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あの日、一本の木を植えた  作者: 泣き癖
未来へ贈る命

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13/17

小さな旅立ち

 先行する霊柩車を追って、智也と彩葉の車は山道を進む。窓の外には、次第に深峰村の緑が広がっていく。やがて、白い壁の建物が木々の間に見えてくると、深代木葬舎の前に、朝霧と夏目が立っていた。

 朝霧は車の到着に気が付くと、二人の方へ歩いてきた。

「お待ちしていました」

 彩葉は車から降り、建物を見つめた。ついに来てしまったという思いと、ここで良かったという思いがぐちゃぐちゃに混ざっている。

「お願いします」

 智也がそう言うと、朝霧は深く頭を下げた。

「お預かりします」

 隣の夏目が棺用の台車のようなものを運び、霊柩車のそばに停める。葬儀社のスタッフと共に取り出した棺をその台車に乗せると、智也と彩葉は、律を乗せた台車の後ろに続いて、深代木葬舎の中へ入っていった。


「橘様、ご準備ができました」

 エントランスホールで待っていた智也と彩葉の元に、藤崎が声をかけに来る。

「案内します、こちらへ」

 一度見せてもらった還元棟。その中心に、台車に載せられた白い棺がある。

 彩葉は急ぎ足で歩み寄り、棺の中を覗き込む。そこには、柔らかな土と花束の上で眠る、律の姿があった。

「少し寒くない?」

 律を見るなり、まるで今もただ眠っているだけかのように、彩葉は優しく声をかける。

 律の胸元の服を直し、掛け布を顎の近くまで引き上げる。

「これで大丈夫かな」

「うん」

 智也はそれ以上何も言わず、窓からの優しい日差しに照らされる律の姿を眺めていた。

 還元ホールには祭壇も音楽もない。高い窓から落ちる光が、棺と三人を静かに照らしている。

 朝霧と藤崎は、還元棟とエントランスを繋ぐ扉のそばで静かに待っていた。必要な書類への署名は終わっている。残っているのは、律との別れだけだった。

 彩葉は律の頬に触れる。

「冷たいね」

「そうだな」

「怖いって言わなかったよね。注射も、検査も。痛かったはずなのに」

「俺たちの方を心配してたくらいだったな」

「まだ五歳なのに」

 次第に、彩葉の声が崩れ出す。

「もっと怖がってよかったのに。もっとわがまま言ってよかったのに」

 律の頬へ涙が落ちる。それを彩葉は慌てて指で拭った。

「ごめんね。濡れちゃったね」

 それでも何度も涙はこぼれ落ちる。

「だめ。もう、分かってるはずなのに、涙が止まらないの」

 それは誰に向けたとも知れない、悲しい声だった。

 滲む視界で、彩葉は律を見つめた。朝、起こす。服を着せる。靴を履かせる。転べば抱き起こす。熱が出れば眠らずに看病する。その温かな手に、額に触れる。

 そのすべてが、もうできない。

「私……律がいなくなるのが怖いだけじゃない。もう、律のお母さんじゃなくなるのが怖かった」

「なくなったりしないよ」

「でも、何もしてあげられない」

「子供に何か出来るから親なんじゃない。律のために出来ることを、これから決めればいい。俺も一緒にやる」

 彩葉は何度も首を横へ振った。それは、拒むようにも、迷いを振り切るようにも見えた。

 やがて静かに顔を上げる。

「お願いします」

 声は震えていた。しかし、彩葉のその目には、母としての強い意志が宿っていた。

 彩葉の声を聞くと、朝霧はゆっくりと近づき、棺の前で静かに一礼した。

「では、この土を、律さんに優しくかけてあげてください」

 いつから居たのか、夏目が台車に土を入れた容器を乗せてやってくる。

 その土を掬い、手渡された木製の壺。それを棺に向けて傾けると、予想に反してさらさらと流れていく。それは柔らかな布団のように、律の胸元までを覆った。

 土の中で暖かそうに眠る律に、彩葉は涙で濡れた顔を近付けた。

「さようならは言わないよ」

 律の額へ口づける。

「半年後に迎えに来るからね。お母さん、ちゃんと来るから」

「俺も来る。また三人で、おうちに帰ろう」

 二人が棺から離れる。朝霧は再び一礼し、湾曲した壁に近付くと、下から二段目の金色の丸かんを掴み、収納庫を引き出した。

 夏目が台車を操作すると、モーターの駆動音と共に棺が持ち上がり、その引き出された収納庫へと格納される。そして、朝霧がその引き出しを押し込むと、棺がゆっくりと白い壁の中へ収められていく。

 収納庫が閉じると、壁にはその収納庫の隙間すら見えず、元から何も無かったかのように金色の丸かんだけが残った。

 彩葉は声を出さずに泣きながら、収納庫が閉まっていくのを眺めていた。それでも追いかけず、智也の手を握ったまま見送った。

 閉まったあともその場で動かない智也と彩葉の背後で、朝霧達は深く頭を下げた。

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