第29話
文化祭当日──学校は、朝から他の女子高の生徒たちも混じり、活気づいていた。
校門から玄関ホールまで出店がまるで花畑のように広がり、焼きそばの香ばしい匂いと綿菓子の誘惑が空気を満たした。
「いらっしゃいませー!」
各教室から元気な声が飛び交い、特設ステージからは軽快なポップミュージックが響き、体育館の歓声と拍手が校舎全体を震わせた。
制服姿の生徒たちが、笑顔で客を呼び込んだ。
チケットの束を握りしめた来場者たちが興奮の渦に巻き込まれた。
秋晴れの空の下、女子高の文化祭は華やかなお祭り騒ぎだった。
中でも注目を浴びていたのはゆうのクラスのメイド喫茶──「ラビラビ邸」。
ミニスカのメイド服に身を包んだクラスメイトたちがフリルのエプロンをひらひらさせ、客を迎えた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
掛け声がドアの外まで溢れ、行列ができるほどの人気だった。
初めは生徒たちが飾り付け準備をしていたはずが、途中から明らかにプロの施工業者が介入していた。
壁紙の張り替え、天井のシャンデリア風ライト、テーブルクロスの完璧な配置──本格的な英国風喫茶のように変貌を遂げていた。
入口の看板には兎耳のイラストが可愛らしく描かれ、「王子執事のスペシャルサービスあり!」の文字が来場者の好奇心をくすぐった。
あかりとみおは、クラスメイド喫茶の特別仕様のミニスカメイド服を着てお客様を案内した──短めのスカートが軽やかに動き、フリルのエプロンが腰回りの輪郭を縁取り、全体を包み込むようなシルエットを浮かび上がらせていた。
「こちらのお席へどうぞ~!」
あかりの声が少し照れくさげに響いた。
「ご注文はこれで!」
みおが元気にメニューを置いた。
でもその中でも目を引くのは執事服を着た少年だった。
燕尾服の黒が体に完璧にフィットし、白い手袋が指を優雅に覆い、蝶ネクタイが胸元で輝いた。
赤い瞳が客を穏やかに迎えた。
貴族の気品が自然と滲み出し、その姿はただ立っているだけで絵になった。
ラビが銀のトレイに紅茶のポットを運び、少年に手渡した。
「ゆう様、どうぞ……」
彼は優雅にトレイを受け取り、客席へ向かった。
英国風の完璧な所作でポットを傾け紅茶を注いだ。
「アールグレイをお持ちしました。ダージリンの上質な茶葉を使い、ベルガモットの香りを軽く効かせております。ミルクをお入れになりますか? それともレモンスライスで? スコーンはクロテッドクリームとストロベリージャムを添えております。クランチの食感とクリームのまろやかさが絶妙にマッチいたしますよ」
声は低く穏やかだった。
客の女性たちは息を呑み、ため息が漏れた。
「わあ、王子様……!」
「本物の執事みたい……!」
スマホを構える手が次々と上がった。
「写真、一緒に撮ってもいいですか!?」
女性客の一人が、興奮気味に尋ねた。
ラビがすっと間に入った。
「撮影スポットはあちらにございます。こちらの特別サービスで……ツーショット、千円でございます」
優雅な笑みを浮かべてチケットを差し出した。
この日、全ての女性客が迷わず写真を撮影したのは明白で、行列が長くなり喫茶店は大盛況だった。
少年の執事姿がクラスメイド喫茶の目玉を完璧に演出した。
その様子をカウンターから見守るみおが息を吐いた。
「ゆうはモテモテだなー……」
あかりはメニューで少年を叩いた。
「うるさいわよ……!」
視線は彼の優雅な所作に釘付けだった。
ある程度時間が経ち、交代のメンバーが現れた。
みおとゆう、あかりは担当から外れた。
「ふう……お疲れー!」
三人は彼とはぐれないように手をつなぎ、並んで歩いた。
少年の手があかりとみおの間に挟まれ、彼の瞳が嬉しげに輝いた。
その後ろからラビが控えめに付いてきて、周囲を警戒した。
みおが拳を握った。
「ゆい先輩のクラス、行ってみようぜ!」
三人は校舎を回った。
廊下は出店のカレーとたこ焼きの匂いが混じり、ステージの歌声が遠くに響いた。
先輩のクラスに着くと、そこは和のテイストで──気軽に茶道に触れるお点前体験ブースとなっていた。
障子の光が畳を照らし、茶釜の湯気が静かに立ち上った。
壁際に掛けられた掛け軸の墨絵が穏やかな風情を醸し出し、空気には抹茶の青々とした香りと炭火のほのかな煙の匂いが混じっていた。
遠くの廊下から聞こえる文化祭の喧騒がかえってこの空間の静けさを際立たせ、クラスメイトの女子たちが淡い色の着物姿で客を迎えた。
茶碗の音が控えめに響き、まるで小さな茶室の連なりだった。
来場者たちは順番を待つ列をなし、ラビは廊下で控えめに立ち、みんなを見守った。
「ゆう様……ゆい様のお点前を体験なさってくださいませ。私はここでお待ちしております」
優雅に一礼し一歩下がった。
ゆうは瞳を瞬かせ、手を振った。
「ラビ、ありがとう……後で合流しましょう!」
三人はブースへ向かった。
中央の主茶席にゆいが座っていた──淡い藤色の着物が豊満な体を包み、帯の結び目が背中で優雅に広がった。
栗毛のヘアを上品にアップにまとめ、袖口から覗く白い手首が茶筅を握る仕草に溶け込んだ。
その姿はまるで浮世絵の美人画のように美しく、着物の布地を押し上げる曲線が和を湛え、茶室全体を温かく照らした。
三人は、思わず息を呑んだ。
「わー……綺麗……」
惚け声が漏れた。
少年は近寄り、執事服の裾を軽く払いながら瞳を輝かせた。
「ゆい先輩……僕、こういうのやってみたかったんです」
ゆいは茶碗を静かに置き、彼の頭を撫でた。
「あら、ゆうくん……カッコいいわね、執事服。ふふ、もちろんよ。座って……今日はみんなもいることだし、特別に濃茶のお点前をしましょうか」
着物の袖が優雅に揺れ、少年を茶席に導いた。
みおとあかりも畳に正座した。
あかりが興味津々に茶碗を見つめた。
「ゆい先輩、茶道やってらしたんですね……」
ゆいは茶筅を手に取り穏やかに返し、袖を軽く払った。
釜の湯を茶碗に注ぐ音が静かに響いた。
「子供の頃から母親に教えて貰っていたの」
お点前が始まると、彼女の手つきは流れるように優雅で、所作が茶室を本物の茶会に変えた。
茶杓で抹茶を二杓、正確に茶碗にすくった。
「濃茶は一人分に一杓半から二杓の抹茶を使うの。こうして茶筅でゆっくり……」
茶筅が水音を立てて回り、緑の泡が細かく立ち上った。
そのリズムはまるで心臓の鼓動のように静かで力強かった。
湯を注ぎ泡を練り上げた。
「熱すぎると渋みが強く出てしまうの。だから八十度くらいの湯で……こうして泡を立てるのよ」
ゆいの声は穏やかで、説明が自然に溶け込んだ。
着物の袖が畳を滑り、帯の光沢が光を反射した。
少年は正座した膝を畳に押しつけ瞳を輝かせて見つめた。
「ゆい先輩……すごい。泡の形がまるで雲みたい……」
感激の声が少し震えた。
みおは膝を抱え目を丸くした。
「すげえ……ゆい先輩、プロじゃん」
興奮気味に身を乗り出して拳を軽く握った。
あかりは正座を崩さず視線を茶碗に固定した。
「……かっこいい」
ゆいの凛とした姿に尊敬の念が芽生え、心が少し温まった。
ゆいは茶碗を完成させ、濃厚な緑の液体が泡の冠を戴いた。
「はい、できたわ……濃茶は想いを濃くするの。一口で相手の心を感じるのよ。みんなで回し飲みしましょう──ゆうくんから、どうぞ」
茶碗を少年に渡した。
着物の帯が畳に影を落とした。
彼は茶碗を受け取り両手で持ち、一口味わった。
「……苦いけど甘い……ゆい先輩の優しさが染みてきます」
瞳を細め、茶碗を次にみおへ渡した。
みおは豪快に一口飲んだ。
「うお、濃え! でも、クセになるな……」
あかりへ渡った。
あかりはすっと一口飲んだ。
「……意外と上品な味わいなんですね」
茶碗が回りゆいの手元に戻ると、ゆいは最後に一口で飲み干した。
「ふふ、これで絆が一つ深まったわね」
茶道タイムが終わり、ゆいも交代のクラスメイトが現れると、ラビが廊下から合流した。
五人で文化祭を回ることにした。
「みんなと文化祭……最高です!」
手をつなぎ、絆が深まった。
文化祭の喧騒が遠くに聞こえる余韻のようだった。




