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残響詩篇  作者: 宗一郎
第一章:共風と共に去りぬ
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一章 第7話:痛みを抱える風の声

【1】


――陽が落ち、草原は急速に冷え始めた。



風避けとして円形に組まれた簡易テント。

厚い布を支柱に掛け、内部は最低限の寝具だけを並べた。


草の匂いと、風の低い唸りだけが夜気に満ちていた。



外ではカズヤが見張りを担当した。


焚き火の明かりが彼の横顔を赤く照らし、

風に乗ってエーテルの粒がきらめいた。



(ふう…遠くに来たもんだな……)


海を越え、未知の大陸へ。

ミレイやコンラド老人との出会い。

風艇での移動、部族との小競り合い。

アークティア全体に広がる“共鳴風の異常”。


考えれば考えるほど胸のどこかがざわめく。



その時、背後から小さな気配。


「……カズヤ、さん」


ミレイだった。

少女は夜風にさらされながら、迷うように立っている。


「ん、大丈夫か?眠れないのか?」


ミレイは、小さく首を横に振った。

そして――



「あの、その……。

カズヤさんを見ると、頭が…胸が……“痛い”んです」



思わぬ一言。


背筋が急激に冷たくなるのを感じ、カズヤは言葉を失った。



ミレイは草の上に膝をつき、ぎゅっと胸元を押さえる。


「私……生まれつき〈残響〉のせいで……、

誰かが怒っていたり悲しんでいたりすると、“痛み”を感じてしまって。

だから集落でも…うまく暮らせなくて……」


少し笑おうとして、うまく笑えない顔。


「カズヤさんは、気にかけてくれる良い人です。

でも、カズヤさんから……ずっと“痛み”を感じる。

しかも他の人と全然違って、熱くて、大きくて、苦しくて……。

だから、ちゃんと話したいのに……怖い」



カズヤの背がさらに冷たくなる。



自分のせい?

自分の中の記憶である〈災厄の残響〉。


それが彼女に影響しているのかもしれない。


思考がうまく纏まらない。



「……悪い。

俺のせいで辛いなら、距離を――」



ミレイは慌てて首を振る。


「違います!

避けたくはないのにどうしても痛くて……。

どうすればいいか分からなくなっちゃって……」



その言葉は、

むしろカズヤ自身に大きく突き刺さった。


「ああ……ごめんな。

俺も、どうやってミレイと接すりゃいいか、考えるよ……」


そんな、気の利かない言葉しか出てこなかった。



自分がいるだけで、この子を苦しめてしまう。


“外典”であることを強く自覚してしまった夜。



――遠くで、浮島の風切り音が響く。


夜は深く、静かに進んでいった。




【2】


女性陣の簡易テントの中では、各々寝る準備を進めていた。


草原の夜は驚くほど冷える。

小さなエーテル灯が、ゆらゆらと布壁に影を揺らしている。



ミレイがそっと外へ出ていく背を、カムイが心配そうに見送った。


「ミレイちゃん、どうしたんすかね?」


ノエラは寝具を整えながら、淡々と答える。


「あの子、カズヤくんにだけ様子がおかしかったからね。話させてあげましょ」


言いながらも、ノエラの表情はどこか険しくなる。


アマネとカムイは、その変化に気づき、自然と姿勢を正した。



「それより——“共鳴風”の異常の話。

アナタ達ももう……何となく気づいてるでしょ?」


明かりが揺れ、静寂が落ちる。



アマネもカムイも、

考えたくなかった“線”に、否応なく思考が引き寄せられる。


共鳴風というアークティア特有の文化そのものが乱れ、感情が暴走。

部族同士の衝突まで起きている——。


頭をよぎるのは、リムランドで起きていた“存在消失現象”。



カムイは唇を噛んだ。


「……“綴り”の異常、なんすかね……」


アマネはうつむいたまま何も言えなかった。

胸の奥で、別の痛みが静かに広がる。



(また……私のせいで?

今度はアークティアまで……?)



その沈黙を破ったのはノエラ。


「カムイ。アナタの装置、使えそうなのはないの?」


「うーーん、無理っすね。

《観測ちゃん3号》は“存在の綴り”用にチューニングしたやつなんで。

アークティアのを調べるには、ほぼ一からやり直しっす」


「そう……骨が折れるわね。

そのあたりも、メキースと合流してから相談しましょ」


「うす!了解っす!」



カムイの明るい返事とは裏腹に、アマネの表情は沈んだままだった。


その様子を見て、ノエラもカムイもそっと近寄り、アマネの肩を優しく抱く。


「……大丈夫よ、アマネちゃん。

アタシ達がいるわ」


「そうっすそうっす!

また、うちがなんとかしてやりますって!」


その声には、根拠のない慰めではなく、

“全員で何度でも立ち向かう”と信じる強さがあった。



アマネはほんの少しだけ顔を上げ、わずかに笑顔を返した。




【3】


そこはアークティア浮島群の中心。


筆聖の拠点にして、風詠み達の聖域である《ソリスタの聖壁》――


空中にそびえる巨大円環の神殿は、吹き抜ける風ごとに淡い光を帯び、

大陸中の“感情の流れ”を映し出していた。



その一角、壁のない儀式場。

筆聖ヴァリウス・オルドレイクの姿があった。



漆黒の外套。

戦火の痕が刻まれた顔。


巨躯の男は、風を睨みつけるように立ち尽くし、

その背だけで祠堂の空気を引き締めていた。



向かいに立つのは、浮島の部族《ファルティア》族長の老人。

羽根装束をまとい、風そのもののように静かに息づく人物だった。


族長の側には、結んだ長い黒髪を靡かせ、若い男が立っている。

鋭い目つきの奥に、柔らかな緊張が宿っていた。



「……結論から申し上げます。

筆聖オルドレイク卿。

《ファルティア》は、あなたに全面協力いたします」


ヴァリウスはわずかに目を細めた。


「感謝する。

風が乱れれば、この空は崩れる。

アークティアを守るためには、迅速な対処が必要だ」


「今や三つの部族全てが、“感情の伝染”に苦しんでいます。

草原の《エルダレン》も、渓谷の《カレッシャ》も。

我ら《ファルティア》も例外ではありません。


放置すれば――必ず滅びが待っているでしょう」



ヴァリウスは祠堂の外へ視線を向ける。


その目は、夜空に浮かぶ無数の浮島の灯りを貫き、

さらに地上の草原と渓谷の影までも捉えているかのようだった。


「……ならば、この手で抑えるまでだ。

風が破滅を呼ぶ前に、我らが風を正す」



老人は一礼し、横に立つ若い男を前へ押し出す。


「族長代理として、私の代わりに動くのはこちらのゲイルです。

あなたのお側で働かせてください。

筆聖の御心のままに」



ゲイルと呼ばれた男は、

静かに頭を下げ、丁寧な口調で報告した。


「ファルティア主導で、浮島の小部族との連携。

草原・渓谷への警戒と、“大風脈”を封鎖。

すでに準備は整いつつあります」



ヴァリウスの外套が、夜風に大きく揺れた。



「よかろう。

風が乱れきる前に、綴りを掌握する儀式を行う。

これが筆聖として――風詠みを代表する者としての務めだ」



アークティア全土を巻き込む“風の争乱”。


それは今まさに、静かな音を立てて幕を開けようとしていた。

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