答えを探して
二人して電車に揺られるのは、いつ以来だろうか。進むにつれ、人が減っていく電車。彩葉は大きな恐竜のぬいぐるみを両手で大事そうに抱えて、それに頭を預けていた。
車窓から見える景色は、次第に緑に埋め尽くされていく。時折り、吊り橋を渡る車両から渓谷と川が見える。それは陽の光を反射して、綺麗に輝いて見えた。その頃には車内に人は殆どおらず、その非日常さは今の二人にはとてもありがたいものだった。
最寄り駅に着くと、車体に「深代木葬舎」と大きな文字で書かれた、緑色の大型のワゴン車の側で、背の高い、白衣のような白い上着を着た男が一人立っていた。
二人がそちらへ歩いて行くと、その男は二人に気付き、緑色の小さな旗を掲げた。
「お待ちしておりました、橘様」
「すみません、わざわざお迎えに来ていただいて。ありがとうございます」
朝、深代木葬舎へと向かう前に、公共の交通機関で向かう旨を伝えると、送迎に来てくれる、とのことだった。まさかこんな真緑の車だとは、と智也は少し面食らっていた。
「お気になさらず。こんな辺境ですから、車が無いと不便ですので。ではこちらへどうぞ」
二人を車に乗せると、その男性は、運転席へと乗り込み、後部座席の二人に顔を向けた。
「ちゃんとした自己紹介はあとでさせていただきますが、代表の朝霧と申します。道中、何か気に掛かることがあれば、遠慮なくお聞きくださいね」
朝霧はそう言って前を向き、車を発進させた。
その車は大自然の中を走っていく。
駅を離れると、車は山々に囲まれた谷あいの道へ入っていった。谷底を流れる川に沿って道路が伸び、斜面には段々に整えられた畑や果樹園が続いている。道路沿いには民家や小さな商店が見え、軒先の洗濯物や道を歩く住民の姿が、窓の外をゆっくりと流れていった。深い緑に囲まれてはいるが、所々に人の暮らしの気配が点在している。
深代木葬舎のある深峰村は、山あいに集落が広がる小さな村だった。中心部には役場や診療所、商店、温泉宿などがあり、そこから離れた斜面にも家々が点在している。
そんな深峰村の中心から少し離れた村の端に、深代木葬舎はあった。
それは、智也が想像していた葬儀場とは異なる建物だった。白を基調とした外壁は曲線で圧迫感がなく、角や屋根の線には柔らかな丸みがある。寺院を思わせる屋根も、宗教を示す像や紋章もない。まるで、森の中に置かれた美術館のようだ。
正面玄関の周囲には祭壇も墓石もなく、白い壁と静かな光だけがそこにある。
車が停車し、朝霧がドアを開ける。しかし、彩葉はすぐには降りなかった。
「ここで、律のことを話すのね」
「……ああ」
彩葉はしばらく車内に座ったまま、深く息を吐いた。それから自分に言い聞かせるように、ぬいぐるみを抱えて降りる。
朝霧の後に続いて玄関に入ると、かすかに木の匂いがした。白い壁に囲まれた空間には、鉢植えの植物がいくつか置かれ、壁には森の写真が飾られている。
「お電話いただいた橘様ですね」
受付にいた女性が立ち上がる。
「藤崎と申します。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
「こちらこそ、急にすみません」
「案内は私がしますので、藤崎は飲み物の用意をお願いします」
「承知しました」
藤崎は朝霧の指示を受け、すぐに受付の向こうへと消えた。
「では、こちらへ」
再び、二人は朝霧の後をついて歩く。エントランスの壁は白く、床や手すりには淡い色の木材が使われている。通された応接間は、エントランスほど白さが目に入らないが、不思議と落ち着く空間だった。窓からも心地よい光が差し込んでいる。
「どうぞ」
朝霧は、二人がソファに腰掛けたのを確認し、自身も座った。
「では、改めまして。この深代木葬舎の代表、朝霧悠と申します。本日は、お二人の疑問点やご希望を伺い、そのご希望に弊社が適しているかどうかも含めて、お答えできればと思います」
二人の前で深く頭を下げた。
「橘智也です。こちらは妻の彩葉です」
「ありがとうございます」
応接間にノックの音が響く。
「失礼します」
藤崎が入室し、二人の目の前のローテーブルにお茶を並べていく。そして、そのまま部屋を退出すると、静かに一礼し扉を閉めた。
「どうぞ。この村で摘まれたお茶なんです。美味しいですよ」
お手本を見せるように、ゆっくりとお茶を飲む。朝霧は、カップをローテーブルに置くと、二人が話し出すのを待つように、静かに見つめている。
「今日は、息子の律のことで伺いました」
「そうなんですね。是非、詳しくお聞かせいただけますか?」
朝霧の質問に、彩葉の肩が強張る。
「本日は、木葬を選ぶかどうかを決めていただく必要はありません。内容を聞いた上で、選ばないという結論になっても問題ありません」
智也は、わずかに息を吐いた。
「そう言ってもらえると、助かります」
「律さんが、木葬を希望していたんですか」
智也は隣に座る彩葉を見た。
「はっきり希望していたわけじゃありません。病室で、火葬が怖いと言っていたんです。テレビで木葬の話を見て、それで……」
「でも、律は木になりたいなんて言ってない。火で焼かれるのが怖いって言っただけなんです」
彩葉の言葉を聞き、それを受け入れるように朝霧は続ける。
「火葬を避けたいという気持ちと、木葬を望むということは、同じではありません。そこは分けて考えたほうが良いと思います」
彩葉は少しだけ顔を上げた。
「じゃあ、律が木葬を望んでいたか分からなくても、できるんですか」
「ご遺族の方々が十分に考え、納得された上であれば、どんな形でも良いのだと考えております」
朝霧はそう言って、机の上に資料を一枚ずつ置いた。
「その上で、弊社の木葬を選ばれるのであれば、ご遺族の心の負荷が最小限になるように、私達は尽力いたします」
二人でその資料を手に取る。彩葉の視線が資料へ落ちるのを確認してから、朝霧は続ける。
「弊社の扱う木葬では、まずお身体をこちらの還元施設でお預かりします。そのお身体を、微生物が働く環境で管理しながら、おおむね半年かけて、少しずつ土へ還していきます」
「骨も……無くなるんですか」
「はい、残りません。骨も、その期間で、時間をかけて土へ戻ります」
彩葉の指が、膝の上で強く絡み合った。
「全部、無くなるんですね」
「はい、お預かりしたお身体は、全て分解されて土となります。その土をご返却し、ご遺族様にて木の苗を植えていただくことを推奨しております。又は、その土を使って、深代村に木を植え、弊社で管理することもできます」
「その土から育つ木を見れば、律がいると思えるんですか」
「そう思える方もいますし、そう思えない方もいます。必ずしも、その木が故人そのものだと考える必要はありません」
穏やかな朝霧の声は、水のように入ってくる。
「木葬を選んだからといって、それで悲しみが和らぐ訳ではありません。残されたお二人が、どのように律さんを思い続けるかの選択肢になる程度です」
二人は朝霧の話を聞きながらも、険しい顔つきは変わらない。朝霧はその表情を見て、ゆっくりと立ち上がった。
「よろしければ、還元施設もご覧になりますか。実際に見れば、判断の役に立つかもしれません」
智也は彩葉の方を見る。彩葉はすぐには答えなかった。けれど、やがて小さく頷いた。




