第7話
午後のチャイムが、校舎に余韻を残して鳴り響いた。
体育の授業の時間だ。
今日のメニューは自由球技──バスケットボール、バレーボール、ドッジボールなど、クラスメイトたちが思い思いに楽しむ、自由奔放な時間。
グラウンドは、女子高らしい華やかな喧騒で満ちていた。
笑い声が風に乗り、ボールの弾む音が土を叩き、汗の匂いが混じり合っていた。
スカートが翻り、髪が乱れ、少女たちの息遣いが空気を熱く染めていた。
「よし、バスケやるかー!」
「私、バレー!」
「ドッジ、誰かやろー!」
そんな声が飛び交う中、ゆうは少し遅れてグラウンドに足を踏み入れた。
白銀の髪を軽く揺らし、赤い瞳を輝かせて、周囲を見回した。
──みんな、楽しそうだ。僕も、参加してみよう……。
心の中で呟き、まずはバスケットボールの輪に近づいた。
クラスメイトの女子たちが、ボールをパスし合い、軽やかなステップで笑い合っていた。
「ゆうくん、一緒にやろうよ!」
一人の生徒がボールを軽く投げてきた。
少年は慌ててキャッチし、胸に抱えた。
──よし、やってみよう!
彼は月兎人の軽やかな体を活かして、ドリブルを始めた。
ボールが地面を叩く音が、グラウンドに軽やかに響く。
最初は上手くいった──月では重力が違うせいか、ボールの跳ね返りが予測しやすく感じた。
「わっ、ゆうくん上手い!」
歓声が上がり、少年の頰が少し熱くなった。
──これなら、できるかも!
彼は勢いよくステップを踏み、ゴールに向かってジャンプした。
パスを狙い、クラスメイトの一人にボールを投げた──はずだった。
しかし、地球の重力は月より強い。
ボールは弧を描き、予想より早く落ち、相手の手をすり抜けて地面に転がった。
「え……?」
少年の瞳が揺れた。
そのままの勢いでドリブルを試みたが、体がバランスを崩し、足がもつれてボールが滑り落ちた。
クラスメイトの一人が追いかけようとしたが、少年は慌てて拾おうとして転倒。
土埃が舞い上がり、ボールはフェンスの外へ転がっていった。
「ご、ごめんなさいっ……!」
彼は立ち上がり、土を払いながら頭を下げた。
クラスメイトたちは一瞬静まり、すぐに笑いが広がった。
「大丈夫だよ、ゆうくん! 慣れるまで練習しよう!」
「次はパス、僕が投げるよ!」
そんな声が飛ぶ中、少年の耳は熱く、胸の奥がチクチクと痛んだ。
──失敗した……。でも、次は……。
気を取り直し、今度はドッジボールの輪に加わった。
ボールが高速で飛んでくる──月では軽やかだった軌道が、ここでは重く予測不能。
避けようとジャンプした瞬間、ボールが予想外の角度で腹に直撃。
「うっ……!」
息が詰まり、転がるボールに足を取られて尻餅をついた。
「ゆうくん、平気!? 次がんばろ!」
クラスメイトの心配げな声に、少年は笑顔で立ち上がったが、心の中でため息が漏れた。
──また……。重力が、僕を邪魔する……。
さらにバレーボールの輪へ移り、軽やかにスパイクを狙った。
ネットを越えるはずのボールが、重力に引きずられてネットに絡まり、落下。
「ええっ……!」
コートに転がるボールを見て、少年の肩が落ちた。
──みんな、楽しそうに飛ばしてるのに……僕のボールだけ、言うことを聞かない……。
頭ではわかっていた──ボールの軌道が速く、予測しにくい。
でも、体が追いつかない。
月では軽やかに跳ねるボールが、ここでは重く、意地悪く跳ね返る。
三つとも失敗続きで、少年の胸に小さな影が落ちた。
少年は笑顔を保ちながら、そっと輪から抜け出した。
グラウンドの陰──フェンス際のベンチ裏──に体育座りで身を寄せ、膝を抱え、瞳を地面に落とした。
──みんな、楽しそうだった。僕も、もっと上手くできたらな……。
土の匂いが鼻をくすぐり、遠くの笑い声が耳に刺さった。
地球の重力下での物体の挙動変化──頭ではわかっていたのに、体が追いつかなかった。
小さなため息が、風に溶けた。
そこに、足音が近づいた。
汗で濡れた陸上部のランニングウェア──タンクトップと短パンが体にぴったりと張り付き、動きに合わせて布地が揺れる──みおが、息を弾ませてしゃがみ込んだ。
「どうした、少年。元気ないじゃないか」
彼女の声はいつものように明るく、でも気遣うような柔らかさがあった。
少年は、顔を上げてぷくっと頰を膨らませた。
「少年って……同じクラスじゃないですか」
声に少し甘えが混じった。
みおは、へらっと笑って頭を掻いた。
「すまないすまない。ゆうの顔、なんか守りたくなるんだよなぁ」
そう言い、隣にしゃがみ込んで少年の目線に合わせた。
「それで、どうしたゆう? 球技、やらないのか?」
少年は目を逸らし、フェンスの向こうの青空を眺めた。
「みんなとやってみたんですけど……どうにもうまくいかなくて。月だとボールなんてあんなに自由に飛んだり跳ねたりしないんです」
声が小さくなり、肩が少し落ちた。
みおはふむと頷き、グラウンドを眺めた。
「そうか。実は俺も球技苦手なんだ。だから今日はずっとグラウンド走ってたよ。何でも得意である必要はないぞ、ゆう。勉強ができる分、俺からしたらうらやましい限りだよ」
少年はぱっと顔を上げ、みおの笑顔を見つめた。
みおの眼差しに純粋な励ましが映る──うらやましい、だって。
胸の奥が温かくなった。
「走るのは……ちょっと、好きかもしれません」
みおの顔がぱっと輝いた。
「そうか! じゃあ、勝負しようぜ!」
そう言い少年の腕をぐいっと引き、グラウンドの陰から連れ出した。
彼の体がみおの力強い手に引っ張られ、思わずついていった。
グラウンドの中央で二人が並んだ。
クラスメイトたちの視線が次第に集まり始めた。
ボールが止まり、笑い声が途切れた。
好奇のささやきが広がった。
「王子様とみお、何するの?」
「きゃー王子様二人で、何しちゃうのっ!?」
あかりはバスケの輪から離れ、腕を組んで近づいた。
「何してんのよ、二人とも。授業中よ?」
みおはてへっと舌を出して笑った。
「ちょっとした勝負だよ、あかり」
先生がスターターピストルを掲げた。
茶髪のショートカットが風に軽く揺れる、体育の先生──三十代半ばの女性、風間まお(かざま まお)先生──は、タンクトップとショートパンツの動きやすい服装でグラウンドに立っていた。
タンクトップの生地が肩から胸元にかけての豊かな起伏を自然に包み込み、汗ばんだ肌をほのかに透けさせ、ショートパンツが引き締まった太ももと力強いヒップラインを際立たせ、彼女の活力あふれる体躯を強調していた。
日焼けした肌が健康的な輝きを放ち、口元にいつもの爽やかな笑みを浮かべ、ピストルを握る手が確かな自信を物語っていた。
「よし、じゃあ合図出すぞー」
先生の声がグラウンドに響き渡り、クラスメイトたちの視線が一気に二人のスタートラインに集まった。




