第13話
日曜日の朝、柔らかな陽光があかりの家の窓辺を照らした。
学校がお休みのこの日、あかりは少年からの招待状──丁寧な手書きのカード──を胸に玄関を出た。
「制服でお越しください」
カードの隅に小さく書かれていた。
門の外に目を向けると──そこに巨大なリムジンが静かに停まり、黒塗りの車体が朝霧に輝き、エンジンの低いうなりが空気を震わせていた。
周囲の住宅街がまるで別世界のように感じるほどの威圧感があった。
ドアが開き、ラビが降り立った。
「あかり様、お迎えに上がりました」
「……ありがとう」
リムジンは滑るように走り出す。
車窓から見える街並みが次第に丘陵地帯へ変わり、やがて頂上にそびえる巨大な豪邸が現れた。
白亜の壁が陽光を反射し、庭園の噴水がキラキラと輝いた。
まるで絵本から飛び出してきたような宮殿を思わせる荘厳さだった。
リムジンが門をくぐると、数人の月兎人が出迎え、チョコレートカラーのふわふわした髪を肩まで伸ばした可愛い系の少女たちだった。
彼女たちは、黒のメイド服が体に寄り添うようなシルエットを浮かび上がり、柔らかな布地が穏やかな曲線を描きながら、優美な輪郭を微かに強調していた──まるで月光に照らされた花弁のように、静かで深みのある優しさを湛えていた。
全員両耳をピンと立て、メイド服に身を包んで揃って一礼した。
「ようこそお越しくださいました、あかり様」
その声は鈴の合唱のように可愛らしかった。
あかりは思わず目を丸くした。
「……本当に王子様なんだ」
邸内へ案内され、玄関の重厚な扉が静かに開くと、まず目に飛び込んできたのは広大なエントランスホールだった。
足元には大理石の床が広がり、磨き上げられた表面が朝の光を鏡のように反射して、無限の空間を思わせる輝きを放っていた。
高くそびえる天井は、繊細な金箔の装飾で覆われ、月の満ち欠けを模した淡い青のプリズムガラスが差し込む光を拡散させ、壁一面に虹色の模様を描き出していた。
空気にはほのかにラベンダーのような、静かで清浄な匂いが漂い、深呼吸するだけで心が落ち着くような神秘的な余韻を残した。
ホールの中央には、巨大な月の女神像が鎮座し、白大理石の彫刻が優美な曲線で女性のシルエットを表現し、頭上に浮かぶ水晶のオーブが微かな光を放ち、周囲の空気を柔らかく照らしていた。
床には手織りの絨毯が敷かれ、足音を吸収し、遠くからかすかな弦楽の調べが流れ、まるで邸宅全体が一つの楽園のように設計されているのがわかった。
そして、ようやく巨大なリビングに足を踏み入れると、そこはあかりの想像を遥かに超える豪奢な空間だった。
天井は二階まで吹き抜けになっていて、中央に吊るされた巨大なシャンデリアが、無数のクリスタルで月の満ち欠けを模し、陽光を浴びて七色にきらめき、部屋全体を宝石箱のような輝きで満たしていた。
壁は白い大理石に銀の装飾が施され、月の位相を象徴するレリーフが浮かび上がり、冷たい大理石の感触が指先に伝わり、その奥に潜む暖かな空気が住人の優しさを思わせた。
足元を包むのは、深紅の絨毯──歩くたびに沈み込むような感触が心地よく、絨毯の模様は月兎の伝説を語る細やかな刺繍で、赤みがかった色合いが部屋の暖かな照明と溶け合った。
あかりは思わず立ち止まり、シャンデリアの光を仰ぎ見て、ため息を漏らした──ここに住む少年が、ただの留学生ではないことを、改めて実感した。
そこに、見慣れた顔の二人がソファにゆったりと座っていた。
みおは脚を組み、ゆいは穏やかに微笑んでいた。
「おっ、来たのか! あかり」
みおが明るく手を振った。
いつもの元気さが部屋を弾ませた。
あかりはみおに近づき、小声で囁いた。
「こんなお屋敷だなんて、聞いてなかったわよ……王子様の家、宮殿じゃん」
みおは肩をすくめて返した。
「大丈夫だ、その話はあかり先輩と、もう三回はした」
二人はくすっと笑い合った。
ゆいは頰に指を当てた。
「ドレスの方が良かったかしらね……」
みんなの肩の力が抜けた。
その時、扉が開きラビが現れる。
「お待たせいたしました」
彼女の後ろに──カッコよく決められた少年の姿があった。
白銀の髪をきっちり後ろでまとめ、黒のタキシードに蝶ネクタイを締めていた。
まるでフォーマルな晩餐会のような装いだった。
瞳が少し輝いた。
あかり、みお、ゆいの視線が一瞬で固まった──七五三みたい……。
三人は心の中で同じ感想を呟いた。
思わずくすりと笑いが漏れ、あかりの頰が赤くなり、みおが口元を押さえ、ゆいが目を細めた。
少年は軽く頭を下げ、気品ある声で言った。
「お越しくださり、ありがとうございます。皆さんが来てくれて、嬉しいです」
ラビが彼の横に立ち、フォローした。
「本日、皆様にはささやかながら、パーティを開かせていただきました」
少年は頰をほんのり染めた。
「本日は、楽しんで行ってください!」
こうして五人はリビングに集まり、立食パーティが静かに始まった。
部屋の空気は穏やかな弦楽四重奏の調べに満ちた。
銀のトレイに並んだ料理は、月兎人のヘルシーさと地球の豊かな味わいが融合したものだった。
新鮮な葉物野菜のサラダは、キヌアのプチプチとした食感とレモンの爽やかな酸味が絡み合い、グリル野菜の盛り合わせはハーブの香りがふわりと立ち上り、ベリーのタルトは新鮮な果汁が滴るほどジューシーで、ナッツのスナックは軽やかな塩気がアクセントになっていた。
一方、人間向けのメニューはボリューム満点──ジューシーなステーキのグリルは肉汁が溢れ、チーズたっぷりのマルゲリータピザはチーズの糸引きが魅力的で、クリーミーなカルボナーラパスタの小皿はベーコンのスモーキーな風味が染み込み、揚げたてのフライドチキンはカリッとした皮の下に柔らかな肉が隠れ、チョコレートフォンデュでは新鮮な果物が誘惑を放っていた。
少年はトレイを手に、みんなの様子を見守りながら、まずはあかりの皿にステーキを一皿乗せた。
肉の表面が軽く焦げ、ジューシーな香りが立ち上るのを確認した。
「あかりさん、これ……僕が選んだんです。食べてみてください」
あかりは少し照れくさそうにフォークを握り、サラダの葉を一口頰張った後、ステーキに切り込んだ。
ナイフが肉を滑らかに切り裂き、肉汁が皿に滴った。
「……悪くないわね」
フォークを口に運ぶ仕草が少しぎこちなく、頰に微かな紅潮が差した──少年の視線を感じて、ドキドキが少し蘇る。
みおは隣でピザを豪快に頰張り、チーズの糸が唇に伸びるのを気にせず、笑いながら彼に声を掛けた。
「ゆう、これヤバいぜ! 次はチキン取ってきてくれよ!」
ピザをもう一口かじり、満足げに頰を膨らませ、制服の袖で口元を拭った。
その無邪気な仕草が、部屋の優雅な空気に少しだけカジュアルな風を吹き込み、みんなの笑いを誘った。
ゆいはパスタの皿を持ち上げ、フォークに軽く巻きつけた。
クリームの白いソースがパスタに絡み、ベーコンの小さな欠片がアクセントとなり、優雅な動作で一口運んだ。
唇を軽く動かし、味わうように目を閉じた。
「……ゆうくん。このカルボナーラ、クリームのまろやかさが絶妙ね」
彼女の優美な仕草が弦楽の調べと調和し、まるで絵画のような一枚のシーンを生み出した──少年の瞳が、ゆいの優しさに少し溶け込む。
彼自身はナッツのスナックを一口かじりながら、みんなの反応を嬉しげに眺め、トレイを回した。
「みんな、もっと食べてください!」
制服のスカートが軽く擦れる音が、みんなの動きに合わせて小さく響き合い、部屋全体を可愛らしく満たした。
それぞれ立ったまま軽やかに会話を交わし、フォークの軽い音やグラスの触れ合う響きが、弦楽の調べに溶け込んだ。
少年の瞳が、みんなの笑顔を一つ一つ捉え、心の中で小さな喜びが膨らむ──これが、地球の『家族』みたいな時間か……ずっと、続けばいいのに。
ラビがあかりの元に近づきトレイを差し出した。
「あかり様、お味はいかがでしょうか?」
あかりはフォークを止めた。
「とてもおいしいわよ、ラビさん。このサラダのドレッシング、爽やかで絶妙ね。ステーキもジューシーで……」
ラビの瞳が細まった。
「ありがとうございます。今回のお料理ですが……ゆう様が姫様候補である皆様の好きなものを、と自ら選ばれたものばかりでございます。……差し出がましいですが、出来ればゆう様に『美味しい』と言ってあげていただければ幸いです」
そう言って頭を深く下げた。
あかりは首を傾げて考え、軽く頷いた。
「……わかったわよ。ありがとう、ラビさん」
フォークを置き部屋を見回した。
「それにしても広い家ね……ご両親に挨拶とか、しなくていいのかしら? 王子様の家なんだし」
ラビの表情が一瞬曇った。
「お二人は……月の統治者ですので、本日顔をお出しになることは……ゆう様もほとんどお会いになったことはありません」
言葉が漏れ、はっと口を押さえた。
失言を悔いる仕草だった。
あかりは何も気にしない様子でくすっと笑った。
「あいつも大変なのねー」
肩をすくめ、少年の元へ近づいた。
「ねえ、ゆう。今日の料理、すごくおいしいわよ」
彼の顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか? あかりさんの好きな野菜を調べて……人間向けのメニューもみんなが喜ぶかなって。よかった、気に入ってくれて」
瞳が嬉しげに細まった。
みおが隣からピザを頰張りながら割り込んだ。
「ホントに美味しいぜ! フライドチキン、タッパーで持って帰りたいくらいだよ。王子、センスいいな!」
笑顔が部屋を弾ませた。
制服の袖をまくり、フォークを握る姿がなんだか親しみやすかった。
少年は首を傾げてくすっと笑った。
「タッパー……って、何ですか?」
ゆいはグラスを置き、笑みを浮かべた。
「ふふ、ゆうくんったら……」
みんなの輪を繋いだ。
その光景──あかりの優しさ、みおの明るい笑い、ゆいの穏やかな微笑──を見て、ラビの胸に心からの感謝と温かな気持ちが広がった。
折れ耳がピンと立った。
メイド服の下で手を握りしめた──ゆう様……こんなに幸せそうに。
茜色の光が豪邸の窓から差し込み、四人の笑い声を包んだ。
立食パーティの余韻が月兎人の邸宅に地球の温もりを運んできた。
この招待がどんな絆を深めるのか──少年の心に新しい喜びが芽生えていた。




