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残響詩篇  作者: 宗一郎
序章:綴られぬ者達の夜明け
28/69

第23話:災厄は灰祷と相剋す

【1】


灰祷に満ちた綴り層に、三つの“線”が交差した。



カズヤの風が灰の祈りを裂き、アマネの金属糸が光を閃かせ。

筆聖グレースの刃が静かにその全てを正確に受け止める。


キィィン――!


と鋼の声が低く響き、祈りの空間に細かな震えが走った。


カズヤは風を纏い、

沈む身体を無理矢理押し上げるようにして踏み込む。

アマネは影の軌跡でグレースの側面へと跳ぶ。


二人の連撃は、灰色の沈黙をかすかに乱した。

まるで“静寂そのもの”に傷を入れるかのように。



グレースの剣閃がカズヤの首を狙った。

大きく姿勢を崩しながら風を纏うことで間一髪避ける。


(!――あぶ…っ……!!)


首を切り落とされた感覚だけが残る。

一切の容赦なき剣気に、冷や汗が吹き出す。



グレースの瞳が、ほんのわずかだけ開かれる。


(この沈黙の祈りの中で、ここまで動けるとは。

強い意志を持っている――)



カムイが小型機械を制御し、グレースの死角をエーテル弾で攻める。


それを捌いている一瞬を突き、カズヤは地を蹴る。

灰祷に押しつぶされそうな身体を無理やり動かし、

グレースに向かって蹴りを入れる。


「アマネ、行け!」


アマネも灰祷の重さに耐えながら、

ブレードの刃と金属糸でグレースの前後を攻める。



グレースは初めて一歩下がった。


(力ではなく、“心の熱”で押してくる……)


静かに剣を構え直し、残響に向き合う。



〈灰祷〉の記憶――それは決して華やかなものではない。


目を閉じて浮かぶのは、戦禍の中。

平和と鎮魂を願った儀礼の火。


人々のあらゆる想いを乗せた祈りが捧げられるにつれて、

清められ積み上がっていく灰。

哀しくも、清く優しき正典の記憶。



灰祷の光が再度強まる。


その瞬間、空間全体が“心臓の鼓動”のように脈を打った。


アマネの足が止まる。

カズヤの攻めが鈍る。


「…っ…また……!」


「……なん、だ……!」


〈灰祷の残響〉は、“戦う意志そのもの”を静める祈りの力。

激情も衝動も、大事な記憶の熱までも、祈りの外へと流してしまう。


それはカズヤの風も鈍らせた。



祈りの沈黙が二人の意志を呑み込み、綴り層の空気はさらに深く深く――


灰の底へと沈んでいった。




【2】


カズヤは奥歯を噛みしめた。

灰祷に心を奪われ、風も鈍り、呼吸すら浅くなる。


セイルと戦った傷や疲労も癒えていない。


グレースへの有効打が無く、

しかしグレースからの攻め手は全てが致命。


身も心も擦り減っていく中、

胸の奥で、ひとつだけ燃え残った熱に、意識が吸い寄せられていく。




――“アレ”しかない。



夜の星の瞬き。

星空の下で話した時、二人は一つの約束をしていた。


もし、どうしようもなくなった時。

“アレ”に賭けようと。



カズヤは、側にいるアマネに声をかけた。


「アマネ…話した通りだ。頼めるか」


アマネは震える身体を必死に支え、

灰祷の重みに押し潰されながらも――

その瞳だけは揺れずに、カズヤを見た。


「……うん。……一緒にいる」


灰祷の沈黙の中、その言葉だけがふたりの胸を震わせる。

カズヤの視界がわずかに開けた。



「――っ…!向きやってやるよ!」



心臓の奥に眠らせていた嵐が、ゆっくりと目を覚ます。



「来いッ!!」




胸の奥の深い闇、暴風の核へ意識を沈める。


感情の熱も灰に消されかけている。

しかし、その灰もろとも。


嵐のような白い風が心の中を荒れ狂った。


あの日の悲鳴。

燃える街。

崩落する建物。

助けられなかった人々の腕、泣き声。

血の臭い、焼けた鉄の臭い、湿った草の臭い。


過去の惨劇が、色と音を取り戻して襲ってくる。


トラウマの全てが、嵐の渦として溢れ出した。




恐ろしき暴風の現出。

それはグレースの祈りの静寂すら押し返した。

鎮魂の力と災厄の嵐が衝突して、綴り層が震えた。



カムイはあまりの威力に驚愕する。


「ちょ、これ…!

どわああっっ!!!!!」


風圧に耐えられず、思いっきり彼方へと吹き飛ばされてしまった。



筆聖であるグレースですら、瞳を細めた。


「……なんと大きい、エーテルの奔流。

ひとりの身で、これほどの残響を抱えるなど……」



呟いた瞬間。


強大な白き嵐がグレースを襲った。

ここまでの衝撃を受けた事は久しくなかった。


全身を引き裂かんとする力、切り刻まれる手足。

筆聖とはいえ、防御し耐えるのがせいぜい。



しかし、〈災厄の残響〉には“致命的な弱点”がある。

強く発動するほど、使い手自身が、過去の記憶に呑み込まれていく。


カズヤの視界が揺れ、今ここにない“過去の地獄”が脳裏を埋め尽くす。



――誰かの絶叫。

――崩れる家。

――燃え落ちる街。

――塗りつぶされる空。


アマネが何かを呼ぶ声が、もう届かない。


(…ぅ……っ…)


すべての声が遠ざかり、カズヤの瞳は過去しか見えなくなっていた。



その様子に、グレースは哀れみすら覚えた。


(可哀想に。

これほどの力……外典の記憶に呑まれれば、いずれ自壊する)


カズヤは、もうアマネの方を見ていない。


白い嵐は制御を失い、

綴り層の天井にまで届く巨大な渦を形成していた。




【3】


――その刹那。


金属糸を絡めてアマネがカズヤへ跳んで寄り、彼の手首をグッと掴んだ。


「聞こえる!?カズヤ……!

私の声を探して!」



アマネの胸の奥から、ほんの微弱な“音”が溢れた。


初めて出会ったあの時と同じ。

白い光が二人の手を包んだ。

あの時と同じ、胸の奥で何かが“開く”感覚。



――そこは記憶の断片。


一面の荒廃、燃え落ちた家々。

手を伸ばしても救えなかった腕。

鼻をつんざく死の臭い。


響き渡る記憶。

その中心でひとりの少年が泣いていた。



災厄を一身に背負い、人々のために涙を落としていた。


その隣に、ひとつ、異質な光が降る。

光は少女となり、少年の肩に手を伸ばす。



「――怖いよね。私も……怖い。

一緒に泣こう。思いっきり泣こう。

少しでも、一歩でも進めそうになったら……。

一緒に歩こうね」



世界のトラウマに寄り添って、側に。

傷を消すことはできないが、包むことはできる。


災厄の記憶に塗り潰されそうなカズヤの内面へ、温かい色が流れ込んだ。


「……ア…マ……?」


嵐が揺らぎ、暴風の中心でカズヤの瞳がわずかに戻る。

アマネは手を強く握った。




「行こう……!!」




その言葉は、誰にも真似できない強さを持っていた。



轟く嵐が、大きく一度膨らみ――


次の瞬間、激しい逆風を吐き出して収束していく。

白い暴風はほどけ、代わりに透明な風が二人の周囲を優しく包んだ。



焦点のあった目。

カズヤが息を大きく吐いた。



「――ありがとな」




【4】


白き“風”が一気に奔り、

残光となってグレースへ襲いかかる。


威力は大幅に落ちているものの、それでも十分強大であることには変わりない。


「っっ……く…!」


グレースの顔も苦痛に歪む。

白の衣が裂け、頬をかすめた白風が床を削る。


祈りの空間が揺れ、沈黙そのものが悲鳴を上げる。

カズヤは震える腕で剣を握りしめながら、歯を噛み砕かんばかりに踏み込んだ。



〈災厄の残響〉はまだ暴れている。

油断すれば一瞬で飲まれる。


足元が揺れ、視界が白く霞む。


――倒れそうだ。

――膝が溶けそうだ。


それでも、カズヤは“自分の名前”を噛みしめるように、意識を繋ぎ止めた。


(ここで見失ったら……全部終わりだろ…ッ!!)



白い刃風がグレースの祈りを切り裂き、

カズヤの剣が、その隙へ深く食い込む。


「…っ!はぁッっ!!!!!」



カズヤの渾身の一撃が、灰祷の膜を穿ち――


綴り層に響くほど大きな衝撃音が弾ける。



グレースは大きく後退した。

筆聖である彼女が、はっきりと“押し込まれた”。



――垣間見える勝機の光。



祈りの残響が揺らぎ、周囲の光輪がわずかに軋む。

グレースは痛む胸を押さえながら、静かに息を吐いた。



その瞳に宿るのは――

恐怖ではない。焦りでもない。


純粋な()()()()()


「っ…見事です。

抑え込まれているにも関わらず、これほどとは」


だが、グレースの顔に影が落ちる。



「やはり、貴方もまた世界の脅威。

貴方達を止めるため――私も、“最後の祈り”を綴りましょう」



グレースの足元から、灰の光が爆ぜる。


祈りの沈黙が、再び深く沈む。




【5】


グレースの足元から、灰色の光粒がふわりと浮かんだ。



空気の流れが変わる。

静寂が、さらに深い静寂へ沈む。


光粒は文字に変わり、一つ、また一つと浮遊しながら――

筆先で描かれるように、彼女の周囲へ灰の円環を編み始めた。



背筋が凍るような気配に、アマネが青ざめて呟く。


「なにを……?」


グレースが剣を胸の前に掲げ、説く。

その姿は、まるで灰を鎮める巫女のようでもあった。



「貴方達は知らないでしょう」



声に怒りはない。

むしろ慈愛にも似た、しかし絶対的な隔たりのある声音。



「残響とは、“記憶”を基に生まれる力。

自身が宿す記憶と向き合い、成長の糧とし、

世界へ完全なる形で書き起こす術がある」



カズヤの眉が冷や汗に濡れる。


「………っ、なんだ……!」


グレースが、薄く微笑む。



「これは昇華。

記憶をそのまま、綴りとして世界に定着させる」



灰色の円環がさらに広がり、綴り層全体が淡く灯る。



「ただし。

使い手の技量、心の均衡、そして“力が満ちている場”――

条件が揃わねば、行使は叶いません」



グレースはわずかに目を見開く。


「……ですが。

祈りは既に満ちています。

灰の塔全てを揺らすほどに」



アマネは気付き、瞳が震える。


「……灰の…それって……!」


「その通り」


グレースが天に剣を掲げる。



「上層で連なる祭典の祈り。街に満ちる無数の詠唱。

全てが〈灰祷の残響〉と共に響き合い――

塔を通じ、この場へと流れ込んでいます」



街を包んだ祈りそのものが、彼女の“発動条件”を満たしていた。



グレースは静かに目を閉じる。



光が、まるで天へ還るように立ち昇る。


世界が止まる。

綴り層が、巨大な祈りの書のように展開する。


エーテルの奔流が音もなく、場を包み込む。



グレースの精錬な詠唱だけが響く。




「灰は沈黙を祈る。

燃え尽きた者の声を、私は聴く。


――残響詩篇ざんきょうしへん〈灰ノ聖典〉――」

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