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あの日、一本の木を植えた  作者: 泣き癖
未来へ贈る命

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8/17

同じ願い、違う答え

 智也は律の部屋をノックして、ゆっくりと扉を開ける。最低温度まで下げた部屋の冷気が足元を撫でる。

「彩葉」

 智也の呼びかけに、彩葉がゆっくりと振り返る。かけた毛布が肩からずり落ちそうになって、冷えた部屋の空気がそのまま当たっている。

「ずっとそこにいたら風邪を引くよ」

「……」

 智也がそう声を掛けると、彩葉は黙ったまま、毛布に顔をうずめるように俯いた。

「……律も静かに寝ている。だから彩葉も、少し休もう」

「……うん」

 その言葉に、彩葉はやっと智也の顔を見た。智也はスマホを握ったまま、目の下に深い影を落としている。久しぶりに見た智也の顔は、随分と老け込んだかのようだった。


 智也は台所で、カップスープの粉末を取り出し、陶器のコップへと入れ、鍋で沸かしたお湯をそこへ注ぐ。

「あったかいよ」

 そう言って、リビングのソファの上で、毛布にくるまる彩葉の前の、ローテーブルにそのコップを置いた。

「……ありがとう」

 両手で抱えるようにそのコップを持つと、熱そうに一口啜る。緊張が解けたのか、その熱が身に沁みたのか、彩葉の肩が下がり、ソファに身を預けた。

 その様子を見ながらも智也はリビングでずっと立ったままでいた。落ち着きがなくうろうろと歩き回っている。

「座らないの?」

「え?ああ」

 智也の眉間には、ずっと皺が寄っている。智也のこんな様子は、彩葉にとっても初めてのことだった。


 つけっぱなしのテレビから、遺体を土へ還す新しい葬送方法があるという声が流れている。画面の中で、その女性は声高々に布教する。皆こうあるべきだと。その中で特に強調して発せられる、命を次へ繋ぐ、という言葉が妙に耳に残る。

 智也はしばらく画面を見たあと、スマホを操作した。

「……以前、律が言っていただろ?あれから少し調べていたんだ」

 智也が、画面を見ながらぽつりと呟いた。

「何の話」

 彩葉の声が、再び冷たくなる。

「燃えちゃうのは怖いって」

 彩葉はコップを置いて、毛布に顔をうずめた。

「病室でもさ、このインタビュー映像が度々流れていたんだ。多分、それでだと思う」

『今この国には、火葬以外の選択肢が必要なのです!』

 テレビの中で、整ったスーツ姿の若い女性が熱弁する。

「これが正しい選択肢なのかは分からないけれど、律には合っているかもしれない」

 智也は画面を見たまま、まるで自分自身に言い聞かせるように、そう言った。

「明日にでも、決めなければならない。律をどうするのかを」

「決めなくていい」

 彩葉は顔を見せずにそう言った。律のことになると、かたくなに会話をしようとしない。

「お義父さんたちも、いつまでもこのままにはできないって」

「みんなで勝手に決めればいい」

「勝手には決められないよ」

「じゃあ、そのままにして。律を連れていかないで」

 彩葉の言葉に嗚咽が滲む。その声に、智也は返答することができなかった。

 智也が黙ったその沈黙さえ、彩葉には拒絶のように感じられた。

「一度話を聞きに行かないか?そのテレビで言っている、木葬について」

 智也が、彩葉の正面に来てそう言い、握りしめていたスマホの画面を見せる。差し出された画面を、彩葉は見ようとしなかった。

「律の身体を、半年くらいかけて土に還す方法がある。その土で、木を育てることもできる」

「何が残るの?」

「土だ」

「骨は?」

「残らない」

 智也の言葉に、彩葉が顔を上げる。

「残らないって、何」

「骨も土になるらしい」

「律を全部なくすの?」

 彩葉の表情が、まるで絶望に塗り潰されていくように、その色を変えていく。

「なくすんじゃない。形を変えて、残せるかもしれない」

「それは律じゃない!」

 彩葉の声が、部屋を震わせた。

「木を見て、それを律だと思えっていうの?そんなの無理。骨だけでも残れば、まだそこに律がいるって思えるのに」

 その剣幕と、再びあふれた彩葉の涙に、智也はまた答えられなかった。

「病院でも泣かなかったよね。律が死んでからも、ずっと電話して、書類を書いて、次のことばかり考えてる」

「違う」

「早く片付けたいの?」

「違うって言ってるだろ!」

 智也の怒声に、彩葉の肩が大きく跳ねる。智也は荒い息を吐き、顔を覆った。

「俺だって律の父親だ。平気なわけじゃない。でも今止まったら、どうなるか分からないんだよ」

 指の隙間から、智也の掠れた声がこぼれ落ちる。

「火の中に入れるところを想像できない。あの身体が焼かれるのを、見届けられる気がしない。だから、律を理由にして、他に何か方法がないか探してた。それだけだ。俺だって、俺だって不安なんだよ」

 彩葉は膝を抱いて、視線を落とす。

「私……律が息をしなくなったとき、少しだけ、よかったって思った。もう苦しくないんだって。母親なのに。自分の息子が死んだのに、安心した」

 彩葉は自分の思いを言葉にするたび、喉が詰まり声が掠れるのを感じた。

「俺も思った。律がもうつらい思いをしなくていいんだって」

 智也はそう言って、彩葉の隣に座った。

「木葬を選んでほしいわけじゃない。俺もまだ、それで良いのかは判断がつかない。ただ、律が興味を持ったものを、知らないまま決めたくない。だから、説明だけ聞きに行かないか」

 そう言う智也の顔にも、涙が滲むのが見える。彩葉はすぐには答えなかった。

 机の上には、律が描いた三人の絵がある。三人とも同じように、大きな口で笑っていた。

「聞くだけよ」

「ああ」

 彩葉は膝を抱いたまま、律の部屋の方を見る。二人は何一つ片付けられないまま、何一つ決められないまま、それでも翌日の予定だけが決まった。

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