一章 第8話:草原に立つ、断章を紡ぐ者
【1】
風艇の旅は、翌日も続いた。
草原を渡る風は時に優しく、時に荒々しく。
アークティアという大地そのものが、
ただの地形ではなく、生きた呼吸をしているのだと告げていた。
やがて――夕刻。
地平の向こうに、いくつもの白い点が見えてくる。
羊だ。
コンラド老人が声を弾ませる。
「見えてきたぞい!
エルダレンの集落じゃ!」
アマネが前のめりになるように目を輝かせた。
「……凄い……綺麗……!」
その光景に、カズヤも思わず息を呑んだ。
「すげぇ……」
夕陽の金が草原を染め、その中央に――
風の流れに沿うように円弧を描いて並ぶのは、
白布と木骨で組まれた住居群。
白布には風紋が細かく描かれ、
その曲線が風に揺らぐたび、光がきらめき返ってくる。
まるで草原そのものが巨大な文様を刻み、
その上に人々が生きているかのようだった。
干された食物。
カラカラと音がなる建物の装飾。
布をはためかせて走り回る子供達。
風車型の飾りを髪に挿した女性。
風を読み、風を尊び、風に生きる民の姿。
カムイは興奮しきりで身を乗り出した。
「うわーー!あの風紋、絶対どっか仕掛けあるっすよね?
風脈にも関係あるんすかね!?
くぅ〜、解析したい……!」
アインとノエラも小さく笑む。
「へえ……良いとこじゃねえか」
「文化そのものが風と共にある。
……そんな感じの土地ね」
⸻
【2】
風艇を降りると、入口に立つ男が大きく両腕を広げた。
「よく来てくれた、旅人達。
《エルダレン》は君達を歓迎する」
深い焦げ茶の衣装に、胸元には風紋の飾り。
鋭い目に宿るのは、戦士ではなく賢者としての光。
ミレイが恭しく頭を下げる。
「お父様。ただいま戻りました」
「ミレイ……よく帰った」
ミレイの父――エルダレン族長の視線は柔らかく、
家族の帰りを心から喜んでいるようだった。
そんな穏やかな空気の中――
風を裂くようにひとつの影が現れる。
歩みは静か。
だが、周囲のエルダレンの民が自然と道を開けた。
ノエラの表情が引き締まる。
「……メキース……!」
そこに立つのは、
断章の詩を率いる者――
メキース・スタインベック、その人。
⸻
【3】
フラグメンツのリーダー、メキース。
柔らかい銀灰色の髪は肩口で波打ち、
眼鏡の奥の瞳は、
優しさと深い洞察を併せ持つ――読み切れない光。
黒衣の羽織には、自由を象徴する翼の紋様。
歳は五十ほどに見えるが、
どこか青年のような雰囲気も併せ持ち、“累々たる経験”を思わせる重みが漂っていた。
吹く風が、彼の歩みに合わせて揺らいだ。
「遠路、ご苦労だったね」
その声は驚くほど柔らかい。
けれど深く響き、胸の奥に直接届くような重みがあった。
纏う雰囲気を感じるだけで、カズヤは思わず身体を固くした。
アインやセイルから感じた物とは全く次元の異なる、
筆聖と同じような、圧倒的な実力者から感じる物。
アマネの胸にも、説明のつかない熱が灯る。
ノエラが一歩進む。
「久しぶりね、メキース。
直接会うのは三ヶ月ぶりかしら」
「ノエラ……!
君が消えたと聞いた時は肝が冷えたが、よく無事に戻ってきたな。
こうしてまた会うことができて、なによりだ」
メキースはアインとカムイも順に見つめ、ゆったりと言葉を続けた。
「アイン、カムイも。
リムランドの一件、大変だったろう。よく乗り越えた」
「ま、あれくらい余裕ってことよ!」「ま、うちらなら余裕っすね!」
似たようなことをほぼ同時に言ってしまい、苦い顔をするふたり。
ははっ、とメキースは笑い。
そして、カズヤとアマネの前に立つ。
「君達も……色々と事情は聞いている。
私はメキース。
フラグメンツを率いている者だ。
――厳しい運命の中、ここまでよく頑張ったね」
カズヤは珍しく緊張気味のようだ。
「カズヤだ。その……よろしく」
「ダンから君のことは聞いているよ。
彼とは古い友人でね。機会があれば詳しく話そう」
アマネも小さく名乗る。
「アマネ・チャペックです。よろしくお願いします」
「君が……そうか。
強い目をしているな。
辛く理不尽な境遇だが、心は決して折れていない。
できる限り、君に協力しようと思っているよ」
メキースの目は優しかった。
だが底の方には、燃えるような熱も見えた。
⸻
【4】
全体を見渡し、メキースの表情が引き締まる。
「……さて。本題だ」
その一言で空気が変わる。
草原を渡る風すら、静まり返るようだった。
「既に、ある程度聞いているだろう。
アークティアでは今、共鳴風がかつてない乱れを見せている。
“感情の伝染”が起こり、部族同士の衝突が増加している。
このままでは――大規模な争いになる」
族長は黙して、重く頷いた。
メキースが続ける。
「風の異常は、自然では説明がつかない。
意図的か、あるいは……世界の深層の変動によるものだ」
アマネがそっと腕を押さえる。
心の奥で疼く感覚を、
カズヤとカムイが支えるように寄り添う。
メキースは一人ひとりの目を確かめるように見つめた。
「だからこそ、力を借りたい。
共鳴風の原因を突き止め、部族同士の争いを止める為に」
そして、柔らかな決意をもって言葉を結ぶ。
「……君達と共に、この大陸を救おうと思う」
吹き抜けた風が、メキースの銀灰色の髪を揺らした。
草原の果てから吹いてきたような風だった。
それはメキースの〈残響〉も纏ったかのような、“始まりの匂い”を纏って。




