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うさぎ君は口寂しい  作者: 川合 佑樹


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35/38

第35話

 曲が終わると、静寂が空間を包んだ。

 炎の前で、二人は見つめ合った。

 少年が告げた。

「あかりさん、僕のパートナーになってください」

 あかりはもう目を背けなかった。

「……はい」

 二人は口づけを……

 あかりがみおの頭に軽くチョップを入れた。

「勝手に脚色するなーっ! バカ、何よそのベタなラブロマンス! 私、そんな乙女チックに頰赤らめて『はい』なんて、言わないわよ!」

 顔を真っ赤に染め、拳を握りしめた。

 みおは笑いながら頭を押さえた。

「いてっ! 事実だろー!」

 ゆいはくすくすと笑った。

「ふふふ……続きが気になるわ」

 りんは呟いた。

「……そういう絵も、描いてみようかな」

 ひよりは興奮気味に伝えた。

「で、でも……お二人のダンス、とても良かったです……」

 ラビはみんなの輪を眺めながら尋ねた。

「それで……告白はお受けになったのですか?」

 ゆうは真剣な顔で立ち上がり、瞳をあかりに向けた。

「あかりさんが、今日みんなの前で伝えたいそうなので……」

 みんなの視線があかりに集まった。

 部室の空気が甘く張り詰めた。

 あかりは視線を床に落とした。

「なんか……二人っきりでそういう感じになるのが、なんか申し訳なかったの! みんながゆうのこと大好きで……私だけ特別扱いみたいで居心地悪くて……! ゆうの想い、ちゃんと受け止めるけど……みんなの前でちゃんと伝えたいのよ!」

 声が少し上ずり、頰の赤みが夕陽に溶けた。

 ツンとした仮面の下で心のざわめきがみんなに伝わった。

 みおはラビに視線を移した。

「でも二人でダンスを踊ったらパートナー成立なんじゃないの? 昨日の夜、ラビが言ってたじゃん──ダンスが告白の証だって」

 メイドは優雅に頷き、青い瞳を穏やかにした。

「我々の伝統ではそうなります。ただ初めに申し上げた通り強制は致しません……ですが、それでも告白を受けたことにしておいた方が──、自分からとか怖いわ、フラれちゃったらどうしよう、みんなの目もあるし恋愛経験とか無いし仕方がないじゃない──という方のための最終手段となっております」

「なるほど……」

 みおは頷いてあかりの方をじっと見つめた。

 瞳にからかうような優しさが光った。

「何よ、その目……!」

 ゆうは立ち上がり──あかりの前に手を差し伸べ、瞳をまっすぐに、彼女だけを映した。

 穏やかで誠実な声で。

「あかりさん……また僕と踊って頂けますか?」

 手のひらの温もりがあかりの指先に伝わり、部室の空気が甘く静まった。

「はうあう……」

 あかりは口を震わせた。

 みんなの視線が熱く集まった。

 みおのニヤニヤ、ゆいの微笑、りんの観察、ひよりの期待──

 ゆっくりと手を持ち上げ──、諦めたように少年の手のひらに重ねた。

「……あんたの想い、受け止めてあげるわよ……バカ王子」

 ゆうの瞳がぱっと輝き、喜びに満ちた笑みが広がった。

 まるで満月の光が彼の赤い瞳を宝石のように照らすかのように、純粋で熱い喜びが溢れ出し、胸の奥から熱い波が一気に広がった。

 あかりの言葉が、少年の心の扉を優しく、しかし力強く開き放った瞬間だった。

 ゆうは衝動的に立ち上がり、あかりの肩をそっと引き寄せた。

「あかりさん……!」

 腕が彼女の背中を包み込むように回り、あかりを撫でる。

 少年の体躯が彼女の体に密着し、互いの体温が布越しにじんわりと染み渡る──あかりの心臓の鼓動が、ゆうに直接伝わり、彼の息遣いが彼女の耳元で熱く震えた。

「……あかりさん……本当……?」

 声が掠れ、少年の鼻先があかりの首筋にゆっくりと近づいた。

 まず、ほのかに漂うシャンプーの香りが、ゆうの鼻腔を満たす──それは、春の桜の花びらが雨に濡れて放つような、甘酸っぱい匂い。

 少し汗ばんだあかりの肌から立ち上る、塩気の効いた温かな湿り気が加わり、少年の月兎人の敏感な感覚を刺激する。

 ゆうの鼻が、彼女の首筋に軽く触れ、深く息を吸い込んだ。

 息遣いがあかりの肌を撫でるように熱く触れ、少年の唇が無意識にわずかに開き、温かな吐息が彼女の鎖骨をくすぐる。

 ゆうの体が微かに震え、耳の先がピリピリと熱くなり、月兎人の本能が本能的に反応する──この匂いは、少年にとってあかりの「すべて」だった。

 甘く、熱く、守りたくなるような、魂を溶かすような香り。

「……あかりさん……あかりさんの匂い……こんなに、甘くて……温かくて……大好きです……これから、ずっと……ずっと、そばにいさせてください……」

 少年の声が低く震え、鼻をさらに深く寄せ、首筋から鎖骨へ、ゆっくりと線を描くように嗅ぎ続けた。

「やったー!」

 周りの皆が喜んだ。

 みおが豪快な手拍子をした。

「あかり! ゆう! おめでとう!」

 ゆいが目の端に涙をためた。

「うんうん。よかったわね」

 りんが拍手した。

「やったな。ゆう」

 ひよりが両目から涙をあふれさせた。

「えっぐえっぐ……よかった……よかったです」

 はやし立てが部室に響いた。

「良いぞ良いぞー!」

 あかりはあわあわと体を固くした。

 ゆうの息遣いが首筋をくすぐり、熱い吐息が肌を溶かすように熱く、胸の奥で痺れが広がる──この匂い嗅ぎの儀式が、こんなに親密で、こんなに心を乱すものだとは思わなかった。

 みんなの視線が熱く注がれ、頰が爆発的に赤くなり、少年の腕の中で体が熱く震えた。

「ちょ、ちょっと、みんな! 見ないでよ……! ゆう、離しなさいよ、匂い嗅ぎすぎ……!」

 そんな中、ひよりが涙を拭い体を少し伸ばした。

 眼鏡の奥の瞳を輝かせ、両手でガッツポーズをした。

「あかりさんも嗅いであげてください……! それでパートナー成立ですよ! ゆうくん待ってると思います……!」

 あかりはゆうの頭を見下ろした。

 一生懸命に嗅ぐ姿、強い想いが伝わる瞳──少年の髪が頰に触れ、瞳が上目遣いに彼女を映す。

 その純粋で熱い視線に、あかりの胸がきゅっと締めつけられ、赤面する顔を抑え──覚悟を決め少年を抱きしめ返した。

 腕がゆうの背中を強く包み、彼の体躯があかりの胸に密着する。

 少年の心臓の鼓動が布越しに直接伝わり、彼女の息遣いがゆうの首筋に熱く触れた。

「……ゆうのバカ」

 あかりの鼻が少年の首筋にゆっくりと近づき、深く息を吸い込んだ。

「……好きよ……ゆう」

 息が熱く乱れ、あかりの腕の力が少し強くなり、少年の体をより深く抱き寄せる。

 ゆうの心臓の鼓動が速くなり、彼女の胸に直接伝わり、二人のリズムが同期するように加速していく──あかりの黒い瞳が彼の髪に落ち、互いの体温が布地を越えて溶け合うような、密着感が広がった。

 あかりの手がゆうの背中を滑り──少年は「ひゃうんっ!」と可愛らしい声を上げ、ぽわんっと可愛い音で兎化した。

 彼女の腕の中で縮こまった。

「あーあ……」

 みおが肩を落とした。

 みんなの視線があかりに集まった。

 部室が、一瞬静まった。

 そしてみおの掛け声でキスコールが爆発した。

「きーす! きーす! あかり、早くー!」

 ゆいが両頬に手を当てた。

「ふふ、あかりちゃん。きーす、きーす」

 りんが微笑んだ。

「ふふ……きーす、きーす」

 ひよりは手で両眼を隠した。

「きゃー! きーす! きーす!」

 手芸部の部室はキスコールで埋め尽くされた。

「あーもー……!」

 あかりはゆうを持ち上げ、顔を真っ赤に染めた。

 意を決してキスをした──唇が兎の口先に優しく触れた。

 白い光がふわりと広がり、少年が元の姿に戻った。

 あかりの腕の中で息を弾ませた。

 瞳を恥ずかしげに伏せ、互いの余韻に浸った。

 どこかバツ悪そうにつぶやいた。

「あかりさん……あの、あまり見ないで下さい……」

 あかりの目線がゆうの下に落ちた。

「あんたはまた……! こんな状況で……!」

 声が上ずった。

 みんなの視線に耐えかね、少年の胸を軽く叩いた。

 だがその手は、頰の赤みが夕陽のように温かかった。

 部室の笑い声が響いた。

 五人の絆がキスの余韻に溶けた。


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