一章 第1話:新たな旅路へ
【1】
朝日が昇りはじめ、
フォーンシティ東の街道に金色の光が差しこんだ。
長い夜だった。
昨日の死闘の名残りは、まだ身体のあちこちに疼きとして残っている。
「はぁ……。全身痛え…」
肩をぐるぐる回しながら、カズヤが呻いた。
「私も……っ」
アマネも脇腹を押さえて、小さく泣き声を漏らす。
後ろからは、カムイがひょいと荷袋を担ぎ直す。
「昨日はとんでもなかったっすもんね……。
うちもさすがに眠くて……」
アインはというと、
疲労など存在しないかのように堂々と背伸びする。
「気合い入れろよーお前ら。
人間、底が見えてからが本番なんだぜ」
ノエラは呆れ顔でため息をついた。
「……アナタこれだけ火傷しておいてよく言うわね。
ほんとに人間?」
細やかに、わいわいと賑やかな夜明けだった。
向かう先はリムランド沿岸の小さな漁村――ミング。
ノエラが歩きながら地図を広げる。
「アークティアには、ミング村から船で渡るの。
手伝ってくれる人がいるからね。
ここから半日──あとちょっとよ、みんな」
「半日をちょっとって言うかね……」
カズヤがぼやくと、アマネが小さく笑った。
「ついこの間は、ふたりだったけど。
みんなで歩くのって、なんだか不思議だね」
五人は、薄靄に包まれた道を歩き出す。
⸻
【2】
――そこはアークティア大陸。
草原の上、群青の空に浮かぶ島々。
その一つに、《ファルティア》と呼ばれる部族の集落があった。
一人の若い女性が、
蒼い風紋が刻まれた祠の前に膝をつき、両手を風へ差し出していた。
「……風よ。どうか教えて。
風に宿る“心の流れ”を……」
白い羽根のような粒子が、風に乗って指先へ集まる。
アークティア独自の文化――《共鳴風》。
それは人の想いを運ぶ風。
だが――
集落の中心で、ひとりの赤子が泣き出した。
最初は小さな小さな泣き声。
風がそれを拾った瞬間、空気が変わった。
「……え?」
女性の全身に冷気が走る。
風紋が震え、祠の灯りが一気に揺らいだ。
「ひっ……ひぐ……!」
「胸が……苦しい……!」
「なんで……。涙が……止まらない……!」
大人も、子供も、老人も。
次々と泣き叫び、地に伏せ、
胸を押さえて嗚咽する。
女性も涙が溢れ出し、震える声で祠を見上げた。
「なに!?何が…っ…起きてるの……!?」
空に浮かぶ島の一つ。
それが、不気味な唸りを上げながら震えていた。
⸻
【3】
日が暮れる頃。
ようやく一行はミング村へとたどり着いた。
「……着いた、ね……」
アマネが力なく笑う。
ノエラ以外の全員が、ぐったりした顔で村へ入る。
平気な顔をしていたアインも、結局火傷の痛みで大変な目にあっていた。
村人の女性が気づき、嬉しそうな顔でノエラへ声をかける。
「あら、ノエラさーん!お久しぶりです!
どうしたんですか?」
「ふふ。お久しぶりです。
ラオさんに用があるのだけれど、いるかしら?」
「ええ、ちょうど向こうに──あっ」
その時、大きく呼ぶ声が聞こえてきた。
「おおーい!!!!!」
日焼けした無精髭の男が、ぶんぶんぶんと手を振っていた。
「メキースさんから聞いてるぜー!!
アークティアに行くんだろ!?」
豪快に笑いながら、
ラオは船のロープを解いて甲板を叩いた。
「あんたらには何っ度も助けられてんだ。
乗りなぁ!海が穏やかなうちに出港だ!」
ノエラが頷き、皆に目配せする。
カズヤがノエラに問う。
「メキースさんって…誰だ?」
「リーダーよ。断章の詩の、ね」
一行は荷を抱え、順に桟橋へと向かった。
アインは包帯の上から腕を押さえつつも泣き言は言わず、
アマネはカムイと共に慎重に足を運ぶ。
板張りの桟橋が、人数分、低く軋んだ。
カズヤも、地面に置いた荷を肩に担ぐ。
踏み出しかけた足が、ほんの一瞬だけ止まった。
桟橋と船の間。
そのわずかな隙間を見下ろしたとき、
灰の塔でのセイルの声が蘇る。
『無辜……無害……。
――何もしていない者など、この世界にはいない』
『……詳しいことは、本人に聞くといい』
あの男が、適当な言葉を述べるとも思えない。
道中、何度かアマネに問おうとしたが、どうしても言葉にできなかった。
(……ま、どっかでやんわり聞いてみっか)
夕暮れの風が、静かに吹き抜ける。
一行は灰色の大地、リムランドから旅立つ。
目指すはアークティア。
草花の香りを風が運ぶ草原と、風に抗う渓谷。
そして、蒼い空に浮かぶ島々の地。
残響詩篇
第一章 〜 共風とともに去りぬ 〜 開幕




