↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
82/87

第82話 使っていなかったこと

 昼休み。


 教室の窓は半分だけ開いていて、春の風がゆっくり入り込んでいた。


 騒がしすぎない声。

 机を動かす音。

 どこか眠くなる空気。


 朝倉裕翔は弁当を食べ終え、ぼんやりと窓の外を見ていた。


 グラウンドでは体育の授業をしているクラスが走っている。


 以前なら、無意識に思っていた。


(今ならどれくらい速いんだろう)


 けれど今日は、そんな考えすら浮かばなかった。


 ただ、眺めているだけだった。



「……今日、静かだね」


 隣から声。


 一ノ瀬さつきが参考書を閉じながら言った。


「そう?」


「うん。なんか、落ち着いてる」


 裕翔は少し考えてから頷いた。


「かも」


 それ以上の言葉は続かない。


 沈黙は気まずくなく、ただそこにあった。



 ふと、裕翔はスマホを手に取る。


 時間を確認しようとして――指が止まった。


 ホーム画面。


 REALITÉのアイコン。


 そこにあるのに。


 最近、触っていないことに気づいた。


(……いつからだ?)


 思い出そうとしても、はっきりしない。


 昨日?

 一昨日?


 もっと前かもしれない。



「どうしたの?」


 さつきが覗き込む。


「あー……いや」


 裕翔は少し迷ってから言った。


「最近さ、これ開いてないなって」


 画面を見せる。


 REALITÉ。


 さつきは一瞬だけ目を細めた。


「あ……」


 短い声。


 そして小さく笑う。


「私も」



 二人の間に、同じ沈黙が落ちた。


 驚きはない。


 焦りもない。


 ただ、事実を確認しただけだった。



「前はさ」


 裕翔が言う。


「毎日見てたよな」


「……うん」


「数字、気にして」


「うん」


 さつきは少し考えてから続けた。


「でも最近、忙しくて忘れてた」


 その言い方は、不思議と悪い意味には聞こえなかった。



 裕翔はアプリを開こうとして――やめた。


 理由は特になかった。


 ただ、今じゃなくていい気がした。


 スマホを机に置く。



 窓から風が入る。


 ノートの端が揺れる。


 さつきがそれを押さえながら言った。


「……別に、なくなったわけじゃないしね」


「うん」


「だから、いいかなって」


 裕翔は頷いた。


「そうだな」



 チャイムが鳴る。


 昼休みの終わり。


 教室が少しだけ慌ただしくなる。


 二人も立ち上がる。


 いつも通りに。



 机の上。


 スマホの画面は暗いまま。


 REALITÉのアイコンは、静かにそこに残っていた。


 けれど――


 それを開こうとは、誰も思わなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。