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第86話 そこにないもの

 朝。


 目覚ましの音で裕翔は目を覚ました。


 少し眠い。


 けれど体は軽かった。


 いつもの朝。



 スマホを手に取る。


 時間を確認する。


 7時02分。


 少し余裕がある。



 何気なくホーム画面を眺める。


 指が止まった。


「……あれ」


 違和感。


 小さな、説明できないズレ。



 アプリの並び。


 SNS。

 天気。

 音楽。

 カレンダー。


 全部いつも通り。


 なのに。


 何かが足りない気がした。



 画面をもう一度見る。


 スクロールする。


 次のページ。


 戻る。



 数秒。


 そこでようやく気づく。



(……REALITÉ?)



 白い「R」のアイコン。


 見慣れていたはずの場所。


 そこに、何もない。



 長押ししてみる。


 アプリ一覧。


 検索。


 履歴。


 ダウンロード履歴。



 出てこない。



「……まあ、いいか」


 小さく呟く。


 驚くほど、落ち着いていた。


 焦りもない。


 消えた理由を考えようとも思わなかった。



 制服に着替える。


 朝食。


 支度。


 いつもの流れ。



 通学路。


 信号待ち。


「おはよ」


 隣にさつきが立つ。


「おはよ」


 自然な挨拶。



 歩きながら、さつきが言った。


「なんか今日、すっきりしてない?」


「分かる」


 二人とも理由は言わない。


 言葉にする必要もなかった。



 学校。


 授業。


 ノート。


 理解。


 笑い声。


 全部、変わらない。



 昼休み。


 窓際。


 弁当を食べながら、さつきがふと思い出したように言う。


「そういえばさ」


「ん?」


「前に使ってたアプリ、あったよね」


 裕翔は少し考える。


「あー……あったな」


「名前、なんだっけ」


「……忘れた」


 二人とも少し笑った。


 それ以上は話題にならなかった。



 午後。


 放課後。


 図書館。


 帰り道。


 夕焼け。



 何も起きない一日。


 でも。


 確かに前より進んでいる日常。



 夜。


 机の上のスマホ。


 画面は静かに暗い。



 REALITÉというアプリは、


 もうどこにも存在していなかった。



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