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うさぎ君は口寂しい  作者: 川合 佑樹


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第34話

 文化祭の夜が訪れた。

 校庭の中央に巨大なキャンプファイヤーが赤々と燃え上がり、オレンジの炎が空を舐めるように揺らめいていた。

 周囲を囲む生徒たちはフォークダンスの軽やかなメロディに合わせて輪になり、ゆったりと手を繋いでステップを踏んだ。

 星空の下だった。

 炎の熱気が頰を焼き、笑い声と拍手が混じり合い、遠くのステージの余韻がまだ空気に溶けていた。

 夏の終わりのような甘く切ない夜風がみんなの髪を撫でた。

 女子高の生徒たちが制服のスカートをひらひらさせ、輪になって回る姿はまるで炎の精霊たちの舞踏会で、文化祭のフィナーレを華やかに飾っていた。

 そんな輪の少し外れで、ベンチに腰を下ろしたゆうとあかりは並んで座り、炎の揺らめきを静かに眺めていた。

 少年の燕尾服が火の光に黒く輝いた。

 あかりは炎を見つめながら、ぽつりと呟いた。

「ゆう、あんた……あのステージ、いつから考えていたの? 歌もダンスもプロ並みだったじゃない……」

 ゆうは目を穏やかに伏せ、炎の向こうの星を追いかけるように少し照れくさげに微笑んだ。

「あの……それは秘密です。あかりさんにカッコいいところを見せたかったんです……」

「そう……まあ、似合ってたわよ。結構……カッコ良かったと思う」

 言葉の端に甘さが混じり、頰が炎の熱で少し赤くなった。

 少年はあかりの手元に視線を落とし、瞳を上げて立ち上がり、袖を軽く払った。

 優雅に片膝を折り、彼女の前に手を差し伸べた。

 手が火の光に輝き、裾が夜風に広がった。

「あかりさん……一緒に踊りませんか? 炎の前で僕とこの夜を特別なものにしましょう。あなたの手を取ることをお許しいただけますか?」

 声は低く穏やかで、瞳に宿る熱が誠実さを湛え、手のひらの温もりがあかりの指先に伝わるように洗練され、胸を打った。

 あかりの心臓がドクンと鳴り、その姿にドキッと息を飲んだ。

「ゆ、ゆう……あんた、そんな……カッコつけて……」

 視線を逸らし、頰が炎の赤さを超えて熱くなったが、少年の差し伸べられた手を見つめ、息を吐いた。

「私、踊り苦手なのよね……ステップ踏み外したら笑われちゃうわよ」

 ゆうの肩が少ししょんぼりと落ち、瞳が炎の揺らめきに合わせて寂しげに伏せられた。

「そうですか……」

 手を引く仕草が止まった。

 その純粋な落胆があかりの胸をきゅっと締めつけ、彼女はその姿を見て心の中であーもー! と叫び、ため息を吐いた。

 ゆっくりと立ち上がり、少年の手を取った。

「……そうね。もしあんたとのダンスが楽しかったら、告白受けてもいいわよ」

 声に照れを混ぜ、指先を彼の手に絡めた。

 炎の光が二人の影を長く伸ばし、ゆうの瞳が火花を散らすように輝いた。

「あかりさん……! 本当に? 僕と、踊りたいと思ってくれるんですか?」

 喜びに震え、手を握り返した。

「ゆうとなら楽しそうだからよ。ほら、早く行きましょうよ!」

 炎の前に立ち、二人は少年があかりの腰に手を回し、彼女の手を肩に導いて、ゆったりとしたワルツのステップを踏み始めた。

 曲のメロディがゆったりと流れ、ゆうのリードがあかりの足取りを導いた。

 炎の熱気が二人の頰を焼き、ステップが重なり息遣いが混じった。

 あかりのツンとした笑みが徐々に溶け、少年の瞳が彼女だけを映した。

「あかりさん……楽しいですか?」

 ゆうの声が低く響いた。

 あかりは唇が震え、呟いた。

「……まあ、悪くないわよ」

 二人の影が炎に踊るように揺れた。

 その様子を遠くのベンチから眺めていた五人──ラビ、みお、ゆい、りん、ひより。

 メイドは双眼鏡を手に青い瞳を細め、二人のステップを追った。

 少年の優雅なリードとあかりの照れ隠しの微笑だった。

 ラビの唇が微かに弧を描き、ガッツポーズを決めた。

「ゆう様、あかり様……パートナー成立です!」

 メイド服の袖で涙を拭い、忠誠の胸に温かな喜びが広がった。

 みおが口を開いた。

「あれ? 匂い嗅がないとダメなんじゃないの?」

 ラビは双眼鏡を下ろし、説明した。

「一緒にダンスを踊るのは月兎人の伝統ある相思相愛の告白の証……つまりダンスを踊った時点で、告白しまくっているのと同義なのです」

 りんは瞳を細めた。

「じゃあ、あの舞台の歌とダンスは……?」

 メイドは頷き、青い瞳に微かな涙を溜めた。

「はい……立派な求愛行動です。ゆう様はステージで皆さまに想いを歌い、今あかり様にダンスで誓いを立てました。すべてゆう様の愛の表現なのです」

 ひよりは、きゅー……と声にならない声を上げ、体がぐらりと傾いた。

「ひ、ひぃ……ゆうくん、そんな……私、練習であんなに踊っちゃって……!」

 体が倒れそうになり、みおが咄嗟に支えた。

「おいおい、ひより、大丈夫かよ!」

 ゆいが微笑んだ。

「……ラビちゃんもゆうくんの想いが届いて嬉しいのね」

 視線をラビに移した。

 メイドの耳がぴくりと赤く染まり、青い瞳が伏せられた。

「ラビちゃん……かわいいわね」

 ラビは頰を少し赤らめた。

 メイド服の袖で顔を隠す仕草をし、折れ耳がぴんと立った。

「ゆ、ゆう様の幸せが……私の幸せです……」

 照れを隠せなかった。

 みんなの視線に笑いが広がった。

 五人の輪が炎の向こうの二人のダンスを温かく見守り、キャンプファイヤーの炎が二人のステップを照らした。

 メロディが夜空に溶けていった。

 ゆうの瞳があかりだけを映し、彼女の笑みが炎のように輝いた。

 文化祭の夜が永遠の始まりのように幕を閉じた。


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