未来へ贈る命
藤崎から還元完了の連絡を受けたのは、律を預けてから半年と三日が経った頃だった。
智也と彩葉は車で深代木葬舎を訪れた。エントランスで待つ間、彩葉は膝の上で両手を重ね、呼ばれるまで何度も指を組み直していた。
「検査結果に問題はありません。こちらへ受領のご署名をお願いします」
藤崎が差し出した書類に、智也が記入する。その隣で、彩葉は奥の扉を見つめたまま動かなかった。
やがて朝霧が、両腕で抱えられるくらいの小さな木箱を、台車に乗せて現れた。
「お待たせしました」
智也が立ち上がる。彩葉は一歩遅れて腰を上げた。
その箱は、想像していたよりもずっと小さい。律が膝を抱えて丸まれば、入るだろうか。しかし、智也が持ち上げようとすると、かなりの重さがあることに気付く。
「結構な重量なんですね」
「そうですね、律くん本人と、還元に使用したその周囲の土も含みますので、少し重く感じられるかもしれません」
「なるほど」
病室のベッドで眠っていた律を抱き上げたときの重さとは、まるで違う。入院し、痩せこける前と比べても、随分重く感じる。
「土の状態は安定しています。植樹する際に、その箇所の土をこちらに入れ替えて、たっぷりのお水をあげてください」
彩葉は再びエントランスのソファに座り直し、智也が抱えた木箱を膝に乗せるよう促した。彩葉は、智也から差し出された木箱の確かな重さと温もりを感じ、胸元へ抱き寄せる。
「おかえり」
掠れた声で木箱に語りかけると、彩葉の目から涙がこぼれる。だが、半年前とは少し違う。律がもういないという実感と共に、ようやく律を家に連れて帰れるという嬉しさも感じていた。智也が背中へ手を添えると、彩葉は小さく何度も頷いた。
帰宅すると、二人はその足で、そのまま庭へ向かった。
日当たりの良い花壇の一角には、少し前に掘った穴と、鉢に入ったヤマザクラの苗木が用意されている。まだ律が自由に動き回れた頃、春になるたび、近所の公園で花びらを追いかけていたことを思い出し、二人でそれに決めた。
智也が苗木を穴の中央へ立て、彩葉が根を傷つけないよう土を入れていく。容器の中身を少しずつ地面に取り出すたび、胸が締め付けられるように苦しい。
これが律なのだと思えば、あまりにも違う。けれど、律ではないと言い切ることもできなかった。
土をすべて入れ終えると、彩葉は両手で根元を軽く押さえた。指先に触れるのは、どこにでもある柔らかな土のようにしか感じられない。
「曲がってない?」
「少しだけ右かな」
「そっちから見て」
彩葉が苗木を支え、智也が離れて確かめる。
「うん。大丈夫」
二人で支柱を立て、紐を緩く結んだ。最後に彩葉がじょうろを傾ける。水は乾いた土へ吸い込まれ、根元の色を濃くしていった。
彩葉は空になったじょうろを持ったまま、細い幹を見つめた。
「今日からまた一緒だね」
それは苗木に向けた言葉ではない。智也は隣で少し迷ってから口を開く。
「ちゃんと育てるからな、律」
「そういうの照れるんじゃなかったの?」
「今も照れてるよ」
彩葉は泣きながら、ほんの少し笑った。
「明日も水をあげなきゃ」
「あげすぎるなよ」
「分かってる。朝霧さんにも言われたもの」
「律にも、毎朝何度も起こし過ぎって怒られてたけどな」
「だって全然起きないんだもの」
二人の間に、病気になる前の律が戻ってくる。布団へ潜る姿も、寝癖のついた頭も、朝ご飯を食べながら眠そうに瞬きをする顔も、悲しみだけではない形で少しは語ることができた。今すぐ、全てを笑顔で話すことは難しくても、次第にできるようになるだろう。
明日は暑いねと声を掛けるかもしれない。葉に虫が付けば、律が見つけたときのように騒ぐかもしれない。
律は戻らない。
それでも、律へ向ける言葉を与えることも、手を掛けることもできる。
この悲しみを、いつか思い出として語れるように。悔いのないように、律と一緒にこの木を育てたい。ここに律を感じたい。
その想いを噛み締めるように、二人はヤマザクラの苗木という新たな命を見つめていた。
その日の空は、澄み渡る青空だった。
深代木葬舎では、朝霧が返却記録を整理し、棚へ収めていた。
「最近、問い合わせが増えています。特に、巡命社のパンフレットを見たという方が多いです」
藤崎が受話器を置きながら言った。それを聞いた朝霧は、一度だけ手を止め、また作業を再開する。
「いつも通り対応しましょう」
再び、受付の電話が鳴る。
「はい。深代木葬舎でございます」
藤崎の声が、静かな事務所に響いた。
# 未来へ贈る命
藤崎から還元完了の連絡を受けたのは、律を預けてから半年と三日が経った頃だった。
智也と彩葉は車で深代木葬舎を訪れた。エントランスで待つ間、彩葉は膝の上で両手を重ね、呼ばれるまで何度も指を組み直していた。
「検査結果に問題はありません。こちらへ受領のご署名をお願いします」
藤崎が差し出した書類に、智也が記入する。その隣で、彩葉は奥の扉を見つめたまま動かなかった。
やがて朝霧が、両腕で抱えられるくらいの小さな木箱を、台車に乗せて現れた。
「お待たせしました」
智也が立ち上がる。彩葉は一歩遅れて腰を上げた。
その箱は、想像していたよりもずっと小さい。律が膝を抱えて丸まれば、入るだろうか。しかし、智也が持ち上げようとすると、かなりの重さがあることに気付く。
「結構な重量なんですね」
「そうですね、律くん本人と、還元に使用したその周囲の土も含みますので、少し重く感じられるかもしれません」
「なるほど」
病室のベッドで眠っていた律を抱き上げたときの重さとは、まるで違う。入院し、痩せこける前と比べても、随分重く感じる。
「土の状態は安定しています。植樹する際に、その箇所の土をこちらに入れ替えて、たっぷりのお水をあげてください」
彩葉は再びエントランスのソファに座り直し、智也が抱えた木箱を膝に乗せるよう促した。彩葉は、智也から差し出された木箱の確かな重さと温もりを感じ、胸元へ抱き寄せる。
「おかえり」
掠れた声で木箱に語りかけると、彩葉の目から涙がこぼれる。だが、半年前とは少し違う。律がもういないという実感と共に、ようやく律を家に連れて帰れるという嬉しさも感じていた。智也が背中へ手を添えると、彩葉は小さく何度も頷いた。
帰宅すると、二人はその足で、そのまま庭へ向かった。
日当たりの良い花壇の一角には、少し前に掘った穴と、鉢に入ったヤマザクラの苗木が用意されている。まだ律が自由に動き回れた頃、春になるたび、近所の公園で花びらを追いかけていたことを思い出し、二人でそれに決めた。
智也が苗木を穴の中央へ立て、彩葉が根を傷つけないよう土を入れていく。容器の中身を少しずつ地面に取り出すたび、胸が締め付けられるように苦しい。
これが律なのだと思えば、あまりにも違う。けれど、律ではないと言い切ることもできなかった。
土をすべて入れ終えると、彩葉は両手で根元を軽く押さえた。指先に触れるのは、どこにでもある柔らかな土のようにしか感じられない。
「曲がってない?」
「少しだけ右かな」
「そっちから見て」
彩葉が苗木を支え、智也が離れて確かめる。
「うん。大丈夫」
二人で支柱を立て、紐を緩く結んだ。最後に彩葉がじょうろを傾ける。水は乾いた土へ吸い込まれ、根元の色を濃くしていった。
彩葉は空になったじょうろを持ったまま、細い幹を見つめた。
「今日からまた一緒だね」
それは苗木に向けた言葉ではない。智也は隣で少し迷ってから口を開く。
「ちゃんと育てるからな、律」
「そういうの照れるんじゃなかったの?」
「今も照れてるよ」
彩葉は泣きながら、ほんの少し笑った。
「明日も水をあげなきゃ」
「あげすぎるなよ」
「分かってる。朝霧さんにも言われたもの」
「律にも、毎朝何度も起こし過ぎって怒られてたけどな」
「だって全然起きないんだもの」
二人の間に、病気になる前の律が戻ってくる。布団へ潜る姿も、寝癖のついた頭も、朝ご飯を食べながら眠そうに瞬きをする顔も、悲しみだけではない形で少しは語ることができた。今すぐ、全てを笑顔で話すことは難しくても、次第にできるようになるだろう。
明日は暑いねと声を掛けるかもしれない。葉に虫が付けば、律が見つけたときのように騒ぐかもしれない。
律は戻らない。
それでも、律へ向ける言葉を与えることも、手を掛けることもできる。
この悲しみを、いつか思い出として語れるように。悔いのないように、律と一緒にこの木を育てたい。ここに律を感じたい。
その想いを噛み締めるように、二人はヤマザクラの苗木という新たな命を見つめていた。
その日の空は、澄み渡る青空だった。
深代木葬舎では、朝霧が返却記録を整理し、棚へ収めていた。
「最近、問い合わせが増えています。特に、巡命社のパンフレットを見たという方が多いです」
藤崎が受話器を置きながら言った。それを聞いた朝霧は、一度だけ手を止め、また作業を再開する。
「いつも通り対応しましょう」
再び、受付の電話が鳴る。
「はい。深代木葬舎でございます」
藤崎の声が、静かな事務所に響いた。
あとがき
これまでより増えた、問い合わせの対応に藤崎は辟易としていた。
「ほとんど見学の予約なんですけど」
「そうなんですね」
「ホームページにオンライン予約ができる機能があるのに、どうして皆さん電話をして来られるのでしょうか」
「うーん……安心感でもあるのでしょうか?」
「これだから宗教徒は」
「こら、そんな問題発言はやめなさい」
「ここは無宗教の聖地では?」
「違いますが、ただでさえ聖地としようと言って聞かない人がいるんですから、それもやめてください……」
「あ、噂をすれば」
「え?」




