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うさぎ君は口寂しい  作者: 川合 佑樹


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第24話

 ──あの日、文化祭準備の夜。

 学校のグラウンドは夜のライトが照らし、芝生の緑が青白く輝いていた。

 外の喧騒から隔絶された四人だけの空間──ゆう、みお、ゆい、ラビ。

 風が軽く制服の裾を揺らし、遠くの街灯が星のように瞬いた。

 みおが彼の腕をぐいっと引き、グラウンドに立たせた。

 みおの瞳が興奮で輝いた。

「それじゃあ勝負しようぜ! 俺の勝負内容は簡単だ! 五十メートル走で速い奴が勝ちだ!」

 ゆうは瞳をキリッと引き締め、こぶしを握った。

「はい! わかりました……全力で挑ませていただきます!」

 その決意に、ゆいがぱちぱちと手を叩いた。

「がんばってゆうくん!」

 みおがゆいに振り向いて、短髪を掻いた。

「ゆい先輩は、どうしてこちらに……?」

 ゆいは微笑みを浮かべた。

「私はゆうくんのカッコいいところが見られたら……お受けしてもいいと思っていましたので。ラビさん、そういうのでもよろしいのでしょうか?」

 ラビは頷いた。

「勝負の内容はお互いが納得していれば形式は問われません」

 ゆいはくすっと笑った。

「でしたら私はその勝負でお願いしますね。ゆうくんがんばって。カッコいいところ見せてね」

 彼は、こぶしを突き上げ、夜空に向かって誓った。

「がんばります!」

 ゆいが再びぱちぱちと手を叩いた。

 グラウンドの空気が熱を帯びた。

 ラビがマイクを握り、声を張った。

「それでは第一回、その心を掴むのは一体誰なの!? 姫! 今僕が迎えに行きます! ゆう様男を見せつけろ大会! みお様へのファーストチャレンジとなります! 勝負は五十メートル走……参ります!」

 みおは競技用の靴とユニフォームに着替え、スタートラインに立った。

 彼女の脚が地面をしっかりと捉え、爪先が芝に食い込み、呼吸を整えるたびに肩がゆっくりと上下した。

 クラウチングスタートのポーズは完璧で、膝の角度、指の位置、視線の先──すべてが長年の練習で磨かれた努力の結晶だった。

 心臓の鼓動が聞こえるような緊張感がみおの体から溢れ、夜の空気に溶け込んでいた。

 ゆうは体操着に着替え、裸足で立ち──足の裏に芝の冷たい感触を感じ、土を確かめるように爪先を曲げた。

 体を低く構え、膝を曲げ、両手を地面に軽くつき、瞳がゴールを睨んだ。

 赤い瞳が夜の闇を切り裂くように鋭く輝き、月兎人の血が静かにざわめき始めた。

 体が熱を帯び、耳の先がピリピリと疼き、地球の風を肌で感じながら、胸の奥で高鳴る鼓動を抑えきれなかった。

 お互いの本気が体から溢れ出た。

 みおの隆起した筋肉が照明に影を落とし、少年のしなやかな緊張が風前の柳のように軽やかで、しかし内側に秘めた爆発力を感じさせた。

 夜風が二人の息遣いを運び、グラウンドの空気を重く、静かに張りつめさせた。

 ラビがスターターピストルを掲げた。

 パンッ!

 乾いた音が夜のグラウンドに響き渡り、芝生の葉が軽く揺れた。

 みおのスタートは完璧で、脚が爆発的に地面を蹴り、体が矢のように飛び出した。

 地面に爪痕を残すほどの力強い初動で、五十メートル五・五秒を達成できるほどのタイミングだった。

 これまでの練習の結晶が風を切り裂き、息を吐く間もなく加速し、短髪が後ろに流れ、筋肉が隆起して汗が飛び散った。

 彼女の視界がゴールに絞られ、心の中で「勝つ!」と叫ぶ声が響いた。

 ゆうのスタートは若干遅れた──かと思われた。

 それは動物特有の究極の溜めで、脚の筋肉が一瞬膨張し、体が静止の極みに達した後、圧倒的な初動が発生した。

 地面を滑るように一歩踏み出し、みおのリードを完全に抜き去った。

 人知を超えた速さ、五十メートル二・三秒という前人未到の圧倒的スピードを叩きだした。

 風を切り裂く音が耳元で鳴り、視界が世界を切り取り、白銀の髪が後ろに流れ、息一つ乱れなかった──風が気持ちいい。みおさんの言葉通り、何も考えなくていい。ただ走った。

 少年の影がみおを置き去りにする瞬間だった。

 みおは、その洗練された速度に嫉妬を超え憧れを抱いた。

「すげえ……」

 相手の背中が遠ざかる姿に、自分の限界を超えた何かを感じ、悔しさより感嘆が胸に広がった。

 驚異の軌跡が夜のライトに残像を刻み、ゆうはゴールを切ったが、体が静止に追い付かずそのまま地面を転がった。

 芝生の感触が体を包み、転がる勢いで息が乱れ、あお向けに倒れた。

 夜空に浮かぶ月を眺め、手を突き上げた。

「はぁ……はぁ……勝った……!」

 息を漏らし、芝に広がった。

 遅れてみおが到達し、息を弾ませ、少年に近づいて手を差し伸べた。

「はぁ……はぁ……完膚なきまでに……俺の負けだ。ゆう、すげえよ」

 笑顔に純粋な敬意が光った。

 ゆうはみおの手を借りて立ち上がり、息を整え男らしい顔つきに変わった。

 瞳がみおを捉え、抱きしめた。

 鼻を寄せ、匂いを嗅ぎ始めた。

 みおの汗と土の香り、シャンプーの匂いが彼の体を包み、心の距離を縮めた。

 みおがびくりと体を固くした。

「えっなんだ……こらっ! 汗臭いから嗅いじゃだめだっ!」

 離そうとしたが、少年は微動だにせず一心不乱に嗅ぎ続けた。

 ラビとゆいが近づいてきた。

 ラビが説明した。

「そちらが月兎人の告白方法ですので……受け入れる場合は嗅ぎ返してあげてください」

 みおは目を丸くした。

「そういうことは先に言っておいてくれよ! ゆう待てって……!」

 だがゆうの真剣な瞳に生唾を飲み、覚悟を決めて少年の頭に鼻を寄せた。

 月兎人の花のような匂いがみおの鼻を満たし、心臓がドクドク鳴った。

 ラビが声を上げた。

「ゆう様! 無事パートナー成立でございます!」

 手を叩き、ゆいがぱちぱちと拍手した。

 夜のグラウンドに温かな歓声が響いた。

 彼はみおを見上げ、満面の笑顔になった。

「これからどうぞよろしくお願いいたします……みおさん!」

 みおは頰を少し赤らめ、照れ隠しに笑った。

「こういうの、初めてだから……何するか分からないけど、あまりエッチなことはダメだぞ!」

 ゆうの顔が少し赤くなった。

 みおが少年の肩を叩き、ゆいを指した。

「ほらお姫様はもう一人いるんだぜ」

 彼はゆっくり歩を進め、ゆいの前に立った。

 ゆいは両手を広げ迎えた。

「ゆうくん……カッコよかったですよ」

 ゆうはゆいの体に身をゆだね、匂いを嗅ぎ始めた。

 ゆいの花の香りと温かな体温が少年を包んだ。

 ゆいは彼の頭を撫で、鼻を寄せて嗅ぎ返した。

 互いの匂いが夜風に溶けた。

 ラビがその様子を眺めた。

 みおが小声で尋ねた。

「カップル成立じゃねえのか?」

 ラビはゆうとゆいから視線を外さず微笑んだ。

「ゆう様はみお様が五十メートル走の勝負を挑んでくることを分かっておりました。月兎人はその種族柄人間に足の速さで劣るものは一人としておりません。失礼ながらそれはみお様も体感されたと思います。でもゆう様はそれでも全力で勝とうと思ったのです……その努力はもっと褒められてもいいと私は思っています」

 みおは夜空を見上げ、さわやかな笑顔を浮かべた。

「そうか……ゆうは俺のために本気で挑んできてくれたんだな。負けたけど……嬉しいな」

 ラビが声を上げ、拍手した。

「ゆう様パートナー成立でございますわ!」

 ゆいが少年に囁いた。

「これからもよろしくね……ゆうくん」

 ゆうは、笑顔で返した。

「あっ僕が言いたかったのに……!」

 ゆいがくすっと笑った。

「あらあらごめんなさい。せっかくだからお願いしちゃおうかな」

 彼はキリッと顔を引き締めた。

「これからもよろしくお願いいたします!」

 ゆいはキスで返した。

 唇が触れ、夜のグラウンドに甘い余韻が広がった。

「あっ……!」

 みおが声を漏らした。

 ラビがニヤリと笑った。

「みお様もして差し上げればよろしいかと?」

 みおは頭を掻き、ゆうに近づいて照れくさそうに少年の唇にキスをした。

「今は……これが精いっぱいだ」


 みおがテーブルを叩き、笑った。

「……ってことで俺達二人はもうゆうとパートナーになったってわけだ!」

 あかりは顔を真っ赤に染めてテーブルをバン! と叩いた。

「ってわけだじゃないわよ! 昨日の今日じゃないの!?」

 ゆうはくすっと笑った。

 ゆいとみおの視線に包まれ、部室の空気が熱かった。

 こうして彼はパートナーを二人成立させることができた。

 手芸部室の夕陽が絆を照らした。


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