第38話
脱衣所の空気は湿気を帯び、木の香りと石鹸の匂いが混じり合っていた。
竹の籠が並ぶ棚があり、磨かれた鏡にみんなの姿が映った。
女子五人──あかり、みお、ゆい、りん、ひより──は浴衣を脱ぎ、互いの体を自然と見つめ合った。
旅館の穏やかさが、照れと親しみを生んでいた。
あかりは鏡の前でポニーテールを解き、髪を下ろして肩に流した。
引き締まった腰回りと健康的な脚に、浴衣の跡が残っていた。
「……みお、筋肉質で羨ましいわね。あんたの腹筋、いつも割れてない?」
視線をみおに飛ばした。
みおは胸を張り笑った。
「へへ、あかりの脚も細くて綺麗だぜ! 走ったら速そう。ゆい先輩の肌、ツルツルで羨ましいよなー」
ゆいは栗毛のヘアを解いた。
「ふふ、みおちゃんの体も逞しくて素敵よ。あかりちゃんの腰回り、しなやかで羨ましいわ……りんちゃんのお尻、綺麗に引き締まってるわね。うらやましいわぁ」
手を差し伸べ、みんなの肩を撫でるように褒めた。
りんは鏡を覗いた。
細身の体型がシャープに映った。
「……ひより……やはり破壊力抜群ね」
視線に熱が宿り、ひよりを見て微かに唇を緩めた。
ひよりは体をタオルで覆い、眼鏡を外した。
おさげを解いた髪が肩に落ちた。
「ひ、ひぃ……りんさん、見ないでください……!」
みんなの視線に耐えかね、体を縮こまらせた。
笑い声が部屋を温かく包んだ。
脱衣所から出て温泉に向かうと、巨大な露天風呂が広がった。
岩肌の湯船が湯気を立ち上らせ、その奥に広大な街が一望できた。
山の稜線が夕陽に染まり、遠くの街灯が点々と灯り始め、澄んだ空気が肺を満たした。
水の音が静かに響いた。
温泉に浸かったみんなはそれぞれに堪能した。
ひよりは湯船の縁に寄りかかり、街の景色を眺めた。
「すごーい……街が、宝石みたい……」
みおは湯をバシャバシャかき回した。
「すげー! 泳げるぜ!」
あかりが止めた。
「やめなさーい! 温泉で泳ぐなんて、非常識よ!」
ゆいは湯に肩まで浸かった。
「ふう……あったかいわぁ……」
りんは湯の温度を指で確かめた。
「肌がつやつやの方が、ゆうは嬉しいのかしら」
ラビはみんなの輪に加わり、肩まで浸かってホッと息を吐いた。
「はあ……」
メイドが空を見上げた。
澄んだ夜空に月がゆっくりと浮かび、白い月の光が湯船を銀色に染め、街の灯りが遠くに瞬いた。
その瞬間、遠くの空に兎型の巨大な花火がどんっ……という重く響く音とともに広がった。
夜の闇を切り裂くように、銀色の耳のシルエットがゆっくりと輪郭を現し、柔らかな曲線が星々の合間を浮かび上がらせた。
続いて赤い炎が花弁のように散り、金色の尾が流星の群れを思わせる勢いで降り注ぎ、青い光が涼やかな風を運ぶように揺らめいた。
空全体が一瞬で息をのむような輝きに染まり、温泉の水面を淡い虹のように彩った。
次々と打ち上がり、兎の耳がぴょんと軽やかに跳ねるたび、爆音が山の稜線を震わせ、木々が静かにざわめく音を伴って谷間に落ちていった。
湯船の縁に寄りかかるみんなの肩が、無意識に近づき合い、互いの息遣いが静かに重なり合った。
みおの声が、興奮に満ちて弾けた。
「すげー、兎型! ゆうのイメージそのまんまじゃん!」
ゆいは湯に肩まで浸かり、囁くように言った。
「あらあら、綺麗……。心が洗われるみたいだわ」
りんは湯船の岩に肘を預け、銀髪の先が水面に軽く触れ、静かに分析するように呟いた。
「光の軌跡、芸術的……。あの弧の曲線と爆発の瞬間、まるで一枚の絵画が動いてるみたい。色が混ざる瞬間のグラデーションが、完璧だわ」
ひよりは湯の縁にしがみつき、眼鏡のレンズに花火の光が反射してきらめくのを、息を潜めて見つめた。
「わ、わー……! こんなに近くで、こんなにたくさん……兎さんが空に飛んでるみたい……!」
あかりは湯に浸かったまま、腕を組んで空を見上げ、口元に微かな笑みを浮かべた。
「ゆうの奴、派手ね……。こんなに本気出しちゃって……」
花火の雨が温泉を夢のような空間に変え、夜空が無限のキャンバスに変わった瞬間、ラビは目を細め、体をゆっくり起こして立ち上がった。
湯の滴が彼女の肩を滑り落ち、静かにみんなの輪を眺めた。
改まった声で告げた。
「皆様……ゆう様とパートナーを組んでいただき、本当にありがとうございます」
青い瞳に感謝の光が宿り、湯気のヴェールがメイドの頰を濡らした。
あかりは湯船の縁に肘をかけ、返した。
「何よ、改まっちゃって……」
瞳の奥に優しさが滲んだ。
みおは笑った。
「初めは驚いたけど、俺たちはもうゆうのこと大好きなんだぜ! パートナーだろうが友達だろうが……ゆうがいれば毎日楽しいよな!」
ゆいの微笑。
りんの瞳の輝き。
ひよりの温かな視線。
温泉の湯気が五人の絆を繋いだ。
ラビは深く頭を下げ、声が少し震えた。
「あまり多くのことは語れませんが……ゆう様はお寂しい方なのです。地球に送られてくる月兎人は基本的に小柄で、月で婚約者が見つからず送られてくるケースが多いのです。ご両親の顔も見たことが無い方も多く……このようなこと、今話すべきではないのかもしれませんが、何卒ゆう様に変わらぬ愛をお願い申し上げます」
あかりはメイドの頭をぽんと叩いた。
「だから私たちはゆうが王子様とか関係なく……もうあの子のこと好きだって言ってるのよ。初めはこんなの不倫だーっとか思ってはいたけど……みんなとこうやって過ごせるってのもなかなかできることじゃないし。それにみんなのことも大事にしてくれるでしょ? 私はあいつが裏切らない限り変な目で見ることはもうないわよ。みんなもそうなんじゃない?」
その言葉は、五人の胸に温かな波紋を広げた。
誰もが一瞬、息を潜め、湯の表面に浮かぶ自分の顔を見つめた──そこには、ゆうへの想いが、湯の熱さのようにじんわりと染み込んだ表情が映っていた。
みおは湯船の縁に肘をかけた。
「当たり前だぜ! ゆうの奴、俺の走りを本気で超えてきてくれた時から、もう目が離せなくなっちまったよ。負けた悔しさより、なんか……胸が熱くなってさ。みんなで守ってやりてえって思うんだ。ゆうが笑ってくれりゃ、それで俺は満足だぜ!」
ゆいは優しい笑みを深めた。
「あらあら、もちろんよ……ゆうくんのあの純粋な瞳を見ていると、私まで子供に戻ったみたいに、胸がきゅんとするの。みんなで支え合って、ゆうくんの笑顔を守るのが、私の幸せだわ」
りんは湯船の岩に背を預けた。
「ええ……ゆうのためなら。ゆうのあの無垢な姿を描くたび、私の心も少しずつ溶けていくのを感じる。みんなで彼を守る──それが、私の心のキャンバス。ゆうの笑顔が、私の最高のインスピレーションだから……絶対に、失いたくない」
ひよりは湯船の浅い縁に体を縮こまらせた。
「ゆうくん……大好きです……! ゆうくんと出会って、私、初めてみんなの輪に入れたんです。怖いことばっかりだったけど、ゆうくんの笑顔を見ると、胸が温かくなって……みんなで一緒にいられるこの時間が、私の宝物です。ゆうくんのためなら、……がんばります!」
みんなの言葉が、温泉の湯面を静かな波紋で満たした。
五人の視線が交錯し、互いの頰に浮かぶ赤み、瞳の輝き──すべてが、ゆうへの想いを共有する絆を深く刻み込んだ。
ラビの瞳がゆっくりと潤み、頰を伝う一筋の涙が湯に落ちて小さな泡を立てた。
彼女の指先が無意識に湯の表面を撫で、声が少し震えながらも、深く頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
青い瞳から一筋の涙が零れた。
その時、湯気の奥から人影が現れた。
「こっちの方が見やすいなー……」
その声の主はゆうだった。
あかりが叫んだ。
「ゆう!? なんで……!?」
みんなの視線が少年に集中し、頰が一斉に赤くなった。
ゆうは振り向いてしまい、瞳が見開かれた。
「えっあっラビっあのっえっと……何も見てないから! そのあの! 花火が見やすい所に来ようと思って、いつの間にかこっちに繋がってて……!」
赤面して顔を覆い、慌てて元の場所に戻ろうとした。
ラビは赤面し、湯船に浸かって頰を赤く染め隠れるように縮こまった。
「ゆ、ゆう様……! お目汚しを……失礼いたしました!」
折れ耳がぴたりと伏せ、青い瞳を伏せて湯気に顔を埋めた。
少年が赤面しながら答えた。
「ラビ……あの……何も見えてないから……大丈夫だから」
あかりはため息をついた。
「はぁ……花火の間だけ、こっちにいて良いわよ……バカ!」
「いえ、その……悪いので……!」
ゆうは後ずさった。
みおが湯船から手を振った。
「どうせ結婚するんだから、遅かれ早かれだよ! それに、こっちはゆうのは全部見ちゃってるしな!」
だがみお自身も少し赤面した。
ゆいが手を招いた。
「こっちにいらっしゃい、ゆうくん……みんなで花火見ましょう?」
声に優しい響きがあった。
少年は湯船に近づいてみんなに挟まれ座った。
湯気が六人を包んだ。
ゆうの瞳が花火の光を映し、次々と上がる兎型の巨大花火が夜空に広がった。
銀耳のシルエットが星のように輝き、赤と金と青の尾が山を照らした。
爆音が響き、湯船の水面に波紋が広がった。
花火の色がみんなの顔を染めた──あかりの瞳に赤が映り、みおの笑顔に金が輝き、ゆいの微笑に青が溶け、りんの視線に銀が宿り、ひよりの瞳に星が散った。
月がそれを見守った。
あかりは湯に肩まで浸かり、ゆうをチラリと見て呟いた。
「あんた……温泉でも変身はしないのね」
花火の光が少年の瞳に星を散らした。
みんなの笑い声が夜の山に溶けていった。
五人と一人の絆が温泉の湯のように温かく、永遠に続いた。




