第十一話「半か丁か死か」
————人の腕が飛んできた。
避けた先には、脚が落ちていた。
どちらも鎧をつけたままだった。
持ち主を探す余裕はない。
そもそも、同じ人のものなのかも分からない。
デザームが、尾を一度振った。
たった、それだけだった。
「散開! 固まるな!」
ゴルネフの声が響く。
俺も崩れた壁を蹴り、
通りの脇へ飛び込んだ。
『ゴルネフ小隊、状況を教えてください。八咫烏さんは無事ですか』
ゴルネフの手元から、ニアの声。
「生きてるよ」
遠くから投げやりに声をかける。
ニアの声色が半々半音ほど上がる。
『負傷はしていませんか』
「してねえ、母ちゃんか?お前は」
『違います』
「わかってんだよ」
また地面が跳ねた。
別働隊が、砂煙の影に消える。
『ゴルネフ小隊?…八咫烏さん、八咫烏さん!返事を————』
ニアの声が砂煙に混ざって消える。
前回は、四百二十六名。
今回の死者は、まだ数えられていない。
「八咫烏殿、左へ!」
ゴルネフが走る。
両手で握った斧槍を振りかぶり、
「火炎律・展開……ッ!」
斧槍を炎で纏い、下りてきたデザームの脚へ叩きつけた。
骨の装甲が割れ、赤い肉が覗く。
太い刃が、その奥まで潜り込んだ。
「お、入った――」
言い終わる前に、肉が動いた。
切り口が盛り上がり、
割れた骨が寄り合う。
ゴルネフが斧槍を引き抜いた時には、
傷が塞がりかけていた。
「再生魔法です!」
「魔法まで使うのかよ」
「通常のものとは異なります。魔力変性は、魔法そのものの性質も変える。単なる傷の修復では――」
頭上の光が陰った。
脚を斬られたデザームが、
尾を振り上げていた。
狙いはゴルネフ。
斧槍を戻したばかりで、
足も砂に沈んでいる。
間に合わない。
「伏せろ、ゴルネフ!」
言いながら、俺は前へ出ていた。
童子切を立てる。
落ちてくる骨の節へ、
刃を合わせる。
重さが来た。
足元の砂が沈み、
刀身が尾へ食い込む。
「————写鏡」
使うのは、二度目だ。
一度目は、ニアの剣を返した。
どうやったのか、思い出すより先に。
『——いいか、少年』
知らない声がした。
◆
砂も、血の匂いもない。
足の裏に、木の床の感触があった。
目の前に少女がいる。
見た目は俺より年下だ。
サクサと、そう変わらないかもしれない。
その少女が、俺を少年と呼んでいた。
『写鏡は、お返しだ』
小さな指が、俺の手首を軽く叩く。
『相手が寄越した力を、そのまま返す。怒りを足すな。迷って、途中で引っ込めてはいけない』
何の話だ。
いや、知っている。今まさに、俺がやっている。
『腹が立ったからって、余計に斬ろうとするから歪むんだよ。君は鏡をやっていればいい』
『腹が立つものは立つだろ』
俺の声だった。
少女は、呆れたように息を吐く。
『では、返してから怒るんだ。順番の話だよ』
指が離れた。
『いらないものを渡された。それで、持ち主に返す。ただそれだけなんだよ、少年。』
◆
轟音。
砂が顔に当たり、視界が戻った。
俺は刀を振り抜いていた。
デザームの尾が、
空中で折れるように跳ね上がる。
違う。
折れたのではない。
途中から、切れている。
巨大な尾の先が回転し、
廃屋へ叩きつけられた。
残っていた壁が潰れ、
砂煙の向こうへ消える。
俺の足元で、ゴルネフが顔を上げた。
「……お見事…………!」
息を整えるより先に、
膝をついたまま頭を下げる。
「命を救われました。感謝いたします」
「立ってくれ。次が来る」
「はい……!」
「あと、今のは報告書に書いといて。金くれ、金」
「必ず。私の名にかけて」
そこまで重い約束にするつもりはなかったが、
ありがたく頂いておこう。
こちらも今後の処遇がかかっている。
『八咫烏さん! 応答してください!』
「生きてるっつーの」
『無事ですか、怪我は?今の衝撃は?』
「一気に質問すんな。無事、怪我無い、尻尾が取れた」
『……誰のですか?』
「俺には生えてねえよ」
ゴルネフが、尾の切断を手短に報告する。
俺はその間に、デザームを見上げた。
切り口が、そのままだ。
さっきの脚は、
斧槍を抜くより早く塞がり始めた。
だが、尾は戻らない。
魔力は切断面まで集まっているのに、
そこで行き場を失ったように渦巻いている。
俺の刀で斬ったからか。
写鏡で返した力が、何か違うのか。
そもそも、今の少女は誰だ。
「八咫烏殿!小型のデザームが来ます!」
考え事は、後にしよう。
……ん?小型のデザーム?
デザームの腹の下から、サソリが這い出してきた。
人間くらいの大きさがある。
小型とは。
比較する相手が悪すぎる。
「気色悪すぎるだろ…………!」
先頭の一匹が、
ゴルネフの横を抜けようとする。
人間大のサソリが、無数に湧いて出てくる。
斬っても斬ってもきりがない。
ましてや、一般兵士では傷つをつけてもすぐ再生する。
このチビデザームまで再生魔法使えるのかよ。
「クソが。仕事初日から、随分と繁盛しやがって」
童子切安綱を振る。
振れば振るだけサソリの首が落ちるが、
その次には別の場所で兵士の悲鳴が聞こえてくる。
『別働隊、負傷者を後送。本体への接近路を確保してください』
またニアの声。
俺はニアの魔力の流れを追い、顔を上げた。
視線は砂の塔の頂上に向かった。
————いた。
ニアは軽やかにデザームの前脚を駆け上がると、
白銀の剣が甲殻の隙間へ入り、
「風水律・展開……!」
噴き出す体液を風で払った。
「汚いのは嫌いです」
次の瞬間には、もう背の上だ。
……速い。
兵士たちが脚の一本へ近づくにも苦労している中、
あいつだけが、もう頭の近くにいる。
違う違う、やってる場合じゃない。
目の前にはまたサソリが寄ってきている。
「なぁゴルネフ!指示飛ばしながらあれって出来ていいもんなのか!」
「ニア様は王国最高戦力、円卓の騎士ですから!」
なるほど。
十二人しか選ばれないだけのことはあるらしい。
「急ごう。あいつ一人で片づけたら、俺の手土産がなくなる」
「お供します!」
ゴルネフが斧槍を横へ振った。
迫るサソリの鋏を弾き、
「行ってください、八咫烏殿……ッ!」
空いた隙間へ俺が滑り込む。
「お邪魔しますよ〜っと……!」
大きな脚へ刃を入れ、そのまま付け根を斬る。
裂けた肉の内側が、黒く動いた。
切り裂いたデザームの体内で、何かが蠢いている。
————脚だ。
細い脚が何本も、傷口の縁へ掛かっている。
「……おいおい」
一匹が這い出した。
その下からもう一匹。
さらに、その奥にも。
「おいおいおいおい……!」
切り開いた傷から、
人間大のサソリが押し合って出てくる。
傷を塞ぐ代わりに、別の生き物が詰まっていた。
「治るだけじゃないって、そういうことかよ!」
「私が抑えます! 八咫烏殿は前へ!」
ゴルネフの斧槍が、
「火炎律……ッ!」
一匹の腹へ突き入れられる。
そのまま持ち上げ、後続へ叩きつけた。
俺も、
「————写鏡」
脚を一本斬り落とした。
崩れた関節を踏み台にし、デザームの胴へ跳ぶ。
着地した甲殻が、ぐらりと揺れた。
滑りそうになる足を骨の隙間へねじ込み、刀を突き立てる。
大きすぎる。
斬りつけながら登っていると、
戦っているのか建物を解体しているのか分からなくなる。
「八咫烏さん!」
ニアの声だ。
今度はすぐそばから聞こえた。
「やっと合流だぞ、この働きもんが……!」
「ええ、お待ちしていました。私の刃では首を両断できなかったので」
頭と胴を繋ぐ、太い継ぎ目。
その向こう側に、ニアが立っている。
「首?」
「ここを断ちます! 反対側を!」
ハサミのようにして断ち切るということなのだろう。
童子切安綱を構え直す。
「了解、合図よろしく」
ニアの剣に水が集まる。
俺は足場を確かめ、刀を引いた。
「行きます……!」
ニアが踏み込む。
俺も、同時に刃を走らせた。
「死に晒せクソ虫……ッ」
双方から、首へ刃が掛かった。
ブチブチブチ、と、両側から刃が、
肉と殻を砕いていく。
「通ります、刃が通ります八咫烏さん!」
「見りゃ分かる!」
「その刀のお陰でしょうか!以前の作戦より外殻が脆いです!」
その言葉を聞いて初めて、
ニアが第十一回討伐作戦の凄惨な敗北を経験したのだと分かった。
だったら、そのテンションの上がりようも認めざるを得ない。
何十回と王国が苦渋を飲まされた怪物に、引導を渡せるのだから。
「往生しろよ……!」
一気に刃を押し込んだ。
押し込んだから、デザームの喉に、
大量の空気が通過したのを刃で感じ取った。
「はは、深呼吸かぁ?サソリしては————」
————刃が震えた。
『『ガァァァァアアアアアアアアアッッッ!!!』』
デザームが吼えた。
爆音、振動、爆音、爆音、爆音、爆音。
「…………ッ!」
「うっせぇ……!」
二人して耳を塞ぐ。
耳の奥が痺れるような音だった。
「まさか……嘘でしょ……!」
ニアの顔が変わった。
「そんな……まだ……早すぎる……!」
「何がだ!」
ニアは空を見上げていた。
俺も釣られて、空を見る。
————塔の上に、魔力が集まっていた。
薄い膜が広がっている。
さっき、大勢で叩き割ったばかりのものが。
「〜〜……ッ!結界が!砂漠化結界が復活します! 全隊、退避してください!早く!!」
ニアの声が、目の前と、下の兵士たちの通信から重なった。
「八咫烏さん!攻撃は中止です! 今すぐ外へ!」
「首は!」
「間に合いません!」
「……間に合わせりゃあいい話だろうが……ッ!」
迷っている暇はなかった。
刃を押し込み、結界が復活し切る前に首を落とす。
落とす、落とす、落とせ。
肩を引っ張られた。
「八咫烏さん!今すぐ退避を!」
「こいつ殺せば終わる話だろ!」
「デザームが死んでも、結界が消える保証はありません!」
あまりにも正論だった。
正論だったとしても、
「じゃあお前だけ結界の外に出ろ!」
「……は?……なに、言ってるんですか、嫌です!逃げてください、八咫烏さん!」
「ここでこいつの首落とすぞ、安綱ァ!」
身体が勝手に力を込み上げてくる。
「八咫烏さん、八咫烏さん……!」
邪魔すんな、あと少し、あと少しで…………
「————死んで欲しくないんです、八咫烏さんだけは……!」
…………あーもう!
刃を抜き、身体を返す。
「ニア!あれ頼む!ビュン!って降りてフワって着地するやつ!」
ニアはようやく分かってくれた、と笑顔になった。
その目の端には涙さえ浮かべていた。
それほどのことなのだろうか。
俺にはイマイチ分からなかった。
————『英雄だ!我らが英雄!』
なんだ、何の声だ。
————『絶対帰ってきてね』
違う、誰の声でもない、幻聴だ。
また失った記憶を思い出してんのか?
なんで今日に限って出血大サービスなんだ。
後にしてくれよ……!
「八咫烏さん、捕まってください!」
「あ、あぁ……!」
ニアの手に捕まり、甲殻の端から飛び降りた。
フワリ、とニアの魔法が落下速度を減衰させ、
砂へ着地した足が沈む。
「行きましょう、八咫烏さん!」
「分かってる……!」
その勢いのまま走り出す。
「総員、来た道を戻れ! 負傷者を置くな!」
ゴルネフが退路を示している。
その前へ躍り出たサソリを、俺が斬った。
「八咫烏殿……!よくぞご無事で!」
「いいってそういうの!逃げるぞ!」
左からもう一匹。
横薙ぎに胴を落とす。
止まらず走る。
後ろで尾の残った部分が暴れ、
建物が潰れた。
瓦礫に退路を塞がれ、ニアが遠のく。
「八咫烏さん!!」
空の膜が、街の外縁へ伸びていく。
まだ閉じてはいない。
だが、広がる速さは明らかに増していた。
すぐに通信魔法がゴルネフの耳元で展開する。
『八咫烏さん、どこですか!』
「八咫烏殿は私と一緒におります!」
『急がせてください!』
「わかっております!デザーム討伐には、この御方の力が必要だ……っ」
その声はどこか、悔しそうに聞こえた。
道の先で、風が砂を巻き上げた。
先行したニアが崩れた石材を吹き払い、
「そのまま走ってください! 止まらないで!」
ニアの声に、兵士たちが駆け抜ける。
俺も瓦礫を蹴り越えた。
————直後、後ろで短い悲鳴が上がった。
一人の兵士が転んでいた。
踵にサソリの鋏が食い込み、
砂の上を引きずられている。
ゴルネフが引き返した。
「八咫烏殿、先に行ってください!」
「は!?ばか、お前……!」
斧槍を叩きつけ、鋏を割る。
兵士の襟を掴んで起こしたところへ、
もう一匹が飛びついた。
柄で受け、押し返す。
ほんの数手。
それで、遅れた。
「ゴルネフ!」
ゴルネフだけが、その向こうに残る。
間に合わない。
そう思った瞬間、足はもう戻っていた。
「手!」
ゴルネフが顔を上げる。
差し出しかけた手首を掴み、腰を落とした。
「八咫烏殿、貴殿は————」
「うるせぇ、でかい図体しやがって……!」
俺はゴルネフを思いきり、投げた。
「な……っ!八咫烏殿!!」
鎧ごと浮いた身体が、境界の外へ飛んでいく。
兵士たちが受け止めようとして、一緒に砂へ転がった。
俺の足が、反動で一歩下がる。
「八咫烏さん!」
ニアがこちらへ走ってきた。
その顔を見て、少しだけ困った。
違うんだよ。
別に、ここで死のうという話じゃない。
————俺の中で、ひとつの仮説が出来上がっていた。
口に出して確かめる時間はない。
今ここで試すしかなくて、
外せば、おそらく取り返しもつかない。
賭けだ。
なのに、不思議と分かった。
これには、勝てる。
ニアが腕を伸ばす。
あと少し。踏み込めば、彼女まで中へ入る。
「八咫烏さん、早く、早く! 手を!」
「ゴルネフ!そいつ絶対に中に入れんな!」
起き上がったゴルネフが、一瞬迷い、唇を噛んでニアの腰へ両腕を回した。
「……っ、ゴルネフ!放してください!」
「なりません!」
「まだ届きます! まだ————八咫烏さん、手を出して!」
ゴルネフの顔が歪んでいた。
こちらを見た口元が震え、
何かを言いかけて、歯を食いしばる。
それでも腕を緩めなかった。
「八咫烏殿……っ」
膜が、俺たちの間へじんわりと浮かんでいる。
「八咫烏さん!」
ニアの指が、空を掻いた。
ゴルネフを引きずるほど身を乗り出し、
金切り声にも似た声を張り上げる。
「離して、離してよ……!」
「なりません、円卓の騎士がここで死ぬことなど、あってはなりません……!」
「私の命の使い方くらい、私に決めさせて!」
白い膜の隙間が、
人一人分の大きさも無くなった。
「いやです、いや……!ねえ、八咫烏さんまで、いなくならないで…………!」
砂漠化結界が、閉じた————
◆
————結界の中は、静寂に包まれていた。
外で騒ぐニアの声も、兵士達の悲鳴も、何も聞こえない。
「……通りで、外でどんちゃん騒ぎしてもビクともしないわけだ」
周囲の死体が、次々に砂に変わっていく。
これが、砂漠化結界か。
俺は童子切安綱を握り直し、
デザームに刃を向けた。
「半か丁か……ってやつだ。お前はどっちに賭ける、デザーム」
最後に見えたニアの口が、
まだ俺の名前を呼んでいた。
さすがに後で怒られそうな気がしたので、
親指だけを立てておいた。




