見学
その女性は、随分と楽しそうな様子で見学に来た。
「そう、SNSで話題になっているって娘から聞いたの。確か、神代さん?お若いのに熱心な方みたいで」
「なるほど、SNSから」
今までと様子の違った見学者、前田里奈に、朝霧は少し困惑していた。自身の死に関する見学にしては、彼女はまるで他人事のようだ。まるで、話題のテーマパークに初めて来た時のような高揚した様子で、そこに緊張や迷いといった感情は見えない。
「それで、これはどのくらい人気なんですか?」
里奈は、施設の案内のために訪れた還元棟で、くるくると回って全体を見ながら質問する。隣に立つ夫の和彦は、妻ほど興味を示している様子はない。朝霧の説明を聞くたびに口を引き結び、壁や窓へ目線を移した。
朝霧は、『人気』という表現に引っ掛かりながらも、首を傾げて答える。
「人気、かどうかは分かりません。人の死は予見できるものではありませんし、統計を取っている訳でもないので」
「そうなんですね。あっ、では、これはどのようなものなんですか?」
大した質問の意図はなかったのか、壁から引き出された還元槽を見るなり、里奈の興味はそちらに移ったようだ。還元槽の縁に手を添えて、中を覗き込むように見ている。
まるで何かのアトラクションを眺めるように、好奇心のままに言葉を発する。彼女のそのような様子を見て、朝霧は質問の回答を探しながら、施設見学として学生を入れるのも面白そうだ、と考えていた。
「この中にご遺体を入れて、半年間かけて全身を土へと還元します」
「確か、骨まで含めて土になるとか」
「ええ、そうです」
「それも娘から教えてもらったSNSで見たの」
「娘さんからですか。それはそれは」
「遺体は火葬するべきだろ」
はしゃぐ妻を咎めるように、和彦は眉間に皺を寄せて、不満そうにそう言った。
「それが、この木葬は最近の流行りなんですって。SNSで言っていたもの」
「それがなんだ。日本では火葬が一般的だろ。それに遺骨すら無くなるのは、気味が悪い」
「そ、それもそうかもしれないけど……」
夫に否定的な意見を言われ、里奈の声がか細くなっていく。さっきまでの楽しげな様子はどこへやら、今度は夫の顔色を窺うように言葉を探している。
朝霧は、『流行り』という里奈の言葉に違和感を覚えながら、還元槽から一歩離れ、二人が視界に入る位置に立つ。
「そう感じられるのも無理はありません。火葬が一般的ですし、なにより弊社の木葬は、まだまだマイナーですから」
「そうなの。私も、今すぐ決めようと思って来たわけじゃないのよ。話題になっているから、一度見てみようと思って」
朝霧は和彦の言葉を否定せず、申し訳なさそうに笑って答える。それを見た里奈はほっとしたように笑い、手を身体の前に組んで夫の方に向き直った。和彦も何か言い返すかと思ったが、腕を組んだまま黙っている。
朝霧は二人を還元棟の奥へ案内した。奥の扉から外に出ると、還元棟の大きな窓から見えていた一本の木が、建物の二階部分に生えている。風に揺れる枝の先には緑の葉が生い茂っており、適度に日の光を遮っている。
「まあ、すごい」
「ありがとうございます。これで、見学いただける場所は全てになります。一応、この上に登ることも出来ますが」
「最近膝が悪くて。階段は遠慮しておくわ」
「そうですね。その方が良いと思います」
里奈はそう言って、残念そうに頬に手を当てて、木の生えている広場部分を見上げる。
「まだ暑いですし、応接間に戻りましょうか」
「ええ」
朝霧は、木を眺める二人に声を掛け、応接間へと案内した。
藤崎が用意してくれたお茶を飲みながら、里奈は来舎時に手渡したパンフレットを眺めていた。
「それで、土になった後はどうするんですか?」
「基本的には、土を全てご遺族へお返しします。ご自宅で苗木を植える際に使うこともできますし、ご希望があればこちらで木を植えて管理することもできます」
「へえ……その土で木を育てるんですね」
「木を植えるのか」
和彦の眉間の皺は消えていなかったが、先ほどのような不満げな声ではなかった。
「もちろん、土をどのように扱うかは、ご遺族次第です。扱う方法については、皆様の希望に合わせてご相談いただけます。必ず木を植えなければならないわけではありません」
「そうなんですね。決まりがあるのかと思っていました」
里奈は案内を聞きながら、ときおり窓の外を眺めた。話題の場所を見に来たという気軽さは変わらない。それでも、説明を聞くうちに、木葬が自分の将来にも関わるものだと、ほんの少しだけ思い始めていた。
***
見学を終えた二人は、パンフレットを手に、応接間を出る。
「今日はありがとうございました。木葬というものがどういうものなのか、少し分かった気がします」
「ご検討の材料になれば幸いです」
朝霧と藤崎が二人を玄関まで見送る。里奈はパンフレットを鞄へしまいながら、和彦に話しかけた。
「帰ったら、紗季にも今日のことを話してみようかしら」
「話すのはいいが、流行っているからって決めるものじゃないぞ」
「分かってるわ。今日は見に来ただけだもの」
里奈と和彦が外へ出たところで、入れ替わるように女性がひとり、建物へ入ってきた。里奈はすれ違いざま、その顔を見た。振り返り、すれ違ったその女性の後ろ姿を眺める。見覚えがあるような気がして、足を止めた。
女性は朝霧に軽く会釈し、そのまま中へ入っていった。
「どうした?何か忘れ物でもあったか?」
「……いえ、なんでも。ただ、ひとりで来る方もいるんだなって」
里奈の様子を見て、和彦が声を掛ける。里奈は何か頭に引っかかったまま、ぼんやりと答えた。




