第75話 少しだけ違う帰り道
放課後。
チャイムが鳴ると同時に、教室の空気がほどけた。
椅子の音。
笑い声。
部活の約束。
いつもの光景。
けれど裕翔は、無意識に一つの席を見ていた。
一ノ瀬さつき。
彼女はノートを閉じる動きすら静かだった。
前と同じ。
……なのに、違う。
授業中、手が止まる回数が減った。
考え込む時間が短い。
理解が早いというより、
“迷っていない”感じだった。
(同期、安定って……こういうことか)
ポケットのスマホを軽く触る。
REALITÉ。
画面を開かなくても分かる。
数値は変わっていない。
でも、状態が変わっている。
⸻
「朝倉」
声。
顔を上げると、さつきが立っていた。
「帰るんでしょ」
「あ、うん」
当たり前みたいに言われて、一瞬だけ戸惑う。
前ならこんな自然に誘われなかった。
⸻
校門を出る。
夕方の空気。
並んで歩く。
会話はない。
でも、気まずくもない。
しばらく歩いてから、さつきが小さく言った。
「……最近」
「うん?」
「授業、楽」
短い言葉。
でも、それだけで十分だった。
裕翔は少し笑う。
「そっか」
「……変?」
「いや」
少しだけ考えてから答える。
「努力、ちゃんと返ってきてる感じじゃない?」
さつきは歩きながら前を向いたまま黙る。
数秒後。
「……そうかも」
小さく頷いた。
⸻
信号待ち。
赤。
並んで止まる。
風が吹く。
その時、裕翔のスマホがわずかに震えた。
通知。
画面を見る。
⸻
REALITÉ
同期状態:安定
相互補正:微増
⸻
(……微増?)
顔を上げる。
隣。
さつきが同じタイミングでスマホを見ていた。
そして。
ほんの少しだけ、目が合う。
すぐ逸らされる。
「……なんでもない」
「うん、俺も」
二人とも説明しない。
でも分かっていた。
これは偶然じゃない。
⸻
信号が青になる。
歩き出す。
距離は昨日と同じはずなのに。
なぜか少し近く感じた。
会話は少ないまま。
でも沈黙が重くない。
ただ歩くだけの帰り道が、
ほんの少しだけ特別に変わっていた。




