第37話
時間が経ち、旅館の豪華ランチとなった。
広々とした座敷の中央に据えられた低い膳の上には、旅館の職人が心を込めて盛り付けた料理が並んでいた。
新鮮な刺身の盛り合わせは、赤身の赤みが鮮やかで、透き通った白身の魚が薄いピンクの光沢を帯び、鯛の薄切りが花のように重なる。
季節の天ぷらは、海老の尻尾がカリッと黄金色に揚がり、かぼちゃの甘みがほのかに香り、蓮根の穴が空洞に湯気を溜め、全体を覆う衣のサクサクとした食感が視覚からでも伝わってくるようだった。
サラダは、色とりどりの葉物野菜が山盛りで、トマトの赤とキュウリの緑が鮮やかに対比し、ナッツの散らばった粒がアクセントとなり、ドレッシングの柑橘の香りが部屋全体に広がっていた。
みんなで膳を囲み、箸の音と笑い声が座敷を温かく満たした。
畳の上で正座する膝の感触が心地よく、障子越しの光が料理の色を照らし、遠くの庭園から聞こえる風のささやきが、まるでこの時間が永遠に続くかのような錯覚を与えた。
みおが天ぷらを箸でつまみ、衣の端を軽く崩しながら豪快に頰張った。
海老のプリプリとした弾力が口の中で弾け、熱々の油の余韻が舌を刺激する。
「この天ぷら、ジューシーすぎるぞ! 海老の身がふわっと広がって、衣のサクサクが止まらない! 旅館の天ぷらって、こんなに軽いんだな……もう一皿貰ってもいいかな!?」
彼女の声が明るく弾け、箸を伸ばす仕草がみんなの食欲を誘った。
ゆいは隣でひよりの皿に刺身を一枚乗せ、薄い醤油の皿に軽く浸すと、ひよりの箸に導いた。
刺身の新鮮な甘みが魚の繊維に染み、口に含むと海の潮の風味が広がる。
「ふふ、ひよりちゃん、もっと食べて。鯛の刺身、ぷりぷりしていておいしいわよ。……ほら、あーんして?」
ゆいはひよりの頰を軽く触れながら、茶碗を口元に近づけた。
ひよりは眼鏡の奥の瞳を少し潤ませ、恥ずかしげに口を開けると、刺身の冷たい感触とゆいの視線に、心が少し溶けた。
「わ、おいしい……!」
頰を少し膨らませて笑う姿が可愛らしく、みんなの視線を集めた。
りんはサラダをフォークで丁寧に巻き取り、葉物のシャキシャキとした歯応えとドレッシングの酸味を味わいながら、ゆっくりと頷いた。
ナッツの香ばしさが口の中に残り、野菜の新鮮な緑の味が体を軽くする。
「味のバランス、完璧ね……このドレッシングの酸味が野菜の甘みを引き立ててる。蓮根の天ぷらも、土の香りが残ってて面白いわ。旅館の料理って、こんなに繊細なんだ……」
彼女の言葉はクールだが、瞳に満足の光が宿り、箸の動きが少し速くなった。
ゆうは自分の皿からサラダを少し取り分け、みんなの膳に乗せていった。
葉物の緑が皿に映え、ナッツの粒が転がる様子が食欲をそそる。
「あかりさん、こっちのサラダも……レタスのシャキシャキがいいですよ。トマトの酸味がアクセントになって、疲れが飛ぶみたいです」
少年の声は穏やかで、取り分ける手つきが丁寧だった。
あかりは箸を伸ばし、サラダを一口含むと、野菜の瑞々しい汁気が口に広がり、柑橘の爽やかさが体を軽くした。
「……ありがとう。意外とこれ、クセになるわね……」
頰を少し緩め、箸の先で葉物を軽く突きながら、ゆうに視線を返した。
少年の笑顔が炎のように温かく、あかりの胸を少し熱くした。
ランチの余韻は、満足の溜息と軽いおしゃべりで部屋を満たした。
膳を片付ける音が静かに響き、みんなの頰に少し眠気が浮かんだ。
ランチ後、みんなでベッドに転がった。
裾を気にしつつ体を投げ出し、伸びをした。
畳の香りが鼻をくすぐり、障子越しの光が部屋を照らし、遠くの庭園から聞こえる葉ずれの音が心地よい音楽のように流れていた。
昼食の温かさが体に残り、満足感がまぶたを重くした。
みおは天井を仰ぎ、両手を広げて大きく体を伸ばした。
袖が軽くずれ、腹筋のラインがほのかに浮かぶ。
「腹いっぱいだー! 天ぷらの余韻がまだ口に残ってるぜ……旅館の食事って、こんなに体が満足するんだな。ちょっと眠くなってきたぜ……」
彼女の声に眠気が混じり、ベッドに体を沈めて目を細めた。
ゆいは隣で枕を抱え、栗毛のヘアを軽く指で梳きながら、穏やかな溜息を漏らした。
帯が少し緩み、優しい曲線がシーツに沈む。
「ふう、幸せ……。みんなとこうしてのんびりするの、いいわね。この静けさが心地いいわ……お昼寝なんて、子供みたいで楽しい」
彼女の言葉にみんなの肩の力が抜けた。
りんはベッドの端に体を横たえ、銀髪を畳に広げ、指先で天井の梁をなぞるように視線を巡らせた。
裾が軽く乱れ、細身の脚が曲がる。
「この感触、いいわ……少し湿っぽいけど、それがまた落ち着くのよね。外の風の音も、絵のインスピレーションになりそう……」
クールな声に、珍しくリラックスした響きが混じり、目を閉じて静かに息を吐いた。
ひよりはベッドに丸くなり、おさげを枕に押しつけ、眼鏡を外して額に軽く乗せた。
浴衣が少し緩み、柔らかな膨らみがマットレスに沈む。
「ふわふわ……雲みたい……お腹いっぱいで、動きたくないです……みんなの声が、子守唄みたいで……」
小さな声が眠気に溶け、頰が少しピンクに染まった。
ゆうはベッドの端に座り、みんなの寝顔を巡らせた。
袖を膝に置き、瞳に穏やかな喜びが浮かんだ。
「みんな楽しんでくれて……よかった」
独り言のように呟き、窓辺の障子に視線を移した。
外の木々が風に揺れる影が、部屋に模様を描き、少年の心を静かに満たした。
お昼寝の誘惑に負け、みんなはまぶたを閉じた。
部屋にゆったりとした息遣いが広がり、遠くの鳥のさえずりが障子越しに聞こえた。
ゆうの隣であかりの袖が軽く触れ、皆の寝息が小さく響いた。
あかりの息が少年の肩に当たり、彼は微笑みながら目を閉じた。
時間が溶けていった──昼寝の静けさが、みんなの絆を深め、穏やかな午後を彩った。
やがて夕暮れの気配が部屋を包み、あかりは最初に目を覚ました。
山の稜線が橙色の空に溶け込んでいた。
「……もう夕方……寝すぎたわね」
みんなを起こした。
「あらあら、いい夢見たわ……」
ゆいが栗毛のヘアを整えた。
「うーん! お昼寝なんて久々だったなぁ!」
みおが短髪を掻いた。
「……こんなにぐっすり眠れたの久しぶり」
りんが銀髪を耳にかけた。
「わっ、寝ちゃってました……」
ひよりは眼鏡をかけ直し、おさげを結び直した。
ゆうは瞳をぱちくりと開いた。
「みんな……いい午後でしたね!」
そんな中ラビが入ってきた。
「皆様こちらの旅館には温泉がありますので……是非ご利用くださいませ」
みおの目が輝いた。
「温泉!? マジかよ!」
拳を握って帯を直した。
「お肌ツルツルになっちゃうわね……!」
ゆいがニコニコと笑った。
「温泉……大好きなんです! わ、楽しみ……!」
ひよりが興奮でぴょんと跳ねた。
「誰かと入るお風呂は初めてだ……」
りんは銀髪を耳にかけた。
「温泉いいわね!」
あかりは、立ち上がった。
みんながワイワイと立ち上がり、メイドの後を追った。
温泉の入り口で男女に分かれ、男湯の暖簾がゆうを待っていたが、ラビが自然に男湯へ向かおうとした。
あかりはメイドの腕を掴んだ。
「えっなんで……!? ラビそっち男湯よ!?」
ラビは優雅に微笑んだ。
「これもお務めですので……」
「今日はこっち! 女子会よ女子会! ゆう一人で大丈夫でしょ!?」
少年は瞳を瞬かせ、袖を払って笑顔で手を振った。
「僕は一人で大丈夫だから……みんな楽しんでください! 後で合流しましょう!」
女湯の扉がみんなの笑い声とともに閉まった。
ゆうは男湯へ入り、湯に浸かりながら瞳を天井に向け、みんなの笑顔を思い浮かべた。
「花火……楽しみだなぁ」
湯気が少年の想いを包んだ。




