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第62話 招待

 夕方の空気は少し冷えていた。


 図書館を出て、二人は並んで歩いていた。


 会話はない。


 けれど気まずさもない。


 ただ、足音だけが揃っている。



 裕翔のスマホは、もうポケットの中に戻っている。


 さっき押したボタン。


 画面は何も変わらなかった。


 本当に押したのかさえ、分からないくらい静かだった。



 その時。


 ――ブルッ。


 小さな振動音。


 裕翔ではない。


 隣。


 さつきが足を止めた。


「……?」


 制服のポケットからスマホを取り出す。


 眉がわずかに寄る。


「通知……?」


 画面を見る。


 そして。


 動きが止まった。



「……なに、これ」


 小さな声だった。


 裕翔の胸が一瞬だけ跳ねる。


「どうした?」


 覗き込む。


 さつきは少し迷ってから画面を向けた。



 白い画面。


 見覚えのある表示。



REALITÉ


招待を受信しました。


開始しますか?


[YES] [NO]



 裕翔の呼吸が止まる。


(……来た)



「知らないアプリなんだけど」


 さつきが言う。


「入れた覚えないし」


「……あー」


 裕翔は言葉を探した。


 どう説明すればいいのか分からない。


 でも、黙っているのも変だった。



「それ、多分」


 一度、息を吸う。


「俺が送った」



 さつきがゆっくり顔を上げた。


「……は?」


「いや、なんかさ」


 自分でも説明が雑だと思う。


「俺のスマホに、変なアプリ入ってて」


「変なって何」


「ゲームみたいなやつ」


 少し間。


「行動すると、数字上がるんだよ」



 さつきは黙って聞いている。


否定もしない。


信じてもいない顔。



「で、さっき」


 裕翔は頭をかいた。


「一人だけ紹介できるって出て」


 言ってから、少し後悔する。


 言葉が重い気がした。



「……一人だけ?」


「うん」



 沈黙。


 風の音だけが通り過ぎる。



 さつきはもう一度スマホを見る。


 画面は変わらない。


 YES と NO。


 ただそれだけ。



「……なんで」


 小さく呟いた。


「私?」



 裕翔は答えに詰まった。


 理由を考えたことがなかった。


 いや。


 考える前に押していた。



「……分かんない」


 本音だった。


「気づいたら、そうなってた」



 さつきの指が、わずかに震える。


 画面の上で止まる。


 押さない。


 でも閉じもしない。



「怪しくない?」


「めっちゃ怪しい」


「普通押さないよね」


「うん」



 なのに。


 さつきは画面を消さなかった。



「……朝倉」


「ん?」


「これ押したら、どうなるの」


「俺も全部は知らない」


 正直に言う。


「でも、悪いことは起きてない」



 また沈黙。


 長くはない。


 でも、決めるには十分な時間。



 さつきは小さく息を吐いた。


「……意味分かんない」


 そう言って。


 指を動かした。



 タップ。



 画面が一瞬だけ暗くなる。


 音は鳴らない。


 光もない。



 表示が切り替わる。



初期同期中…


USER CONFIRMED


一ノ瀬さつき



 さつきの目がわずかに見開かれた。


「……え」


 次の画面。



STATUS


STR:D

AGI:D

INT:A

SOC:E



「なにこれ……」


 呟きが漏れる。


 理解より先に、現実感が来ない。



 裕翔は隣でそれを見ていた。


 説明できない。


 けれど。


 間違いなく、今。


 二人の世界が同じものになったと分かった。



 リアリテは何も語らない。


 ただ、新しいユーザーを記録しただけだった。

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