第十話「砂の廃墟で妖怪退治」
————拝啓。
名前も顔も思い出せない、お父さん、お母さん。
俺は今、荒野にいます。
ラズビ旧市街。
かつては大勢の人が暮らしていたという。
今、目立って暮らしているのは一匹だけだった。
街の象徴だったという高塔に、
巨大な何かが取りついている。
肉と骨で造った戦車のような様相。
しかも尻尾つき。
設計者は途中で止められなかったのか。
————中位モンストロ『デザーム』
この街を「一夜」で砂の廃墟に変え、
今は自宅として使っている怪物らしい。
縄張りへ入ったものは片っ端から襲うが、
侵入者がいなければ、
ああして塔に居座っているという。
「……あれと同じ扱いか、俺」
魔力変性。
言葉では聞いていたが、
実物を見せられると、
だいぶ話が違う。
「貴様が八咫烏だな!」
背後から声が飛んできた。
振り返ると、
鎧姿の兵士たちがぞろぞろ歩いてくる。
いよいよ軍人っぽくなってきた。
俺はまだ、
この国で就職するとも言っていないのだが。
◆
話は二日前に戻る。
「円卓へ報告するにあたり、手土産が必要です」
ニアは、そう言った。
「菓子折りとか?」
「討伐実績です」
「土産屋で売ってる?」
「売っていません」
ですよね。
報告そのものは、
既に何度か上げているらしい。
魔力を持たず、
異常な変性反応を示し、
人間の言葉を話す男。
しかも、円卓の騎士を退けるだけの力がある。
そこまで聞いた偉い方々が、
今いちばん気にしているのは————
「貴方を、管理できるのかという点です」
「飼い慣らせるのか、って?」
「……端的に言えば」
「餌は一日三回でいいぞ」
「真面目に聞いてください」
かなり真面目な申告だったんだけど。
陰陽道については、
まだ詳しく報告していないという。
サクサの目の件も、今は伏せている。
「ですが、いつまでも隠してはおけません。話した時に研究院への引き渡しを避けるには、別の価値を示す必要があります」
「切り刻むより、生かして使った方がお得ですって?」
「言い方はともかく、そうです」
俺の人生、ずいぶん物騒な見積もりを出されている。
「予定されているモンストロ討伐に、協力していただきたいのです。指示を理解し、人と協力し、成果を出せると示す。その実績を、私から円卓へ提出します」
「要するに、働けと」
「はい」
一生モルモットよりはいい。
そう思って頷きかけたところで、ニアが続けた。
「ただし、モンストロの討伐は、国を挙げた戦いです。貴方が強いことと、生きて帰れることは別です」
声から、いつもの言い合いをする余地が消えた。
「覚悟がないなら、今すぐ逃げてください」
逃げてください。
彼女はそう言った。
それは即ち、
この国から逃げてください、という意味だ。
「逃げた先でもモンストロって言われて斬られるだろ。行かねえよ」
「……そうですね」
「否定してくれてもいいんだぞ」
「嘘になりますので」
誠実なのも考えものだ。
出発の朝、
サクサは最後まで俺の袖を放したがらなかった。
何度か離しかけては、また指に力が入る。
「そんな引っ張んなって。俺より先に袖が帰るぞ」
慌てて手が離れた。
けれど、その手は行き場をなくしたように、
少しだけ宙に残った。
セバチャンが頭を下げる。
「どうか、ご無事で」
「できれば俺もそうしたいね」
そうして来てみれば、
肉の戦車がお出迎えである。
ニアさん。
手土産って、もう少し小さいものから始めませんか。
◆
「————皆、やめないか」
半モストロの噂のせいか、
俺を取り囲む兵士たちの間から、
一人の男が進み出た。
「八咫烏殿。部下の無礼を許していただきたい」
日に焼けた顔に、手入れされた短い髭。
鎧には細かな傷があるが、
姿勢はまっすぐだった。
「兵士長のゴルネフと申します。別働隊の指揮を預かっております」
「どうも。八咫烏です。よろしく」
差し出した手を、後ろの兵士がじっと見る。
剣の柄に指を掛けたままだった。
何もしてないんだけどなあ。
来ただけでこんなに警戒されるのも、なかなか腹が立つ。
ゴルネフは普通に握り返した。
「貴殿には当小隊と行動を共にしていただきます。改めて、第十二回デザーム討伐作戦の説明を」
「十二回?」
「はい」
「十二回も失敗してんの?」
「十一回です。今回はこれからです」
わざわざ訂正された。
空いている一回分に、
俺の名前が入ったわけだ。
ゴルネフは石の上に地図を広げた。
文字は読めないが、
街を囲む印と、中央の塔くらいは分かる。
「モンストロは各地に出現しています。最も弱い下位個体であっても、討伐には一個中隊、およそ二百五十名を要します」
「一匹に?」
「はい。中位個体なら、最低でも一個大隊。約五百名です」
魔法があっても、その人数なのか。
剣と魔法の世界とは聞いたが、
怪物の方もきっちり魔法を使ってくる。
人間だけ便利になる話ではなかったらしい。
「前回は二個大隊、千名を投入しました」
「倍じゃん。それで?」
「戦線は壊滅。死者、四百二十六名」
口を開きかけて、閉じた。
————四百二十六。
俺が今、指の輪っか越しに眺めていたものが、それだけ殺した。
「……今回は何人来てんの?」
「三個大隊で旧市街を包囲しています。我々は別働隊として待機し、突破後に侵入します」
砂丘の向こうに、旗が見えた。
その隣にも。遠くの瓦礫の間にも。
千五百人。
恐ろしい数字だ。
「ただし、まずは奴の結界を破らなければなりません」
ゴルネフが街の外縁を指す。
魔力が見えた。
薄い膜のようなものが、
廃墟を大きく覆っている。
砂に紛れて見づらいが、
その内側だけ、力の流れが妙に速い。
「砂漠化結界。この街が失われた、最大の原因です」
「名前からして、住みたくないな」
「侵入したものから魔力を吸収します。そして、魔力を失いきったものを砂に変えます」
「……物も?」
「建物も、武具も、人も」
改めて街を見る。
折れた壁。
屋根のない家。
砂に埋もれた石畳。
風化して、こうなったのではない。
「じゃあ、あそこの砂って」
「元が何だったか、判別できないものもあります」
靴の中へ砂が入り込んでいた。
さっきまで鬱陶しかった感触が、
急に別のものになった。
「ちなみに、俺は最初から魔力がないんだけど」
「そのため、結界が残っている間の侵入は厳禁です」
だよね。
吸われる分すらないのだ。
入った瞬間にさらさら、なんて可能性は、できれば生涯検証せずにいたい。
ゴルネフは、地図の外側に並ぶ印へ指を移した。
「吸収量には限界があります。一定量に達すると、結界は一時的に崩壊する。その間に侵入し、デザーム本体を叩きます」
「どうやって限界まで食わせるんだ?」
「最初の三回は、兵を送り込みました」
返事が、頭の中で繋がるまで少しかかった。
「……中に?」
「はい」
入る。魔力を吸われる。
少ない奴から尽きて、砂になる。
それでも、結界が消えるまで次を入れる。
試すための石を投げ込むように、人間を。
「そいつは、ずいぶんな作戦だな」
「ええ。今は行いません」
短い返事だった。
分かるのは、これから自分が入る場所には、
そうしなければ近づけなかったということだ。
だったら、今はどうする。
聞くより先に、ゴルネフの手元へ青い光が灯った。
『全隊、配置の確認を』
ニアの声だった。
「別働隊、配置完了。八咫烏殿も同行しています」
『承知しました』
小さな魔法陣から声がしている。
ゴルネフが、俺にも聞こえるように手を向けた。
「……ああ。それで、俺に小隊を」
「貴殿は魔法を使用できないと伺っています。我々が連絡と支援を担います」
「なるほど。俺だけ連絡網に入れないのね」
『八咫烏さん。聞こえていますか』
「聞こえてる。砂になる話も聞いた」
『では、合図まで進まないでください』
「そんなに砂になりたそうに見える?」
『念のためです』
信用は、これから稼ぐことになっている。
今のところ前払いはしてくれないらしい。
ニアの声が、短く変わった。
『魔法士部隊、準備。これより放射魔法による飽和攻撃を開始します』
砂丘の向こうで、いくつもの光が立った。
「放射魔法?」
「魔力を、変換せずに放出する術です。結界はそれも吸収します」
「……中に人を入れる代わりに、魔力だけ送るのか」
「はい」
ゴルネフが頷く。
「術者は外にいます。魔力を使い果たしても、砂にはなりません」
ようやく、まともに聞こえる作戦が出てきた。
『放射、開始』
光が走った。
太い光線が、廃墟を囲む膜に突き刺さる。
爆発は起きない。光は触れた場所で広がり、そのまま結界へ飲み込まれていった。
一本。三本。
別の方角からも、次々と。
街を囲んだ魔法士たちが、一斉に魔力を叩き込んでいる。
「……ビームじゃん」
水を出すとか、風で跳ぶとか。
屋敷で見た魔法と同じものとは思えなかった。
人間が並び、街一つへ光を撃っている。
白く染まった砂の上で、
兵士が一人、膝をついた。
隣の兵が肩を支え、
後ろの魔道士と交代する。
高塔で、未だにデザームは動かない。
これだけ騒いでも気づかないのか。
「ニア、お前が俺と会話できることに驚いてた意味がやっとわかってきたよ」
『それは何よりです』
光線は途切れない。
なるほど。
これをやって、それから、
あの肉の塊と斬り合うのか。
俺一人強ければ何とかなる、
という顔で来る場所ではなかったらしい。
少なくとも、入口を開けるだけで、この人数だ。
『第二陣、継続。まだ止めないでください』
ニアの声に重なり、甲高い音が響いた。
膜に、白い筋が走っている。
一本だった亀裂が枝分かれし、
塔の上まで広がっていく。
ゴルネフが手を上げた。
兵士たちが剣を抜く。
さっきまで俺を窺っていた目も、
今は街の方を向いていた。
次の瞬間。
「お」
空が、割れた。
いや、結界だ。
街を包んでいた膜が砕け、
光の破片となって散っていく。
内側へ引かれていた魔力の流れが、
一斉にほどけた。
『結界消失!』
ニアの声。
『全隊、突撃開始!』
角笛が鳴った。
砂丘の向こうから、
地面を震わせるような鬨の声が上がる。
さて。
俺も、手土産を取りに行くとしよう。
口へ指を突っ込み、柄を掴む。
「ぉえっ……!」
「八咫烏殿?どうされた」
ずるり、と童子切安綱を引き抜いた。
ゴルネフの手が止まる。
隣の兵士が一歩退き、
後ろの兵士にぶつかった。
さっきまで街を向いていた目が、
まぁ綺麗に戻ってくる。
おい。前を見ろ、前を。
敵はあっちだ。
「……それが、貴殿の武器ですか」
「そう。携帯には便利なんだけどね」
ゴルネフは一度だけ、俺の口を見た。
「承知しました」
偉い。
思ったことを飲み込める大人だった。
童子切安綱。
鬼を斬ったという刀が、手の中へ収まる。
喉は気持ち悪い。
足元は砂だ。
相手は人を四百人以上殺した肉の戦車。
それでも、柄を握る指は妙に落ち着いていた。
「行けますか、八咫烏殿」
「行きたくないけど、行くよ」
塔から、巨大な鋏が離れた。
瓦礫を撒き散らしながら、
怪物がこちらへ身を乗り出す。
なるほど。
相手も、歓迎する気はないらしい。
刀を肩へ担ぎ、砂を踏む。
「さあ、妖怪退治といきますか」




