夜明けまで
気が付けば、何件かの不在着信が、智也のスマホに届いていた。彩葉とのやり取りの間に来ていたらしい。
智也は葬儀社へ折り返しの電話をかけ、明日、深代木葬舎への見学が終え、彩葉と自宅に戻ってから、律を迎えに来てもらうことにした。
その夜は、二人一緒に毛布にくるまって、律の側に寄り添い、三人で過ごした。
エアコンを最低温度まで下げた部屋は寒かったが、彩葉と二人で毛布にいる分には、そこまで辛くはなかった。ただ、その隣でベッドに横たわる律のことが頭をよぎるたび、胸が痛くなる。
彩葉はずっと鼻を啜り、嗚咽を漏らしていた。智也は彼女の背中をさすり、励ましていたつもりだが、そんな智也の目からも涙はこぼれ落ちていた。
時折り聞こえる、氷嚢の中で溶け残った氷がぶつかる音が、律がもういないことを思い知らせる。氷嚢を取り替えようと、立ち上がると、彩葉が嫌そうに涙を目にためてこちらを見上げた。
「……大丈夫、一緒に行こう」
智也は律の布団を捲り、お腹に乗せた氷嚢の氷が少なくなっていることを確認すると、それを取り出して布団を戻した。その隣で、彩葉は優しい眼差しで律を見ながら、冷たいその頭を撫でる。
堪えきれずに、彩葉の手を引いてキッチンへと向かう。智也が新しい氷嚢を作っている間、彩葉は智也のシャツの裾を固く握りながら、ずっと泣いている。
「うぅ、うああー…」
煩くもない、ただただ悲痛に漏れ出るその泣き声は、智也の目にも涙をためた。無言で作業する智也の頬には、静かに涙が伝う。
冷凍庫の冷却枕と、即席の氷嚢を持って律の部屋へと戻る。部屋へ戻るなり、彩葉はまた律の頭を優しく撫で、話しかける。
「大丈夫だよ、ここにいるからね……」
智也の口元が歪み、律の布団に涙が落ちる。冷たい氷嚢と冷却枕を律に当てる。その行為自体がつらい。冷たく固い律の身体に触れるたび、自分の中の何かが壊れていく気がした。
倒れるように座り込み、毛布を広げた。智也も、もう限界だった。
「彩葉」
その声に振り返り、智也を見る。何かに気付いたような、静かに絶望した表情。一度だけ律の方に視線を向けたあと、その場で崩れ落ちるように座り込んだ。
「うぅー、うーー」
「グスッ」
二人揃って、ぼたぼたと大粒の涙をこぼしながら、抱え合って泣いた。情けなく、子供のように、溢れ出る涙と感情を垂れ流して、寝ることすらできず、ただ寄り添ってその夜を過ごした。
朝の光が差し込む。結局、ぐずって泣く赤子のように夜通し泣いて、二人とも一睡も出来ずに翌朝を迎えた。
律が生まれてすぐの頃は、夜泣きする律に起こされて疲弊していた。彩葉は、まさか自分が泣く側になるなんて想像もしていなかったと思うと同時に、もう幾度目か、律のことを思い涙した。
寄り添う彩葉が再び泣き出す。朝の光が差し込む方を見ながら、智也は安堵していた。また忙しくなる。律のことをなんとかしないといけない。彩葉のことを助けなければならない。この忙しさの間だけは、悲しみに心が囚われずに済む。
自分の涙腺は駄目になってしまったんだと、智也は思った。朝になっても、まだ涙は止まらない。
「彩葉、朝だ。ごはんを食べよう」
泣きながら、無言で頷く彩葉の脇を抱え、立ち上がる。その時、彩葉が律の方を一瞥するのを見て、彩葉の目を隠すように、自身の胸元へ彩葉の顔を押し付けた。
涙と鼻水で濡れたシャツが、重い。
寒い部屋から出て、棚に有った食パンを、二人揃って何も付けずにそのまま齧った。普段より、少ししょっぱい。
久しぶりの徹夜で動かない頭も、無心で口を動かしている間に、段々と働いてくる。話を聞きに行く準備をしなければならない。
智也は、どこへ行くにも彩葉を連れて、一人で二人の準備を進めた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「律は……?」
「流石に連れて行けない。氷嚢も作ったし、帰るまでは辛抱してもらわないと」
無言で、彩葉が律の部屋へと駆け出す。部屋に入ると、律のお気に入りだった、大きなぬいぐるみを抱えていた。
「これ、持って行く」
「あー、そうだね。でも、今日は電車で行こうかと思ったんだけど」
智也がそう言うと、彩葉は少し悲しそうな顔をして驚いた。
「車は?」
「彩葉は運転出来そう?」
「今日は無理」
「俺もだ」
「でも、持って行きたい」
彩葉は、そのぬいぐるみを強く抱き締める。その目にはまだ乾いていない涙の跡がある。
「……そうだね、持って行こう」
「じゃあ、行ってくるからね。少しだけ、お留守番していてね」
そう言って、彩葉は律の額に優しいキスをした。




