第28話
文化祭前日の教室は、祭りのように沸き立っていた。
机の上に広げられたコスチュームの山、壁に貼りかけのポスター、床に散らばったリボンとテープが、雑然と広がっていた。
「これ、もっと高く!」
クラスメイトたちの笑い声と掛け声が交錯し、空気を熱く震わせた。
黒板には「メイド喫茶 ラビラビ邸へようこそ!」の落書きが、誰かの手で乱雑に書かれていた。
ゆうのクラスはメイド喫茶をやる予定で、女子高らしい華やかさでフリルのエプロンとカチューシャが山積みになり、試着の悲鳴と笑いが絶えなかった。
文化祭の熱気が教室を小さな劇場に変えていた。
そんな中、少年だけは少し離れた隅で、鏡に映る自分を確かめていた。
執事服で、クラスメイド喫茶の特別仕様──彼だけにあつらえられた黒の燕尾服と白い手袋、蝶ネクタイが揃っていた。
それらが体にぴったりとフィットし、意外なほどキマっていた。
白銀の髪が後ろでまとめられ、赤い瞳が鏡に映る姿はまるで本物の貴族のようで、月兎人の王子らしい気品が自然と滲み出ていた。
「……これで、みんなを驚かせられるかな……」
その姿を隣の机から頰杖を突いて見つめていた彼女が、息を吐いた。
「ゆうって、やっぱり王子様なんだよな……パートナーになったからってわけじゃないけど、なんていうか……カッコいいなって」
短髪を軽く掻き、ユニフォームの袖をまくった。
あかりは隣でリボンを結びながら、みおを睨んだ。
「あんた、惚気るまでのギネス記録更新したんじゃないの?」
指先の作業が少し乱れた。
でもその視線は少年の執事服に釘付けだった──確かにカッコ良くはあるけど……。
頰が微かに熱くなった。
みおはへらっと笑い、あかりに顔を寄せた。
「それであかりは、いつパートナーになるんだ?」
あかりの指がぴたりと止まり、視線を逸らしてリボンを強く結び直した。
「そういうのは時間をかけて培っていくものであって……」
みおは肩をすくめ目を細めた。
「でも青春は短いぜ。あかり、気が付いたら俺たちみたいに四人五人十人百人と増えて行ったら……その時はあかりの入る隙間が無くなってることだって」
あかりは顔を少し伏せて机の木目を指でなぞった。
「そんなこと……分かってるわよ。……私だって置いてけぼりになりたくない。でも勝負とか告白とか……まだ心の準備が……」
声が小さく途切れた。
ツンとした仮面の下で胸のざわめきが広がった。
みおはくすっと笑い、提案した。
「ふーん、じゃあさ……それを勝負にしたらいいんじゃないか? ゆうは俺たちのために訓練がんばってるだろ? ゆうがあかりのことが好きなのは明らかだし……あとはあかりの問題なら。あかりがドキドキしたら勝ちってことでいいんじゃないか?」
あかりは一瞬はっと息を飲み、目を細めてみおを睨んだ。
「それ……誰の入れ知恵?」
みおはぴゅーっと口笛を吹き、目が泳いで短髪を掻きむしり、誤魔化した。
「いや、俺のオリジナルだぜ! 青春のアドバイス、みお特製!」
あかりはため息をつき、リボンを机に置いて呟いた。
「私だってこのままじゃダメだってことくらい……分かってるわよ」
少年の執事服姿をちらりと盗み見た。
その時、彼がみんなの輪に近づいてきて、燕尾服の裾を軽く払い、瞳を輝かせた。
「これどうですか? カッコいいですか? 執事、似合ってますか?」
みおはにこっと笑い、少年の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「カッコいいぞー! 王子様執事、完璧だぜ! 文化祭でゆうのパートナーがまた増えちゃうな!」
少年は嬉しげに頰を緩め、あかりに視線を移した。
「あかりさんも……どうですか?」
あかりの心臓がドクンと鳴り、あまりにも意識し過ぎて視線を合わせられなかった。
「しっ……知らないわよ、そんなの! 似合ってるかどうかなんて……!」
顔を背け、リボンを掴んで教室の外へ逃げ出した。
ドアがバタンと閉まった。
少年はぽかんとして立ち尽くし、瞳に不安の色が浮かんだ。
「どうしたんでしょう……僕は何か失敗してしまったんでしょうか? あかりさん、怒ってるのかな……?」
みおは彼の肩を抱き、笑った。
「大丈夫だよ、ゆう。あかりは今、ゆうみたいにがんばってるだけだから……」
少年はみおの体に寄りかかった。
「そうですか……でも心配です……」
その時、担任の林先生が眼鏡を光らせて教室を横切り、みおと少年のイチャイチャに気づいてため息をついた。
「ここ教室よ……もう少し控えめにね……」
みおは、へらっと手を振った。
「はいはい、先生!」
少年は慌てて頭を下げた。
「すみません……がんばります!」
先生の背中を見送り、二人は顔を見合わせてくすっと笑った。
夕陽が教室の窓から差し込み、メイド喫茶の飾りを照らした。
文化祭の前夜が熱く幕を開けた。




