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残響詩篇  作者: 宗一郎
序章:綴られぬ者達の夜明け
30/69

第25話:祈りの灰が落ちる時

【1】


綴り層には――灰が降っていた。



祈り子像の十体は静かに俯き、

儀式が完了したことを示すように、淡く輝いていた。


その中心で、筆聖グレースが静かに目を閉じている。



「――終わりました。

貴方達の魂は、灰へと還るのです」




――カチッ




音がした。続いて駆動音。



細かな歯車が狂ったように回転しているような音。

内部の金属球が淡く光を帯びる。



グレースはその気配を察知し。

見据える先にあるのは。



祈り子像の一体、その傍ら。

灰に溶けかけている身体で、不敵な笑みを浮かべる者。




「……うちのこと、()()()()()()っすよね。筆聖」




【2】


僅かに前。

祈りが完成する直前。



彼女は震える指で何かを抱えていた。


(……っす……間に合え…間に合え…!!)


カズヤとアマネが消えていく光景に、彼女は――

カムイは、涙を浮かべて必死に手を動かし続けた。



(うちが…うちが助けるんす!

アマネさんも、カズヤさんも!やれるのはうちしかいない!)



論理は揃っていた。

アマネという定義外の存在。

綴り層に到達することで観測できた、“存在の綴り”の仕組み。

消失現象が起きる時に現れるエーテル位相。



だが、ピースが一つ分だけ。

“対象に消失現象を引き起こすための接続手段”だけが欠けていた。



彼女は、それを()()()()()()()埋めることができる。



〈機環の残響〉――それは、記憶と論理を繋ぐ歯車の歌。



「〈機環の残響〉をここに綴る――

“論理が揃ってるなら、無理筋でも通る!”

これこそうちの……技師としての残響っす!!」




【3】


空気がねじれる。

祈り子の像達が一瞬だけ揺らぎ、グレースが目を見開く。


「……まさか……!!」



カムイは誇らしそうに笑顔で語る。



「祈りは、“十体揃って初めて成立する”っすよね。

つまり一体でも欠ければ、全部無効っす!」



グレースの表情に初めて焦りが走る。


「祈りの存在定義そのものを……!」


「そうっす!

()()()()()()()

存在消失現象を“模倣”した、無理筋の一手!!」



カムイが高らかに吠える。



「《消えるちゃん》!!やってやれっすー!!!」



金属球の内部から、エーテルの鎖が幾重にも伸びる。

祈り子のうち一体へと絡みつく。


祈り子が、まるで影だけを切り取られたように薄れていく。



「……ッ!?」


想定外の事態に、グレースが驚愕を露わにする。



祈りの回路が“一体欠けた”ことで、

完成していた祈りは再び不完全になった。




それはつまり。




――灰となって消えたはずのふたり。



カムイが叫ぶ。



「ふたりともー!!!

決めてくださーーーーい!!!!!」




崩れ、砕けたはずの声が、形を持って還ってくる。



「大丈夫。私も、一緒に受け止めるよ」

「……ああ、頼む」




「「〈災厄の残響〉をここに綴る――」」




二人は目を合わせ、放つ。




「――俺達は!!!!」

「――生きる!!!!」




白き風が再び綴り層に轟く。

しかしそれは、僅かな優しさも含んでいた。



不意をつかれたままに撃たれる強靭な風の圧。

詩篇を織り成した反動に引き摺られる肉体。



――グレースは吹き飛ばされ、激しく壁に叩きつけられた。


筆聖の紋を施された剣が、手を離れ、遠くへ。

寂しく音を響かせ、ただ落ちていき――折れた。



祈り子の像は、天へ虚しく祈りを掲げたまま、灰へと溶けていった。



戦いの終わり。

アマネは膝をつき、震える声で呟いた。


「……カムイさん……ありがとう……!」


カムイはその場に座り込む。


「ふ……ふへ……。

普段寝てないのが…役に立ったっすね……」


カズヤも膝をつき、笑う。


「ああ…!最高だ……」




【4】


立つのもやっとのアマネとカムイ。


ゆらっと立ち上がり、その前に歩み出たのは――カズヤだった。

血と灰まみれの姿で、しかし真っ直ぐに。



壁にもたれ、倒れているグレースの眼が、細く開いた。


「……負けてしまう…とは。

……私も随分…老いましたね」



重い身体を引き摺り、カズヤは首を振る。


「勝ったとか……負けたとかじゃねぇよ」


彼は剣を下ろし、静かに、しかし深く息を吐いた。

ずっと考えていた、グレースに言わなければならないこと。



「あんたらのやってることは、正しいんだろうよ」


アマネとカムイが、一瞬息を呑む。

グレースもまた、わずかに目を見開いた。


カズヤは続ける。

“焚き火の集落”を支えるダンのことを、頭に過ぎらせながら。


「“構造”って…言ってたよな。

大勢を守るのも、その中で誰かが沈むのも――仕方ねえってことは分かる。

あんたらの理屈は正しい」



そして、はっきりと言い切った。


「――でもな」


風が、綴り層でざわりと揺れる。


「沈んでいく奴に、手を伸ばさねぇなんて……。

俺は、そういう生き方を選ばねぇ」


「…………」


「俺は外典でいい。

あんたらが“救わない”って決めた人間を……片っ端から俺が救ってやる」



その言葉は、筆聖の沈黙した世界にひびを入れるようだった。

グレースは、痛みに震えるまぶたを閉じた。


「ふふ。

外典とは、いつも……世界を乱す者……そういうことですか」


カズヤは微笑した。



「――ああ。乱させてもらう。

生きたいって叫んでる奴の為なら、いくらでもな」



アマネがその背中を優しく見つめた。



カムイもまた、グレースへ声をかける。


「筆聖…先に謝るっす。ごめんなさい。

綴りを書き換えるのがマズいってこと……。

確かにその通りだと、うちも思います」


グレースは黙って、言葉に耳を傾けていた。


「でも…異常が起きた時に、

また同じことが起きないようにするのが、技師の務めだと思うんす。

認められないことだとしても、ちゃんと説明して。

いつか“正しいことをした”と言ってもらえるって…うちは信じてます」


グレースは慈悲をもって、ゆっくりと頷く。


「そうですか…。

では技師として、責任を持っておやりなさい。

……見届けましょう」



灰の祈りは途切れ、綴り層には“四人の息づかい”だけが残っていた。


存在を賭けた戦いが、今ここに、一つの決着を迎えた。



だがまだ、終わっていない。

カズヤ達がここへ来た本来の目的。

最後の大仕事が残っていた。

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