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第76話 少し軽い世界

 夜。


 一ノ瀬さつきは机に向かっていた。


 参考書。

 ノート。

 シャーペン。


 いつもと同じ配置。


 違うのは――手が止まらないことだった。


 問題を読む。


 理解する。


 式を書く。


 答えに辿り着く。


 その流れが、途切れない。


「……え」


 思わず声が漏れた。


 解けたからじゃない。


 迷わなかったからだ。



 前までは違った。


 途中で詰まる。

 考え直す。

 消しゴムを使う。


 時間がかかるのが普通だった。


 なのに今は。


 考える前に、方向が見える。


(なんで……)


 手を止める。


 静かな部屋。


 時計の音だけが聞こえる。



 スマホを手に取る。


 REALITÉ。


 開く。



STATUS


STR:D

AGI:D

INT:A

SOC:C


同期状態:安定



 数字は昨日と同じ。


 でも。


 体感は明らかに違った。


「……これのせい?」


 呟いてから、すぐ首を振る。


 ゲームで現実が変わるなんて、普通はありえない。


 分かっている。


 分かっているのに。



 今日の授業。


 帰り道。


 信号待ち。


 朝倉裕翔の隣に立っていたとき。


 なぜか、落ち着いていた。


 理由は説明できない。


 ただ――


 一人で頑張っていた時の張り詰めた感じが、少しだけ消えていた。



(……私、楽してる?)


 その考えが浮かんで、胸が少し痛んだ。


 今まで。


 努力だけは裏切らないと信じてきた。


 だから、人に頼らなかった。


 頼れなかった。


 なのに今は。


 前より楽に進めている。


 それが、少し怖かった。



 スマホの画面がわずかに光る。


 小さな追加表示。



相互同期補正:継続中



「……相互」


 小さく読む。


 意味は分からない。


 けれど。


 直感だけはあった。


 これは一人じゃ成立していない。



 机に肘をつき、額を押さえる。


 少し考えて。


 小さく息を吐いた。


「……まあ、いいか」


 ぽつり。


 自分でも驚くほど、力の抜けた声だった。


 前なら、理由を突き止めるまで止まらなかった。


 でも今は。


 分からなくても進める気がした。



 再び問題集を開く。


 ペンが走る。


 理解できる。


 進める。


 そして――


 少しだけ、楽しい。



 窓の外。


 夜の街。


 さつきは気づいていなかった。


 努力が減ったのではなく、


 “支えるもの”が増えていることに。

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