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残響詩篇  作者: 宗一郎
第一章:共風と共に去りぬ
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一章 第11話:交渉は風に試される

【1】


昼前。


準備を整えた“交渉班”のカズヤとノエラは、

風艇の前に集合した。



ノエラが腕を組みつつ、カズヤへ注意する。


「言っとくけど暴力禁止よ。

アナタ、落ち着いてるように見えて突っ走るとこあるでしょう。

今回のはあくまで少数での“交渉”。

やるのは、どうしようもなくなった時だけよ」


「突っ走らねえって。俺いつも――」


「ちゃんと、返事」


「……うい」


カズヤがしょぼくれる。



そこに、老人がひとりやってきた。

港からエルダレンの集落まで案内をしてくれた、コンラドだ。


「話は聞きましたぞ。渓谷に向かわれるとか」


「コンラドさん!昨日はありがとう。

――そうね。渓谷側との協力は必須でしょうし、大事な役割ね」


「うむ。

渓谷の民は誇り高く……同時に、風に敏感じゃ。

言葉以上に、“心”で話す必要がある」


「心で、ねぇ……」


ノエラがため息を吐く。



老人がふっと表情を和らげた。


「若造――カズヤじゃったかな。

お前には、その素質があると思っておるぞ」


「……俺?」


「風がお前に寄っておる。

会った時からずっと、な」


「あ、ああ……。そっか」



ミレイに怖がられたことが少し心に引っ掛かったからか、その言葉を素直には受け取れなかった。



その様子に何か察するものがあったのか、コンラド老人は語り始める。


「アークティアで生きる民はな、正典や外典をあまり気にしておらん。

全部とは言わんが……外典だからといって、部族を追放されることはない」


カズヤが意外そうな顔をする。


「え……そうなのか?」


「正典は、風を調和へと向かわせる“祝福”。

外典は、風を変革へと向かわせる“刃”。

どちらも部族として、人として、この地で生きていく為には必要な力なのじゃ」


ノエラが横で感心する。


「どっちが良い悪いじゃなくて、役割の違いってこと?」


老人は静かに頷き、草原の方角へ一度目を向けて言う。


「わしは正典じゃが、

お前さん達を、恐ろしい人間だとは思わん。

ただ、風の流れを“変える側”なのだろうと感じておる」


「変える……側……」


カズヤはその言葉を、胸に落とし込むように反芻する。



ノエラは少し冗談混じりに聞く。


「ちなみに、コンラドさんはどんな記憶を持ってるの?」


「わしか?わしのはかわいい羊じゃよ。

いつどこで生きてた羊かも分からんが、毛がふわふわっとしてての〜。

目を閉じればそこにおる、一生の相棒じゃな」



コンラド老人が大きく手を振って見送る。


「さあ、行け。

無事に帰ってくることを、風に祈っておるぞ」



ふたりを乗せた風艇は、

渓谷の部族《カレッシャ》の住む黒い稜線へ向けて、飛び立った。




【2】


エルダレンの集落から出発し、野宿を挟み翌日。


風艇ではるかに進むと、

遠目に点で見えていた渓谷が、大きく聳え立つ雄大な自然として輪郭を伴ってきた。



草原が、次第にその姿を変えていく。


風に揺れる金の海は次第に途切れ、地面はひび割れた岩肌へと移り変わる。

切り立った崖が連なり、深い谷が大地を裂くように走っていた。



ノエラが低く呟く。


「ここからが、カレッシャの領域ね」


遠く、谷の向こう側。

岩壁を削るように築かれた集落が見えていた。


石と金属を組み合わせた住居が段々状に連なり、

風を逃がすための裂け目のような構造が、至る所に刻まれている。



草原の柔らかさとは正反対の、“風とせめぎ合う土地”。



それが、渓谷の部族――《カレッシャ》。



ノエラは黙って、その集落を見据えていた。


交渉で済ませたい。


だが――先日の襲撃。

彼らが抱えていた怒りは、それを許すだろうか。


その答えが出るよりも早く。


風が変わった。




【3】


遠く、切り立った岩壁の上。


ひとりの女性の影が、じっと風艇を見下ろしていた。



長く束ねた髪。

しなやかな身に、渓谷の戦士の装束。

だがその目は、族の戦士よりも静かで、鋭く、深い。



「風を荒らす者の臭い……」



そう呟くや否や、

風艇に乗って岩壁から大きく飛び立った。




風脈が乱れ、大きく風艇が揺れる。


異変を察知したノエラが空を見上げると。



ビュォォォ!!



上空から、一隻の風艇が降下してきた。

鋭く、迷いのない軌道。



次の瞬間、女性が大地に降り立った。


戦士の風体。

手にした武器は、湾曲した双刃槍。



ふたりが乗る風艇に掲げられたエルダレンの旗を、射るように睨みつける。


「お前達……その旗、エルダレンだな。

また、風を乱す気か」


よく通る声。

そこには、一切の余地を与えない敵意を滲ませている。



ノエラが一歩、前に出た。


「待って。

アタシ達はエルダレンの代理として、交渉にきたの」


「交渉?」


女戦士は、その言葉を噛み砕くように反芻した。



そして、わずかに――本当にわずかに、口元を歪める。


「……笑わせる。

エルダレンが、何を話すという」


双刃槍を肩に担ぎ、ゆっくりと歩み寄ってくる。

その一歩ごとに、周囲の風がざわりと音を立てた。



ノエラは動じず、静かに言葉を重ねる。


「筆聖が“感情を統制する”と宣言したの。

浮島はすでに動いてる。

このままじゃ、草原も渓谷も――自由な風は失われる」



女戦士の足が、止まった。


だが、その目に浮かんだのは動揺ではない。

むしろ、長く抑え込んでいた怒りが、形を得たような色だった。



「……だからどうした」



吐き捨てるような声。


「我らカレッシャは、多くを失った。

感情が繋がりすぎた結果が、あの惨状だ」


「……惨状?」


ノエラとカズヤは思い出す。

老人の言っていた、“ある事件”のこと。



『……今回と似ておる。

共鳴風が暴走して、大きな争いが起きた。

特に被害を受けたのが、渓谷の民達でな……』



カズヤの胸に、嫌な痛みが走る。

“災厄の残響”が、遠い記憶を掘り起こそうとする。



ノエラは、ゆっくりと息を吐いた。


「……支配を受け入れるの?

風を、心を、誰かひとりに預けるのが正解?」



女戦士の瞳が、鋭く光った。


「受け入れる気などない。

どう動くかは私達の問題だ。

だがどうあっても――エルダレンは信用できない」




【4】


その瞬間だった。



風が、意図的にうねった。


谷底から吹き上げる冷たい夜風。

岩壁に反響する怒号。


集落の方角から、戦士達の気配が一斉に立ち上がる。



感情が、伝染している。


敵意。

猜疑。

怒り。


それらが共鳴風に乗り、渓谷全体を包み込み始めていた。



ノエラが歯噛みする。


(……まずい。

この女、わざと風を詠んだ)



女戦士は双刃槍を構え、静かに告げた。


「交渉など必要ない。

エルダレンの使者は、ここで引き返せ。

さもなくば――」


槍先が、ノエラを正確に捉える。


「力で示せ。

お前達が、あの日の風とは違うということを」


崖の上。

岩陰。

次々と、カレッシャの戦士達が武器を構える。



完全な包囲。


カズヤが一歩前に出ようとした、その時。

ノエラが、片手を上げて制した。


「……いいわ」


彼女は、ゆっくりと前に出る。

その背中には、迷いよりも覚悟があった。


「話して分からないなら仕方ない、か。

まずは落ち着かせるしかないわね」



カズヤを、ちらりと振り返る。


「カズヤくん。

あの子はアタシが止める。

アナタは――フォローをお願い」


カズヤは周囲の敵衆から視線を逸らさず、黙って頷いた。




ノエラは武器を構え、荒れかけた風の中へと一歩踏み出す。

手にするは、エーテル紋が細かく刻まれた短剣。



「話はここまでよ。

あとは――戦いで、話をつける」



共鳴風が、激しく鳴り始めた。


渓谷の谷間。

ふたつの意志が、真正面からぶつかろうとしていた。



交渉の場は、戦場へと姿を変える。

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