第17話
放課後のチャイムが鳴った頃、校門前はいつもと違う賑わいに包まれていた。
夕陽がアスファルトを橙色に染め、生徒たちの足音が遠ざかる中、ポップな塗装のリムジンが停まっていた。
派手なピンクと白のストライプで、車体には兎耳のイラストが飛び出し、スピーカーから可愛らしいメロディが奏で流れていた。
その前に、ラビラビランドのマスコット──ふわふわの兎姿の着ぐるみたちが、ポップな音楽に合わせて踊っていた。
「ラビラビ~、ハッピーホップ!」
掛け声が校門を通過する生徒たちの視線を集め、スマホのシャッター音がぱちぱちと響いた。
その中心に、ラビが優雅に立っていた。
「皆様、お迎えに上がりました」
彼女の声が音楽に負けず澄んで響いた。
ゆう、あかり、みおの三人は校門で合流し、その光景に足を止めた。
「え……何これ? テーマパークの宣伝?」
あかりが呟いた。
少年は手を差し出した。
「みんな、行きましょう!」
三人は誘導されるがままリムジンに乗り込み、車内はポップなクッションと兎耳のぬいぐるみで埋め尽くされ、キャンディの香りが漂っていた。
中にはすでにゆいとりんが座っており、二人ともうさ耳カチューシャを頭に付けていた。
「ふふ、みんな揃ったわね」
ゆいが手を振り、りんは無言で頷いた。
あかりとみおの目が見開かれた。
「え、ゆい先輩!? りん!? どうしてここに……!?」
あかりの声が上ずった。
「マジかよ、総出演じゃん!」
みおが興奮気味に言った。
ゆいがくすっと笑い、カチューシャを二人に手渡した。
「ふふ、ゆうくんから招待状が来て……みんなで、ね?」
りんは淡々と自分のカチューシャを直し呟いた。
「……私も、招待されたから」
だが銀髪の外はねが耳に可愛らしく絡んでいた。
少年もカチューシャを頭に付けた。
「みんな、似合いますよ!」
ラビが最後に乗り込み扉を閉め、リムジンは滑るように発車した。
車内がポップな兎の歌に変わり、みんなの笑いが弾けた。
あかりは窓の外を眺めつつ少年を睨んだ。
「まさかとは思うけど……これ、テーマパーク行く感じ?」
少年の瞳がきらきらと輝いた。
「はい! 放課後デートです! みんなと、楽しく過ごしたくて……」
車内がどよめいた。
あかりの頰が赤くなった。
「デートって……っていうかいつのまにりんまで!」
みおが拳を握った。
「おお、燃えるぜ!」
ゆいが微笑んだ。
「ふふ、ゆうくんったらロマンチックね」
りんは瞳に興味が宿った。
ラビラビランドに到着し、ゲートが華やかに開いた。
「ウェルカム、ラビラビファミリー!」
マスコットキャラたちがフルキャストでお出迎えし、兎の着ぐるみ、ウサギのプリンセス、兎耳の騎士──みんなが音楽に合わせてダンスを披露し、叫んだ。
だがパーク内は静かで、自分たちしかいない貸し切り状態の夢の国だった。
ジェットコースターのレールが空を切り、観覧車がゆっくり回り、メリーゴーランドの音楽が独り占めのように響いていた──色とりどりのライトが夕暮れにきらめき、兎の噴水が水しぶきを上げていた。
あかりはゲートをくぐり、周囲を見回した。
「貸し切りのテーマパークって……なんか、怖いわね。幽霊が出そう」
みおは拳を振り上げた。
「今日は楽しむぞー!」
笑顔がパークのポップさを引き立てた。
ゆいは瞳を輝かせた。
「こういうところ、初めてだわ……わくわくするわね」
りんは呟いた。
「……静かでいいわ。混んでない方が落ち着くから」
ゆうはみんなの前に立ち、瞳をきらきらさせた。
「今日は、みんなと放課後デートがしたくて……貸し切りにしちゃいました! 存分に楽しみましょう!」
誰よりも楽しげに兎耳カチューシャを振り、その無邪気さにみんなの胸が温かくなった。
あかりはため息をつき、少年の肩を叩いた。
「ほんとうに、ゆうはしょうがないわね……こんな大胆なデート、想像もしてなかったわ」
呆れた言葉の裏に徐々にワクワクが勝っていった。
まずは全員でラビラビコースターに乗ることにした。
巨大な兎の頭がコースターの先頭を飾る絶叫マシンで、下から見上げるとレールが空を切り裂き、急降下の角度が恐ろしかった。
「これ、乗るの……?」
あかりが呟いた。
少年は体を縮こまらせ、瞳を潤ませてコースターを見上げた。
あかりはそんな少年を見てため息をつき、手を握った。
「ったく……。ほら、さっさと行くわよ!」
少年の手を引いてコースターの横に座った。
少年はあかりの手の温もりに顔を上げ、瞳を輝かせた。
「あかりさん……ありがとうございます」
みんなが席に着き、安全バーがカチッと降りた。
金属の冷たい感触が体を固定し、少年の小さな体がシートに沈み込む。
隣のあかりの肩がわずかに触れ、みおの興奮した息遣いが後ろから聞こえ、ゆいの穏やかな笑い声が前から響いた。
りんは無言でシートに体を預け、瞳を細めてレールを睨んでいる。
スタートの合図でコースターがゆっくり上昇し、少年の心臓がドクドク鳴った。
ガタガタというレールの音が体に響き、空気が徐々に冷たく変わっていく。
少年はあかりの手をぎゅっと握り返し、動き出す瞬間も離さなかった。
あかりの指が少し震えているのが伝わり、少年は思わず微笑んだ──あかりさんも、怖いんだ……一緒にがんばろう。
ラビラビコースターは最高速度時速二百五十キロメートル、最高高度百五十メートルに達する超絶絶叫マシンだった。
ゆっくりとした上昇が頂点に近づくにつれ、世界が広がっていった──パークの色とりどりのライトが下に小さくなり、遠くの街並みが宝石のようにきらめいた。
頂点で一瞬の静止──世界が止まったような沈黙。
風が耳元で囁き、重力の予感が体を震わせた。
少年の心臓が爆発しそうに鳴り、あかりの手をさらに強く握った。
次の瞬間、急加速で体が後ろに押しつけられ、頂点から一気に落下。
風が耳元を切り裂き、咆哮のような轟音が体を包んだ。
大気が胸を圧迫し、少年の白銀の髪が激しく後ろに流れ、視界が青く白く塗りつぶされた。
レールが急カーブを切るたび、体がシートから浮き上がり、胃が喉元までせり上がって吐き気さえ込み上げた。
「ひゃあああっ!」
少年の叫びが風に溶け、喉がから乾いた響きを残した。
「いやああああっ!」
隣のあかりの指先が少年の手を骨が軋むほど強く締めつけ、その痛みが現実の糸を繋ぎ止めるようだった。
「うおおおおーっ!」
後ろのみおの声が車体を震わせ、まるで獣の咆哮のように響いた。
「きゃわあああっ!」
ゆいの声が重なり、普段の穏やかさを忘れたような切迫した響きを加える。
りんは無言でシートを握りしめ、唇を白くなるほど噛んで耐え、わずかに漏れる息が細い震えを帯びていた──彼女の沈黙が、逆に嵐の激しさを際立たせた。
ループの頂点で世界が逆さまにひっくり返り、血が頭に上るような圧迫感が脳を締めつけ、少年の視界がぐるぐると回転した──兎耳のマスコットが逆さまに嘲笑うように揺れ、風が肌を鋭い刃のように切り裂き、体を剥ぎ取る勢いで吹き荒れた。
少年の心臓は恐怖と高揚の狭間で激しく脈打った。
「あかりさん……!」
少年の叫びが風に掻き消され、ただの吐息のように霧散したが、二人は互いの手を離さず、指の温もりが唯一の支えのように絡みついていた。
ようやく終点へたどり着き、減速の曲線で体がシートに深く沈み込む頃、みんなの息が荒く肩を上下させ、髪が乱れ、カチューシャがどこかへ吹き飛び、頰が上気して熱く火照っていた──息が上がり、肺が焼けるような痛みを訴えていた。
コースターがゆっくり止まり、世界がまだ揺れているような錯覚が少年の視界をぼんやりと歪め、耳鳴りが遠くの波のように残った。
「みんな……生きてる……?」
あかりはシートに体を沈め、少年の手を離さず、ようやく息を吐いた。
「すげえ……!」
みおは興奮冷めやらぬ顔で拳を握り、目が血走ったままアドレナリンの余韻に浸った。
「心臓が止まるかと思ったわ……」
ゆいは普段の優雅さが崩れた顔に安堵の笑みを浮かべ、ハンカチで額の汗を拭いた。
「……刺激的ね」
りんはクールにまとめつつ、シートを握る手が白く震え、ようやく緩む指先が彼女の内なる動揺を物語っていた。
少年は息を整えた。
胸の鼓動がまだ収まらず、瞳が輝きを増していた──怖かったけど、みんなと一緒で、最高だった。
しかし少し震え声で呟く。
「あの……、順番を変えてもう一度乗る予定だったのですが……」
あかりの視線が少年を射抜いた。
「次のプランよ、バカ王子!」
みんなの笑いが夕陽に溶けた。




