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うさぎ君は口寂しい  作者: 川合 佑樹


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第30話

 茶道ブースの余韻が残る中、抹茶の苦甘さが舌に染みていた。

 みおが突然拳を握り、声を上げた。

「お腹すいたなー! 屋台ブース、回ろうぜ!」

 みおの提案にみんなが頷いた。

 五人は廊下を抜け、校庭の屋台エリアへ向かった。

 文化祭の熱気が最高潮に達していた。

 たこ焼きの鉄板がジュージュー鳴り、焼きそばの香ばしい煙が立ち上り、綿菓子のふわふわした誘惑が漂っていた。

 生徒たちの笑い声と呼び込みの掛け声が青空に響き渡った。

 みおは真っ先にたこ焼き屋台に突進し、鉄板の上で転がる黄金色の玉を指さした。

「六個で! ソース多め、青のり多めで!」

 元気に注文し、熱々のたこ焼きを受け取った。

 串で一つ刺し、ふうふうと息を吹きかけた。

「熱っ……でも、うめえ! ほら、ゆう、食ってみろよ!」

 みおはたこ焼きを少年に差し出し、ゆうの執事服の袖が軽く揺れた。

 少年は串を受け取り、瞳を瞬かせた。

 一つを眺めて首を傾げた。

「たこ焼き……おいしそうだけど、月兎人は食べられないですね」

 みおは残念そうに肩を落とし、たこ焼きを一口かじった。

「そうかー……たこもダメかぁ。じゃあ、……俺にあーんってしてくれよ!」

 みおが口を開けて待ち、瞳が悪戯っぽく輝いた。

「えっと……」

 少年は頰を少し赤らめ、串をみおの口元に近づけた。

「あーん……」

 たこ焼きを入れた。

 熱々のソースが、みおの唇に少しついた。

 みおは満足げに頰張った。

「ありがとな……!」

 みおの唇は、たこ焼きの熱気を帯びたまま、少年の口元に厚く、重く、重ねられた。

 想像以上に熱く、ソースの甘酸っぱい風味が混じった湿った感触が、彼の唇を溶かすように広がった。

「この間のお返しな」

 少年の顔が一瞬で真っ赤に染まった。

「み、みおさん……! みんな、見てるのに……!」

 心臓がドクドク鳴り、執事服のズボンをいじくり回した。

 あかりはそんな二人を見てみおの頭に軽くチョップした。

「ベタなことやってんじゃないわよ」

 ツンとした声だったが、頰の赤みが少し混じった。

 ラビはすっとあかりの横に移動し、指を差した。

「アレなら、食べられます……」

 屋台のりんごあめコーナーを示し、赤く輝く飴細工を指した。

 あかりはラビを見て頷いた。

「そう……」

 りんごあめを買って串を少年に突き出した。

 瞳が期待で輝いた。

「ほら、ゆう……食べてみなさいよ。果物だから大丈夫でしょ?」

 少年は頰を緩め、口を開けてガリッと一口かじった。

 りんごのシャキシャキした食感と飴の甘さが広がった。

「甘くておいしい……! あかりさん、ありがとうございます!」

 大喜びで目を細め、あかりの視線に胸が温かくなった。

 みおはそんな二人を見てニヤニヤした。

「あれー、ベタなことしてるー!」

 あかりは顔を赤らめみおを睨んだ。

「ちっ……違うわよ! 手渡そうとしたの! ゆうが勝手に口開けただけよ!」

 慌てて串を少年の手に押しつけ、彼はりんごあめを頰張って幸せげに笑った。

 するとゆいが少年の手を包み込んだ。

「あーん……」

 串を彼の口元に近づけ、少年は口を開けてガリッと齧った。

 甘酸っぱい味が広がった。

「おいしいです……ゆいさん、ありがとう!」

 みおとあかりはそんな光景を見て口をそろえた。

「やるなぁ……」

 みおの笑いとあかりのため息が重なった。


 校舎の玄関ホールは来場者の波で賑わっていた。

 階段の踊り場にりんのブースが広がり、彼女が制服姿で立っていた。

 瞳が作品を守るように見え、少年は近寄って執事服の袖を軽く払った。

「りんさん、お疲れ様です……! 作品、楽しみにしてました」

 りんは微笑んだ。

「ありがとう、ゆう……その格好、とても似合っている。カッコいいよ」

 視線が少年の燕尾服をなで瞳を捉えた。

「えへへ……」

 ゆいが周りの絵を見た。

「きれいねー……草原の風を感じるわ。りんちゃん、素晴らしいわよ」

 エントランスの高い天井からたくさんの草原の絵が吊り下げられ、青々とした草の海が広がり、風に揺れる花々や遠くの丘のシルエットが見えた。

 その間に兎のような銀のモニュメントが優雅に浮かび、光の加減で耳がぴょんと跳ねるように見え、兎たちが生きているかのようだった。

 りんは説明した。

「空を駆ける草原のうさぎたちを想像して作ってみたの……ゆうの故郷をイメージして」

「それって……!」

 少年は瞳を見開き、天井を見上げた。

 兄弟や友達と走り回った月の風景が浮かび、兎たちの笑い声が蘇った──まさに天井に描かれているようだった。

 彼の顔が少し緩み、ほほ笑んだ。

「りんさん……ありがとうございます。僕の故郷、こんな風に……懐かしいです」

 りんはそれを見て瞳を細め微かに唇を緩めた。

「そう……作ってよかった……」

 ほほ笑んだ。

 みおがりんに近づいた。

「りん、ずっとここにいるのか?」

 りんが応えた。

「先程、この絵が売れたから……私もここを離れられるよ」

 みおの目が輝き拳を握った。

「すげー! 作品って売れるんだ! これ、いくらで売れたんだ?」

 りんはラビを見て淡々と答えた。

「五億」

 あかりとみおの視線が一斉にラビに飛んだ。

 あかりがぼやいた。

「ずるーい……!」

「五億!?」

 みおが叫んだ。

 二人は声を揃えてラビを睨んだ。

 ラビは折れ耳をぴくりと立て優雅に微笑んだだけ。

 五人の絆が作品の余韻に溶けた。

 文化祭の喧騒が遠くに響いた。


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