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第70話 ちょっと変だった日

 放課後。


 教室の人数は半分ほどに減っていた。


 部活へ向かう声。

 椅子を引く音。


 いつもと同じ時間。



 裕翔は鞄に教科書を入れて立ち上がる。


 帰ろうとした、そのとき。


「……朝倉」


 呼ばれた。


 振り向く。


 一ノ瀬さつきが立っていた。



「どうした?」


「……少しだけ、いい?」


 珍しく曖昧な言い方だった。


 裕翔は頷く。



 二人は廊下に出る。


 窓から夕方の光が差し込んでいた。


 しばらく沈黙。


 さつきが言葉を探しているのが分かる。



「今日」


 ようやく口を開く。


「……ちょっと変だった」


「変?」


「うん」



 視線を床に落としたまま続ける。


「人と話しても、疲れなかった」


 短い言葉。


 でも真剣だった。



「前は……終わったあと、ずっと考えてた」


 変なこと言ってないか。

 嫌われてないか。


 言葉にはしないけれど、意味は伝わる。



「でも今日は」


 少しだけ首を傾ける。


「普通だった」



 裕翔は黙って聞いていた。


 理由は分かっている。


 リアリテ。

 同期。


 けれど、それを簡単には言えない。



「……悪い変化じゃなさそうだな」


 そう答える。


 さつきは小さく頷いた。


「たぶん」



 少し間。


 夕方の風が廊下を抜ける。



「……ありがとう」


 不意に言われた。


「え?」


「昨日」


 視線を逸らしたまま。


「話してくれたから」



 裕翔は一瞬言葉を失う。


 そんなつもりじゃなかった。


 ただ説明しただけ。


 でも。


 彼女にとっては違ったらしい。



「……別に俺、何もしてないけど」


「してる」


 即答だった。


 そして少しだけ困った顔をする。


「理由は分からないけど」



 沈黙。


 気まずくない沈黙。



「……帰る?」


 裕翔が言う。


「うん」


 自然に並んで歩き出す。



 階段を降りながら。


 さつきがぽつりと呟いた。


「今日、ちょっと楽しかった」


 小さな声。


 聞こえるか聞こえないかの音量。



 裕翔は何も返さなかった。


 ただ。


 少しだけ笑った。



 夕焼けの校舎を、二人で歩いていく。


 特別じゃない帰り道。


 でも。


 昨日までとは、少し違っていた。

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