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残響詩篇  作者: 宗一郎
序章:綴られぬ者達の夜明け
29/69

第24話:全ては灰へと還る

【1】


その沈黙は音ではなく、

世界の呼吸が止まるような静寂。




――そして“祈り”が始まった。



綴り層を覆うほどの巨大な光輪の周囲に、

ひとつ、またひとつと灰色の像が浮かび上がる。


十体。


すべてひざまずき、手を組み、顔も感情も持たず、

ただ「祈る」という概念だけで形作られた存在。

その胸元で、淡い灰光が心臓のように脈打っていた。



グレースの声が、綴り層の中心へとまっすぐ落ちてくる。



残響詩篇ざんきょうしへん――。

残響を“完全なる形”へと昇華させ、

宿す記憶そのものを世界へ書き起こす、綴りの奥義……」



空間が軋む。


グレースはアマネとカズヤを見据え、

まるで裁定を告げるように静かに宣告した。


「原初の十節が紡がれた時、

貴方達の存在は――灰へと還るでしょう」



祈り子像の一体が淡く輝いた。

祈りの詠唱が始まる。




――“一節:はじまりに、音は無かった。

光も、影も、意味も無かった。”――




低く、深く。

世界が生まれる直前の“虚無”が、綴り層へと落ちてきた。




【2】


祈りの声が響いた瞬間、綴り層の光がわずかに弱まった。


「アマネ、何か分かるか!?」


「分からない!どうすれば……」



ふたりは辺りを見回す。


一体だけ、詠唱開始と共に、両腕を天に掲げた像。

カズヤは勘でその像めがけて突っ込み、剣の一撃で砕いた。


破壊と共に、像は灰となり消え去った。



――直後。

別の場所で、同じ姿勢の像がふっと浮かぶ。


両腕を天に掲げた姿。

それは既に、祈りを完了させた証。



「無駄です。

壊したところで、祈りは捧げられたまま」


冷ややかなグレースの言葉が、カズヤとアマネの焦燥をさらに煽る。



そして二体目の像が、両腕を天に掲げ始めた。

第二の詠唱が刻まれる。




――“二節:ただ、白がひとつ。

風も届かぬ沈黙の中に置かれていた。”――




カズヤが息を呑む。

しかしアマネは、祈り子の胸元の“揺らぎ”を見逃さなかった。


「詠唱に合わせて、胸が光るみたい……。

詠唱が終わると、腕を上げて光も消えてる」


カズヤは今にも呑まれそうな意識をなんとか保ち、震える身体で頷く。


「っ…腕を上げる前に壊せば、なんとかなるってことか?」


「……試してみないと。

止められなくても――邪魔はできるかも」



三体目の像が光り始める。

ふたりの位置からは最も遠い。


アマネが駆け、急ぎワイヤーブレードを薙ぎ、金属糸を飛ばすが――




――“三節:最初の綴りが走った。それが“時”を描いた。”――




間に合わない。

糸が届く前に詠唱は完了し、祈りの腕は天を掲げてしまった。


それでも得たものはある。



「……だいたい十秒!詠唱が終わって、次が来るまで」


「十秒か!それまでに止めれば……!」


ふたりは集中して、次の像の“揺らぎ”を観察。



だが――筆聖も黙しているわけでは無かった。



アマネの死角から剣の煌き。


「――!!」

カズヤが反応する。


アマネを抱えて飛び、なんとか回避した。

その背をめがけ、一撃で仕留めんとする剣閃が放たれていた。


「よく、避けましたね」


「っ…ちっ、あんたも来んのかよ…。

そりゃそうか!

アマネ、俺がなんとかする。像を頼む!!」


「分かった!!」



ふと、祈り子像の光が一瞬だけ揺れた。

位置は近い。

アマネが即座に反応し、金属糸を飛ばす。


軌跡は一直線に像へと向かい、

今度は像が祈りを捧げる前に破壊された。




――十秒経過。



しかし、詠唱は始まらなかった。

アマネとカズヤの顔に少しの安堵が生まれる。


「やった!これって!!」


「ああ!詠唱される前に壊しゃいい!」


光明が見えた。

カズヤは息を荒げながら、グレースを指差した。



「ってことは、だ……。

アマネが邪魔してくれてる間に、

俺があんたを倒しゃいいってこったな!」



グレースは一切表情を変えず、ただ鋭い目で見ていた。




【3】


だが。再び。

四体目の祈り子が光った瞬間――



アマネが一瞬、身体の制御を失った。


「……!?」


カズヤの風も乱れる。


「な…………!?」




――“四節:二つ目の綴りが流れ、それが“名”を記した。”――




四体目の詠唱が完了してしまった。


グレースが静かに告げる。


「原初の詩節は、世界を定義する基礎。

無理に祈りを乱せば、貴方達もまた“代償”を払うことになりますよ」



アマネの足元が“名を奪われたように”揺らぎ、立てなくなる。

カズヤも一瞬、視界の中心が真っ白になる。



祈りの詠唱は容赦なく進む。


五体目の像が動く。




――“五節:三つ目の綴りが“感情”を覚ました。”――




心拍が乱れる。

カズヤの感情の制御も乱れていく。


論理は見えた。

対策も立てた。

だが、それを遂行できるかはまた別。

詠唱が進むほど、祈りそのものが“世界の基盤”に干渉してくる。


自分達の存在が削られていく。



動きのままならない身体。


無情にも時間は、詠唱は進む。

六体目の祈り。




――“六節:四つ目の綴りが“存在”を留めた。”――




それでもふたりは、諦めなかった。


グレースの攻撃は止まらない。

カズヤは必死に己を制御し、アマネを守り、抗う。


アマネもまた、詠唱が行われないようブレードで、金属糸で、

祈り子の像を砕いていく。



七体目の詠唱をギリギリのところで止める。


それでも。


足が動かない。

手が届かない。



再び七体目が光ると。




――“七節:五つ目の綴りは“形”を起こした。”――




アマネの体が揺らぐ。


「っ……!私……“身体”が……!」


身体の輪郭がわずかに歪む。


カズヤもそれは同じだった。

腕が、足が、存在を不確定にしていく。


「嘘だろ…俺も……!?」


なおも戦う。

もはや気力だけで食い下がっている状態。



しかし八体目が光った瞬間――




――“八節:六つ目の綴りは“終わり”を定めた。”――




アマネの足が崩れた。

カズヤの腕が灰をこぼした。


この詩節だけは、決して耐えられなかった。




【4】


もはや勝敗は決した。


グレースは立ち止まり、ゆっくりと剣を下ろして、ふたりを見つめる。

あとは黙して待つのみ。



彼らは。


音を認識することもできなくなっていた。

光すらも奪われようとしていた。



九体目が光る。




――“九節:そして七つ目の綴りが、それら全てに“声”を与えた。”――




空間が祈りの色で満たされていく。


カズヤは崩れゆく身体と意識の中で、吠えるように風を放つ。

音のない世界、アマネは最後の祈り子像へ飛びかかる。


だが、全てがもう遅い。




――“十節:記録の原初。

こうして、綴りは世界を創造した。”――





――詠唱の完了。



アマネの身体が灰に透けた。


カズヤの胸が灰色に欠けた。


二人は“存在の根本”を奪われた。



もはや誰の声とも分からない。

砕けた音だけが遺る。



「……アマネ…ごめん…俺……」



「……私も……ごめんね……」



祈り子の像全てが、その役目を終えた。



「――終わりです」


グレースはただ静かに、祈りをもって、目を閉じた。

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