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第78話 当たり前の距離

 昼休み。


 教室はいつもより騒がしかった。


 テスト前だからか、参考書を広げる人と雑談する人が半分ずつ。


 その中で。


「ここさ」


 裕翔はノートを指差した。


「この式、途中省略してるけど大丈夫?」


 一ノ瀬さつきが少し身を乗り出す。


「……あ、ほんとだ」


 シャーペンが動く。


 さらさらと式を書き直す。


「ありがとう」


「いや、俺もさっき間違えたとこだから」


 自然な会話。


 特別なことは何もない。



 少し前なら。


 こんな風に机を寄せて話すことはなかった。


 距離を測って。

 言葉を選んで。

 沈黙を気にしていた。


 今は違う。



「朝倉、それ分かる?」


 後ろの席から声が飛ぶ。


「あー、たぶん」


 裕翔が振り返って説明を始める。


 さつきはその様子を静かに見ていた。


(……普通だ)


 ふと思う。


 前なら驚いていた。


 人に説明している姿。

 自然に会話している姿。


 でも今は。


 違和感がない。



 説明が終わり、裕翔が戻る。


「疲れた」


「自分から話しかけられるタイプだった?」


「いや全然」


「……だよね」


 二人とも少し笑う。



 笑ったあと。


 沈黙。


 でも気まずくない。


 それが一番の変化だった。



 窓の外、風が揺れる。


 教室のざわめき。


 いつもの昼休み。


 特別な出来事は何も起きていない。


 なのに。


 胸の奥が静かに落ち着いている。



「放課後、図書館行く?」


 さつきが何気なく言う。


「あ、うん。行く」


 即答だった。


 考える間もなく。



 その瞬間。


 さつきは少しだけ目を細めた。


 理由は分からない。


 ただ――


 前よりも、答えが早くなった気がした。



 チャイムが鳴る。


 昼休み終了。


 二人は同時に椅子へ戻った。


 タイミングまで自然に揃っていた。



 机の中で、裕翔のスマホがわずかに震える。


 通知。


 画面を開く。



REALITÉ


同期状態:安定

変化ログ:更新なし



「……更新なし?」


 小さく呟く。


 初めて見る表示だった。



 画面を閉じる。


 胸の奥に、小さな違和感が残った。


 けれど授業が始まり、その感覚はすぐに流れていった。

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