!」と返事をする。
そして――
「渓谷へ向かう“交渉班”は、ノエラ。
君が適任だ。カズヤくんも、手を貸してくれ」
「了解したわ」
ノエラが微笑み、横でカズヤも力強く応えた。
メキースはふっと息を整え、柔らかく言葉を締めくくる。
「私は族長と共に、近辺の小部族を巡る。
浮島へ渡る手段も、彼らの知恵を借りてみよう」
そして続ける。
「全員が、欠けてはならない役目を持っている。
この大地の風を味方につけて、着実に進んでほしい」
その声音は、温かく、
それでいて決して揺るがぬものだった。
やがて人々は、準備のため散っていく。
残った集会所の端で、
アマネとカズヤは向かい合って立っていた。
「……別行動、だね」
アマネが少し笑う。
だがその笑顔は、ほんの少しだけ名残惜しさを感じるものだった。
「なーんか変な感じだな。
ここまで、一緒に動いてばっかだったからな」
「そうだね。私も変な感じ」
お互い肩をすくめる。
アマネが軽く片手を差し出した。
「――じゃあ、行ってくるね。
お互い、ちゃんと帰ってこよ」
「ああ!無事でな!」
カズヤは迷いなく手を合わせる。
ぱん、と乾いた音。
それは別れの音ではなかった。
“まだ一緒に進むための約束”の音だった。
ふたりは背を向ける。
同じ未来を見据えながら、初めて別々の道へ踏み出す背中。
草原の風が、その背を静かに押した。




