第82話 使っていなかったこと
昼休み。
教室の窓は半分だけ開いていて、春の風がゆっくり入り込んでいた。
騒がしすぎない声。
机を動かす音。
どこか眠くなる空気。
朝倉裕翔は弁当を食べ終え、ぼんやりと窓の外を見ていた。
グラウンドでは体育の授業をしているクラスが走っている。
以前なら、無意識に思っていた。
(今ならどれくらい速いんだろう)
けれど今日は、そんな考えすら浮かばなかった。
ただ、眺めているだけだった。
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「……今日、静かだね」
隣から声。
一ノ瀬さつきが参考書を閉じながら言った。
「そう?」
「うん。なんか、落ち着いてる」
裕翔は少し考えてから頷いた。
「かも」
それ以上の言葉は続かない。
沈黙は気まずくなく、ただそこにあった。
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ふと、裕翔はスマホを手に取る。
時間を確認しようとして――指が止まった。
ホーム画面。
REALITÉのアイコン。
そこにあるのに。
最近、触っていないことに気づいた。
(……いつからだ?)
思い出そうとしても、はっきりしない。
昨日?
一昨日?
もっと前かもしれない。
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「どうしたの?」
さつきが覗き込む。
「あー……いや」
裕翔は少し迷ってから言った。
「最近さ、これ開いてないなって」
画面を見せる。
REALITÉ。
さつきは一瞬だけ目を細めた。
「あ……」
短い声。
そして小さく笑う。
「私も」
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二人の間に、同じ沈黙が落ちた。
驚きはない。
焦りもない。
ただ、事実を確認しただけだった。
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「前はさ」
裕翔が言う。
「毎日見てたよな」
「……うん」
「数字、気にして」
「うん」
さつきは少し考えてから続けた。
「でも最近、忙しくて忘れてた」
その言い方は、不思議と悪い意味には聞こえなかった。
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裕翔はアプリを開こうとして――やめた。
理由は特になかった。
ただ、今じゃなくていい気がした。
スマホを机に置く。
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窓から風が入る。
ノートの端が揺れる。
さつきがそれを押さえながら言った。
「……別に、なくなったわけじゃないしね」
「うん」
「だから、いいかなって」
裕翔は頷いた。
「そうだな」
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チャイムが鳴る。
昼休みの終わり。
教室が少しだけ慌ただしくなる。
二人も立ち上がる。
いつも通りに。
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机の上。
スマホの画面は暗いまま。
REALITÉのアイコンは、静かにそこに残っていた。
けれど――
それを開こうとは、誰も思わなかった。
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